2 余計なところでもったいぶるな
「と言うことはお嬢様。ここがどんな世界だか知らないってことになりますよね?」
いきなりロイドがそんな質問を投げかけてくる。
だけど、私には質問の意図がよくわからない。頭の中がクエスチョンマークでいっぱいだ。
「どんな世界ってどういうこと?」
「そのままの意味です」
「はい?」
わからなくて当然でしょうね、とロイドは何やらひとりで納得してしまっている。
ますます意味がわからない。どういうこと?
「お嬢様、今から言うことは冗談でも嘘でもないので、笑わないで受け入れてくださいね」
「……『驚かないでくださいね』じゃなくて、『笑わないでくださいね』なのね」
「ええ。お嬢様の場合、笑いそうですから」
「待って。それは聞き捨てならないわ」
「絶対お嬢様は笑います。僕は確信してます」
にこりと仮面のような笑みを浮べるロイド。
どういうこと? そんな笑顔で誤魔化さないでよ。
「心の準備はよろしいですか、お嬢様」
「……納得がいかないわ」
「いいですか、お嬢様」
「……好きにすればいいっ!」
やけになってそう答えると、ロイドは「ではお嬢様の許可も下りましたので……」と前置きを話し始める。
本題に入るまでが長い! もったいぶってないで、さっさと話しなさい!
ロイが前置きを話し終えると(長いので割愛)、こほんっと咳払いをした。
やっと、やっとなのね?!
「では、いきますよ。本当にいいんですね?!」
「しつこい。早くして」
「そうやって急かさないでください」
「あんたがもったいぶりすぎなのよっ!!」
なんて、いう一幕があって。
ロイドはようやく、“私が笑ってしまうこと”を発表した。
長かった。ここまで本当に長かった……。
ロイドがこほん、と咳払いをする。
「お嬢様、ここは乙女ゲームの世界なんです」
そして、超真顔でロイドは深刻そうに告げた。
「ふふ、え、それ本気で言ってるのかしら? あははは、ロイド、あはは、それは流石に、ちょっと、あはははは、ないわ、あはははははは」
そんな真顔でふざけたこと言われたら、笑うしかないでしょ。おなか痛い。どうしてくれるの。
ただいま絶賛爆笑中です。
「事実です」
「あはははは、ロイドったらまたまた~」
「紛れもない事実です」
「いい加減認めてよ。冗談ってこと」
「……お嬢様、私は先程言いました。『今から言うことは冗談でも嘘でもないので、笑わないで受け入れてくださいね』、と」
ロイドが少し怒りっぽい口調でいうので、私の笑いがぴたりと止まる。
「え、あの、ロイド……?」
私はそこで初めて、ロイドの言葉をまともに受け入れた。
乙女ゲームの世界? ここが……? というか、なんで乙女ゲーム?
「お嬢様、残念ながら現実です」
念を押すように、ロイドが言ってくる。
「で、どうして断言できるの?」
「僕の前世の記憶とこの世界が完全に一致したからです」
「例えば?」
「攻略対象である、この国――ザナドゥ王国の第一王子の名前が、セオドリック・ザナドゥであること」
「なるほど。他には?」
「ザナドゥ王国のラウントリー公爵家の一人娘である悪役令嬢は、ステラ・ラウントリーとか」
「私の情報?! てか私、悪役令嬢なの?!」
「あ、はい」
「これ割と大事な情報なんじゃないの?!」
「そうですね」
そこはもったいぶりなさいよっ! さっきあんなにもったいぶってたじゃないっ! 何さらっと言ってるのっ?! おかしいよねっ?!
