28 悪役令嬢降臨?

「さてと。ちゃっちゃと終わらせよう」


 アストリー伯爵家の門の前に、腕を組みながら立つ私。

 隣にはいつも通りロイドがいる。


 オリヴィアとメレディスの決闘が明日に控えた今日。

 アストリー伯爵を告発すべく、私たちは伯爵家を訪れていた。

 勘づかれるといけないので、前もって約束はしていない。

 こんな手段がとれるのは、私が公爵令嬢だからだ。身分を盾にした、強硬手段だ。


 何人か騎士も協力してくれているが、彼らは屋敷の出入り口の前で待機している。

 何故かシンシア王女は、アストリー伯爵家の隠し通路まで知っていた。王族に隠し通路を報告しなければいけない、なんて決まりないはずなのに……。

 そんな親しい者にしか打ち明けないような、隠し通路をどうして知っているのだろうか?

 あの王女、本当に恐ろしすぎる。


「油断しないようお願いします」

「わかってるよ。まあ、大丈夫だと思うけど」

「それを油断と言うんですよ……」


 呆れたようにロイドが言う。

 確かに油断しているようにも聞こえるなぁ。漫画とかだったら、何か起こるパターンの台詞だ。


「だってさ、シンシア王女が完璧にお膳立てしてくれたんだし、実力行使に出られても、私たちならなんとかなるじゃん?」

「そうですけども」

「あ、でも。もしもしくじったら、シンシア王女がどんな顔するんだろうね?」


 きっと見たこともない、素敵な顔をしてくれるはずだ。

 ロイドが「お嬢様……」と頭を抱えていた。


「冗談はこれくらいにして、そろそろ行くよ」


 そうして、私たちは戦いに出向くのだった。



「ご機嫌よう。アストリー伯爵はいらっしゃるかしら?」


 こちらの様子をうかがっていた門番に声をかける。

 身分の高そうな令嬢がいきなり来たら、そりゃあ驚くだろうなぁ。


「伯爵様はいらっしゃいますが……。お約束はされているのでしょうか?」

「してないわ。でも、今すぐ会いたいから、門を開けてもらえる?」


 そう言われても、主人の許可なく開けてはいけない。門を守ることが門番の仕事なんだから。

 でも、開けてもらはないと困るので、押し切ることにする。

 心の中で、「ごめんね」と謝罪をしておく。


「私はラウントリー公爵の一人娘のステラよ。私を待たせることがどういうことだかわかってるのかしら?」

「……っ! ただいまっ!」


 こうして門はいとも簡単に開いたのだった。

 ロイドが「流石、悪役令嬢……」とつぶやいていたのは、気にしないことにした。

 本当に悪役みたいなのは、残念ながら事実だし……。



 似たようなことをして、私とロイドはあっさりと屋敷に入り、あっさりと伯爵との面会がかなった。

 権力を盾にしてここまで来た私もあれだけどさ、これでいいの? こんなにあっけなく入れちゃっていいの?

 こんな警備ゆるゆるで、悪事を働いていたんだから、たいしたものだ、と感心してしまう。


「それでステラ様、ご用件は何でしょうか?」


 にこにこと笑ってはいるけど、「こんな小娘の相手をしないといけないだなんて」みたいなことを思っているんだろうなぁ。


「ちょっと面白いことを小耳に挟んだの」

「面白いこと、ですか?」

「そう。面白いこと」


 伯爵の表情がわずかにこわばる。

 これくらいで、動揺しちゃダメじゃないか。「悪いことしてま~す」って言ってるようなものだ。


「心当たりがあるなら、白状しちゃった方が良いと思うわ」

「……なんのことでしょうか?」


 これくらいで認めるなら、悪事なんて働いてないよねぇ。

 さっさと白状してくれた方が、楽だったんだけど。


「認めるわけないわよね」

「先程から話が見えないのですが」

「あら? はっきり言っちゃっていいのかしら?」


 ふふ、と笑うと、伯爵は黙ってしまった。


「沈黙するのは悪手よ? もっとも、どうしようが貴方の悪事は消えないし、その罪は裁かれるのだけれど」


 ロイドがタイミングを合わせて、告発状をテーブルの上に置く。

 それを見て、伯爵は表情を歪ませ、机を思いっきり叩き、立ち上がる。


「弁明があるなら聞くわ。聞くだけ、だけど」

「……貴様っ」

「アストリー伯爵様、言葉づかいが乱れていますわ」


 悔しそうに唇を噛んだ伯爵は、


「お前ら、この女を捕らえよ!」


 と、大声で叫んだ。

 その声に合わせて、騎士が入ってくる。アストリー伯爵家の息がかかってる騎士たちだ。

 全部で、20くらいだろうか? 多いような少ないような、微妙なところだ。


「一応、言っておきますね。無駄なことはやめた方がいいわ。いえ、やめてほしいわね」


 そもそも、告発状が出ているので、私の口止めをしようとしたところで無意味だ。

 むしろ、罪を重ねるだけ。


 まあ、伯爵の場合、告発したのが私だと思っているから、こんな実力行使に出てるのだろうけど。

 残念ながら、告発状を用意したの、シンシア王女なんだよなぁ。

 私に何かあったところで、状況は何も変わらないのである。


「まだ状況がわかってないようだな」


 確かに、20人の騎士がいるのに対し、こちらは私とロイドだけだ。

 普通なら、伯爵側の方が有利だろう。私だってそう思う。


 でも、こちらにはチート執事である、ロイドがついているのだ。

 これくらいの人数差、どうとでもできてしまうだ。


「わかってないのはアストリー伯爵、貴方よ」


 目で合図をすると、ロイドが剣を抜いて構える。

 騎士の何人かは、ロイドが何者か気づいたようで、顔を青くしている。


 ここにきて気がつくなら、私が来た時点で気づけよ。

 騎士団の訓練で、大暴れしてるじゃないか、うちの執事。


「やってしまえっ!」


 余裕そうにしている私に恐怖を抱いたからか、焦ったように伯爵は叫んだ。

 腐っても騎士をやっている男。そういうのには敏感なようだ。


 20人もの騎士が一斉にかかってくるが、それを軽くいなし、あっという間にロイドは倒してしまった。

 いくらロイドでも、少しくらい怪我をするかな~なんて思っていたが、無傷だ。かすり傷ひとつない。


 ……怖すぎるんですけど。なんでそんなに強いんですか?


 私以上に恐怖を覚えていたのが、アストリー伯爵だ。

 可哀想なくらい、顔が真っ青。ご愁傷様です。


「あのねぇ、伯爵。私たち、馬鹿じゃないのよ? 自信がなければ、たったふたりで敵地になんて乗り込むはずないでしょう。もっと悪事で使ったご自慢の頭を使いなさい?」


 アストリー伯爵の心を完全に折るため、言葉を放つ。

 今なら悪役令嬢って言われても仕方ない。


「痛い目にあいたくなかったら、大人しくしてなさい。それが私たちにとっても、貴方にとっても、幸せな道だと思うわ」


 伯爵はぺたりとしゃがみ込んだ。



 その後、協力してくれている騎士たちが入ってきて、伯爵を連行していった。


「あんなに安い挑発に乗るとは思わなかったわ」

「完璧な悪役っぷりでしたね」

「我ながらそう思うわ。素質あるのかな?」

「そんな素質なんていりませんよ」

「私もそう思う」


 雑談をしながら、私たちは伯爵家を後にするのだった。

 めでたしめでたし。

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