1 前世の記憶持ちの令嬢と執事

 ある日、なんの前触れもなく、前世の記憶を思い出した。 


 私の脳内に記憶が流れ込んでくる中で、思い出したのは、三歳年上の私専属執事、ロイド・バズウェルの言葉だった。


「お嬢様、“前世の記憶”と言うものを貴女様は信じますか?」


『お前、頭大丈夫か』と言いたくなる、そんな変な言葉だった。



 * * *



「ロイド、話があるわ。付き合って」


 そう言って、私はロイドを自室に引きずり込んだ。

 勿論、人払いは済ませており、私とロイドの完全に二人きり。


 別にエロいことをするために、二人きりになったわけじゃない。

 そもそも私、まだ五歳だし。ロイドは八歳だし。


 周りに聞かれたら、正気を疑われそうな会話だったので、こうして二人きりになったのだ。


「ロイド、私、思い出した」

「何をですか? 昨日覚えたテーブルマナーですか? それともダンスの仕方ですか?」

「違うわ」

「では、一昨日読んだ絵本の内容ですか? それとも算術のことですか?」

「……違うわよっ! 私、そんなにポンコツじゃないっ!」


 というか、そんなに物忘れ激しくない。昨夜の夕飯を思い出せるし。

 昨夜のハンバーグは美味しかった。口の中で広がる肉汁が最高だったし、それにソースも実に私好みの味付けだった……。料理人、やるわね!


 …………ってそうじゃないっ! そんなことはどうでもいいの。


「冗談ですよ、お嬢様。失礼しました」

「失礼と思うなら最初からやらないで」

「以後気をつけます」

「またやるだろうから、その言葉は当てにしないわ」

「そうしてください」


 おいっとツッコミを入れたくなったが、それ以上ロイドにかまっていると話が進まないので、我慢することにする。


「私、思い出したの、前世の記憶っていうものを」

「本当ですか?」

「ええ。本当に前世の記憶ってあるんだね。ロイドが昔、『前世の記憶って信じる?』って聞いたとき、笑って悪かったわ」


 この世界は、魔法や魔物などファンタジーとは無縁の世界だ。

 だから、前世の記憶なんて言われても、『本や空想の中だけにしなさい』ってなるのが普通だ。

 子供が言うんだから、尚更“空想”ってことで片付けられてしまう。


 私だって、ロイドから聞いたときに、『そんな空想して、貴方結構可愛いじゃない』って思ったし。


「気にしないでください。根には持ってますけども」

「そんなこと言われたら、ますます気にするわよ?! 本当に悪かったわ!」

「冗談です」

「冗談に聞こえないわよ!?」


 声音も表情もガチだったよ?! てか、ガチでしょ?! ガチで根に持ってるでしょ?!


 でも、専属執事の言葉を信じるのも、主の役目(のはず)。


「そう? ならいいけど。

 ……それで? 貴方はいつから記憶を持ってるの?」

「生まれたときからです」

「そうなんだ。だから八歳のくせにそんなに大人びてるのねぇ」


 ロイドは成長が早く、安心して仕事を任せられることから、私の三歳の誕生日に(ロイドは当時五歳)晴れて専属執事となった。

 同じ子供には到底見えないなぁと思ってたけど、そういう理由があったわけね。納得納得。


 ロイドは誇らしげに頷くので、「生意気」と文句を言う。

 すると、


「五歳のお嬢様に言われたくありません」


 なんて反撃が返ってきたので、聞こえないふりをする。


 確かに今の私は、五歳のくせに可愛げのない偉そうな口をきいているかもしれない。

 でも、ロイドに比べればマシじゃない? 天と地ほどの差がない?


