第四章 一人前の提督

第36話 飛龍なにを思う?



「でも、本当によかった……」

 ――あれから赤城達は気を失った影を見つける事に成功した。

 爆風で吹き飛ばされ、運よく海面から突き出していた巨大な岩の上に飛ばされていた。

 そのままフェルト鎮守府から来た、別動隊に状況を説明して後は任せて赤城達は鎮守府に帰還し、今は医務室で眠っている影の元にいた。


「それにしても赤城さん、影提督を見つけてから大泣きって珍しいこともあるんですね」


「まぁね……」

 医務室には赤城と飛龍がいる。

 加賀、蒼龍、菊月、夕月は怪我が酷いため、今は別の場所で治療を受けている。


 この時赤城はある事を考えていた。

 それは影が出撃前に言っていた言葉の意味についてである。

 赤城は影が元々いた世界がどういった世界なのかを知らない。

 だけど。

 フェルト資源庫を制圧していた精霊水雷戦隊はかなり強く。

 今更だが正面から戦っても勝てる相手ではなかった。

 それなのに、影は正面から挑みやって見せたのは事実であり、嘘ではない。

 それは即ち――嘘を本当に変えたと言う事で。

 セシル提督がいなければやっぱり精霊相手には勝てないと思っていた私達の考えが。

 間違っていたと気づかせてくれるだけでなく。

 本当に私達の事を考えてくれての行動だったのだろうと痛い程感じていた。


 それ故に――

「そこまでして私達を護らなくても良かったのに……。どうして……いつもそんな無茶ばかり……」

 何がそこまで影を突き動かしたのかがわからなかった。


 すると、ゆっくりと目を開けて、影が小さい声で答える。


「皆の未来を護るためだよ」


「影提督!」


「お目覚めですか?」


「うん……ほら泣かないで……赤城、飛龍」

 影は二人の顔を見て、微笑む。

 こんなにボロボロになっても笑顔を向けてくれる影に赤城は……。

 ……――どう対応したらいいかわからなくなった。


 ――だって影がこうなったのは赤城があの時命令違反をしたせいでもあるのだから。

 スキルと言う物がいかに強力で危険かを知っておきながら、あの場にいたのだから。

 影を助けたい、影の力になりたい、と言った思いがあの時なければもしかしたら影はこんなことにはならなかったのかも知れないから。

 赤城の心情には気づいていない影は気楽にいつもの通り言う。


「――これで資源不足は解消されるんだよね?」


「……はい」


「――これでセシル提督がしたことは間違いじゃなかった。死してもフェルト鎮守府を護ろうと別の者を探し、その者に後を託した、って事にならないかな?」


「……――――たしかに」


「……流石は影提督ですね。私もそう思います」


 影の気持ちがようやくわかった。

 初めから影は私達の為に頑張ってくれていたのだと。

 周りの目を気にしながらも、私達の為に身体を張って護ってくれたのだと。

 赤城は止まる事を知らない、涙の雫に従って、素直に口にする。


「……影提督……本当に……ありがとうござぁいまぁしゅ」

 泣いているせいで声が、かすれてしまったように思えたが。

 影が赤城の頭を撫でてきたので。

 更に涙が零れ出て来て、声にならなくなってしまった。


「ところで影提督に聞きたい事があるのですが?」

 さり気なく抱きついて来た赤城の頭を撫でてあげながら、影は飛龍に視線を向ける。


「どうしたの?」


「最後の特攻。あれはあの子達が自らの意思で言ってきたのですか?」

 何処か怒っているようにも見えなくもない飛龍では合ったが。

 影は隠してもしょうがないと思い正直に答える事にする。


「そうだよ。最初は赤城達が後方にいるから退けって言ったんだけど断られちゃってね。私達の意思を無駄にしないでって言われてそれでお願いしたんだ」


「そうでしたか。なら良かったです」

 一体何が良かったのか影にはわからなかった。

 だけど、何処か安心した表情の飛龍を見て、きっと飛龍の中では何か明確な答えが出たのだろうと思った。


「一応報告をしておきます。あの後、影提督が気を失ってから赤城さんが任務成功時の為にと用意していたフェルト資源庫立て直し部隊が今向こうにて復旧活動を行っています。本日二十二時を目安にある程度の復旧作業が終わるかと思います。それに合わせて向こうとも無線を使い直接会話が可能になります……」


「……うん」


「それからフェルト資源庫にある資源の一部をフェルト島に搬入。並びに今後の資源の運搬について安全性を高める為の運搬ルートの確立をするとそこで影提督に自ら抱き着きついておきながら、赤面している赤城さんが言われておりました」

 それだと報告してくる人間が違う気がするなと思いながらも返事をする。


「わかった、ありがとう」


 影が視線を下に向けると鼻をグズグズさせながらも泣き止んだ赤城が顔を赤面させて、まるで猫のように甘えてくる。

 そんな赤城を見て影は思う。

 いつもしっかりしたお姉さんキャラの赤城でもこうして甘えん坊な一面があるんだなと。初めて見る甘えん坊の赤城はそれはそれはとても可愛いくて心臓がドキドキしてしまった。


「それで、影提督は今度どうしていくおつもりですか? フェルト資源庫を奪還した今、状況はかなり良くなったと思うのですが」


「どうもこうも、まだ俺はここに来たばかりで何も知らない。だから……」


 一度幸せそうに頭を撫でられて喜んでいる赤城を見て。


「……とりあえず今はこんなんだけど、しっかりした赤城と相談して決めていくつもりだよ。だって……」


「だって?」


「フェルト資源庫がないと困るって遠まわしに言ってきたのは赤城だからね」


「ウフフっ、あはは~」

 すると、飛龍が声を出して笑い始める。

 何か可笑しなことでも言っただろうかと影が考えていると。


「影提督って実はお優しいだけじゃなくて、おバカさんなんですね。あっ! いい意味ですよ。だって皆が諦めている事をダメ元で赤城さんが言ってきたから『じゃ何とかする』って結構凄い事ですよ? もしかしたら自分の命だってなくなるかもしれないのに」


「だからしたんだよ」

 それが当たり前のように答える影に、飛龍が驚く。


「え?」


「だってそれは今までのやり方だったら無理なだけで、今のやり方だったら出来るかも知れない。実はね俺、セシル提督に一回だけ、短い時間だったけど会った事があるんだ」

 事実、影がここに来たのはセシル提督が亡くなってからなわけで物理的に会う事はないはずなわけで。


「嘘かも知れないって思われるだろうけど本当だよ。そしてその時に『ワシと同じく知識に縛られた人間では無理じゃったが、お主は知識がないゆえに縛られることも少ない。それがお主の強みじゃ』って教えてもらったんだ。だから俺は俺のやり方で行こうと思ってるよ……」

 そう言って影は笑う。


「正直まだ迷いはある。だけど、俺にはこの状況を何としてでも改善しなければならない責任がある。だから勇気を振り絞って戦う事を選んだんだよ」

 その言葉に、飛龍がこの壮絶だった戦いを思い出す。

 私達はセシル提督がいなければ勝てないと思い込んでいたが、もし。

 もし、セシル提督とは違う強さを持った影提督ならば――。


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