第40話 私だけのヒーロ―


 ガチャ


 扉が開き、執務室へと一歩入った瞬間、影は安堵のため息を吐きながらソファーに頭からダイブする。


「あらまぁ……影提督ったら……」


「うわぁ~、なんであんなに人が多いんだ……。前回の倍は絶対いた……ありえねぇ」

 と前回の演説を踏まえながら、心の声を漏らす影。

 ぐったりと疲れ切った影に影に赤城の相手をする気力はもう残っていない。


「それにしても、よくもまぁあんなことがペラペラと口から出てきますね。私達の時と言い、影提督って見えないスイッチが入ると急に口調が変わったり、急に凄い事を言い出したりしますけど、それ一体どうなってるんですか?」


 半分呆れているのか、戸惑っているのかよくわからない声で赤城が正面のソファに座り質問をする。

 影はぼんやりと天井を見たまま答える。


「それはこっちが聞きたいぐらいだけど。気が付いたらあぁなってたよ」


「ならそれはある意味天性の才能かもしれませんね。その後の反動が悲惨ですけど」


「…………そうだね」

 一回赤城をチラッと見て、嫌味を込めて返事をする。

 一体誰のせいで、こんな事になってると言わんばかりに影の機嫌が不機嫌になる。


「そんなんで不貞腐れないでください。全部事実です。それよりこの後どうするんですか?」

 赤城がため息を吐いて影に質問する。


「どうゆう意味?」


「まるで精霊王そのものを相手にしていくような事を言って。今の私達には色々と余裕はありませんよ?」


「ん?」


「確かに資源は何とかなりましたが、精霊王との戦力差は歴然。普通に考えて数で押されたら負けます」


 その言葉にピタリと影が動く事を止める

 そして首だけを動かして赤城を見て今度は真剣な表情で言う。


「だから『知恵』を磨けってさっき言ったじゃん。一言に『知恵』と言っても色々あるよ。例えば戦術だけでも地形を利用した戦術とか天候を利用した戦術、後は罠を利用した戦術とか沢山ある。それらすべてに精霊王が仮に対抗できるなら人類はとっくの昔に滅びてるよ」

 それが当然だと宣言するように呟く。

 もし影の言う通り、精霊王が弱者にも負けない『知恵』を持っていたら、全ての作戦は無となり単純な力の勝負で今頃人類は滅んでいるわけで。


「だとしても、どうしてそのことに気が付いたのですか?」


「何で昨日寝る時間がなかったと思う?」

 大きな欠伸をしながら、影が逆に赤城に質問をする。


「……まさか、時間ぎりぎりまで過去の資料をずっと読んでいたとか言わないですよね?」

 そんなバカな事をしないだろうと疑心に満ちた質問。


「逆にそれ以外に何があると思ってるの?」

 即答する影。


「――――うそ?」


 この世界において、提督は戦場に出る事で精霊王率いる艦隊に対抗している。

 そして精霊王が何故男だけをさらったのか。

 精霊の繁栄の為の子種や力仕事だけが目的なのかと考えると――違和感しかなかった。


「男の一部は精霊艦隊の敵である艦隊少女を強化する力を持つ。そこで精霊王は男を排除した。だけど全部は無理だった。男を連れ去っても既にお腹の中にいる男の子まではさらえなかったから。そして提督が生まれた。その提督は『知恵』を磨き精霊相手に反撃の狼煙をあげたってのが本当の歴史なんだってね、この世界では」


「そんな。この短時間でそこまで……」


「裏を返せば赤城達が提督の存在を必要とし、提督が在中する鎮守府を精霊王が警戒する理由でもあった。とりあえずここまでは徹夜で勉強して知識を頭の中に叩き込んだよ。んで宣戦布告についてだけど、あれは半分嘘だから気にしないで」

 最後の最後で大きな欠伸をしながら、気の抜けた声で影が言う。


「だからそんなに心配しなくてもいいよ」


 そんな影を見て赤城が質問する。


「なら残りの半分はなんですか?」

 少し期待を裏切られた感に、赤城は内心落ち込んだ。

 それは私達には無理だと思っていても、影ならきっとフェルト資源庫のときのようにと内心期待していたわけで。

 それとも――別の感情なのか。


「――正直領土は必要最低限あればいいと思ってるんだ」


「だったら、必要最小限だけ確保して後は防御に回ると?」


「逆だよ。精霊王の首を取りに行く! ってね」


「――——うそっ――——!?」

 サラッと人類最大の敵を倒すと言う影につい驚きソファーから立ち上がる赤城。

 私はこの提督に何度驚かせられればいいのかと、思ってしまった。

 生活圏の確保――領土奪還――かつての栄光を取り戻す、そんな事はどうでもいいと言うかの様に歴史に名を刻む事を目標とする影に赤城はどう反応すれば正解なのかがわからない。そう火種を消すと言う事は今まで誰もが願い挑戦し、歴史が無理だと証明してきた。

 その時赤城の頭の中で違和感が生まれる。

 歴史が無理だと証明している、その認識こそが影の前では間違いなのではないかと。

 フェルト資源庫の時も内心無理だと思っていた艦隊少女達を影は不器用ながらもしっかりと導き最後は勝った。

 あるいは目の前にいる提督となら――。


「そ、そ、それは本気ですか!?」


「うん。精霊王を倒せば俺は元の世界に戻れる……けど今はそれ以上に将来的に赤城達が平和に過ごせる未来を作ってあげたいと思ってるからね」


「……ゴクリ」


 ――ようやくわかった。

 赤城は目の前にいる影が急に言葉遣いが荒くなったり、たくましくなったりするのか。

 それは誰かの幸せを願っている時に起きるのだと。

 そして――影は。

 もしかしたら――あのセシル提督を。

 超える存在になるかもしれない。

 数々の戦術を編み出し鎮守府を丸ごと救ったセシル提督。

 だが、影は世界を救ったとして歴史に名を刻むのかもしれない。

 そう思うと胸の内が熱くなる。

 心臓の鼓動が高くなり、締め付けられる胸。

 セシル提督が間違っていなかったと証明し。

 人々に希望を与え、導き。

 二度目のフェルト鎮守府壊滅危機を救い。

 絶望的な状況でも誰よりも最後まで考え抜き活路を見出し。

 艦隊少女達の未来の事をいつも考えてくれる。

 なにより。

 赤城の心の不安をかき消してくれるヒーローに見えた。

 時に甘えてくれて。

 時に甘えさせてくれて。

 時に皆を導いてくれて。

 時に責任を一人で背負ってくれて。

 時に誰よりも私を護ってくれる

 時に――。

 そんな私だけのヒーロに見えた。



 すると、影。

 とうとう限界に来たのか。


「ねぇ、赤城。頑張ったからちょっとだけ仮眠していいかな?」

 とウタウタしながら聞いてくる。

 きっと一人背負い頑張り過ぎたのだろう。

 だから。


「はい。では膝枕してあげますので寝ていいですよ」

 と少し照れながらも素直になってみた。

 そして影は赤城の膝の上で気持ちよさそうに仮眠を始める。

 その顔はよく見ると、さっきまでの顔とは違い。

 リラックスしていた。


「よく頑張りましたね、影」

 早速寝息をたてて寝る影に赤城はちょっとお姉さんっぽくそう言ってみた。



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