 まあ、そんなことをいちいち気にしてたら、話が進まないので、私は誤魔化すように咳払いをして、話を続ける。


「ところでロイド、お前の前世はどのような?」

「お嬢様、それは個人情報です」

「前世にそこまでこだわるの?! もしかして、やばい系の仕事してたの?!」

「冗談です。あとやばい系の仕事はしてないです。よくいる一般人です」

「それは良かった……。そんな冗談いいから、さっさと話して」


 わかりました、と頷いたロイドは、口を開いた。


「お嬢様、地球という惑星をご存じですか?」

「なめてるの? そのくらい知ってるし!」

「いいえ、これは冗談ではありません。これを知らなかったら、話になりませんから」


 まあ、確かに同じ前世の記憶を持つとは言え、地球人じゃない可能性もありえるのか。この世界がそもそも地球じゃないし。

 いつも私に冗談を言うのと、同じ流れで言うものだから、いつものような返しをしちゃったじゃん。


「では、お嬢様も地球人なんですね」

「そうよ。日本人」

「僕も日本人です」

「あら奇遇」


 出身国も一緒なのか。中々話が合いそう。


「ロイドの趣味ってなんだったの?」

「乙女ゲームです」

「え?」

「乙女ゲームです」

「え?」


 乙女ゲームって、ヒロインがイケメンの攻略対象を攻略していくあれよね?

 最近色々種類が出てるけど、イケメン君が出てくるのは変わらないあれよね?


「……そんな顔をされると、流石の僕も傷つくんですけど」

「え? 私、そんなに酷い顔している?」

「はい。『乙女ゲーム好きなの? 本気? マジあり得ない』みたいな顔してましたよ」

「……だって、ビジュアル的におかしいじゃない。イケメンがイケメンを攻略するっておかしいじゃないっ……!」


 一部の界隈では、ありなんだろうけど。というか、悶えるんだろうけど。私はそういう趣味ないし。


 ロイドの前世が男性だか女性だか、美形だかそうじゃないかは知らないけど、今の幼いながらも整ってる顔(しかも真剣な表情)で言われたら、混乱もしたくなる。

 お前は攻略する方じゃなくて、される方だって声を大にして言いたい。


「でもまあ、人の趣味をとやかく言うのは、良くないね。悪かったわ」

「……そんなお嬢様の趣味は何だったんですか?」

「恋愛漫画が好きだったの! 少女漫画に育てられたと言っても過言ではないっ!」

「意外性がありません。つまらないです」

「好きなものは好きなんだし、ビジュアル的にもばっちりな趣味なんだから、いいじゃないっ!」


 今の容姿とミスマッチなロイドに、とやかく言われたくない。


「お嬢様は乙女ゲームとかはやらなかったんですか?」

「話のそらし方が雑ね?! 

 …………ゲームはあまりやらなかったわね」

「どうしてですか? 好きそうですけど」

「だって高いじゃん! 本体とゲームカセット買うのにいくらかかると思ってるの?! そのお金で漫画を何冊買えると思ってるの?!」


 そりゃあ、私だって、手を出そうとしたことはある。

 だけど、漫画を買うお金を回すほど、魅力を感じなかった。

 シナリオの分岐とか、セリフの選択とか意味わからないし、ぶっちゃけ面倒くさい。好みじゃない攻略対象なんて攻略したくないし。


 要するに、私は自分で恋愛をするっていうよりも、誰かが恋愛をしているのを客観的に見るのが好きだったって話だ。


「それはそうですけど。そのお金を払う分だけの価値はありますよ。シナリオ数も豊富ですし」

「シナリオなんて、正しいルートなんて、ひとつで十分っ!」


 悲恋エンドなら悲恋エンド、逆ハーエンドなら逆ハーエンド、どれかひとつに統一しやがれ!!


「なるほど、お嬢様はそういう思想をお持ちですか。それなら、乙女ゲームは向きませんね」

「そうね。まあ、あと単純にゲーム音痴なのよね、私」


 ゲームのセンスがないことに早々に気がついた私は、小学生低学年の頃には、ゲームに触るのをやめた。


「……それでなんですけどね」

「どうしたの、改まって」


 ふざけた雰囲気とは一転、ロイドは真面目な顔つきになる。


「ここからが大事な話なんですけど」


 そうして、ロイドは話し始めた。

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