「というか、悪役令嬢って何?」
「攻略を邪魔する奴のことです」
「恋に障害はつきものってやつね?」
「まあ、そんな感じです。悪役令嬢やライバル令嬢がいるから、恋は盛り上がるんです」
「……ちょっと待って。悪役令嬢とライバル令嬢って何が違うの?」
「悪役令嬢は姑息な手段を使って邪魔して、ライバル令嬢は割と正面からぶつかってきます。あ、最大の違いは、恋が成就したあとの結末ですね。悪役令嬢は大抵、勘当されたり、辺境に送られたり、まあ簡潔に言うと、破滅します。ライバル令嬢は恋に破れるだけで、後は普通に暮らしますね」
「何それ酷くない」
悪役令嬢に対する差別が酷くない?!
というか、悪役令嬢とライバル令嬢、どっちかに統一しなさいよっ!
「それだけ酷いことをお嬢様はしたんです」
「おい。私はまだしてない!」
「失礼しました。お嬢様はするんです」
「する予定もないからからね?」
「そうなんですか?」
「逆になんで私がヒロインいじめないといけないのよ……」
恋愛好きの私としては、ヒロインの恋を応援する友情ポジを狙いたいところだ。
ヒロインの恋を見て聞いて、うはうはしたいのだ。乙女ゲームのヒロインってことは、三角関係どころの話じゃないかもしれない。
妄想だけでお腹がいっぱいだ。
というか、情報量が多いのに、ロイドがふざけるから余計に疲れるんだけど。
普段はもっと真面目な奴なんだけどなぁ。好きな乙女ゲームの話題のせいかなぁ。
「つまり、悪は倒されるってやつです。その方がスカッとするでしょう?」
「そうだけど……」
「でも悪役側からしたら、迷惑ですよね」
「そうね」
「ですから、お嬢様、今から破滅を回避するために頑張りましょう!」
ロイドがひとりで盛り上がる。
破滅を回避するために今から頑張る?
「なんで?」
私の言葉に、ロイドがきょとんとした顔をする。
私もそんなロイドの顔を見ながらきょとんとする。
「なんで、とは」
「え? 乙女ゲームとか悪役令嬢とかよくわからないけど、要するにヒロインをいじめなきゃ良いんでしょ?」
「はあ、まあ、そういうことですね」
「だったら、頑張るも何もないよね?」
乙女ゲームの本編と時間がリンクするのはいつかはわからないけど、ようするにヒロインに酷いことするから“悪役令嬢”なんでしょ?
だったら、そんなことしなければいいだけじゃないの? え? 違うの?
「……お嬢様、ゲーム補正って言葉、ご存じですか?」
私の言葉に衝撃を受けていたロイドが、ゆっくりと口を開いた。
「ゲーム補正……?」
何じゃそりゃ。
「多少無理があっても、ゲーム通りに進んでしまう可能性もあるんですよ」
「はあ?」
「ゲームというか、運命の力というか、そういうのによって」
「ロイド、あんた漫画とかラノベとかの読み過ぎじゃない?」
「でも、可能性はあるのです。甘く見てはいけません」
出た。ロイドの心配性。
ロイドはかなりの心配性で、しかも完璧主義者だ。
こうなった彼は、原因となり得るものをとことん、塵も残さず排除するだろう。
「ちなみに聞いておくけれど、乙女ゲームが始まるのっていつなの?」
「10年後です」
「なんだ、まだまだ時間あるのね」
「そう呑気にしてる時間はありません。あと、10年しかないんです」
「普通、10年“も”だよね?!」
流石に、10年“しか”はないわ……。
ちょっと心配しすぎなんじゃない?
「とにかく、お嬢様。今から、舞台となる乙女ゲームの詳しい説明をするので、しっかり覚えてください」
「それってロイドが語りたいだけじゃないの?」
「そんなことないです。この世界を生きていく上で大切なことです」
「……それもそうね」
でも私、絶対ロイドが語りたいだけだと思うのよね。
まあ、知らないよりは知ってた方がいいかもしれないよね。
私はここは大人しく聞くことにした。
――――結果、話に熱が入ったロイドは、日が暮れるまで話し続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます