第三章 信頼を得る為に

第26話 私達の砲雷撃戦


 あれから少しして。


 影と赤城がいる執務室の扉がノックされる。

 そして加賀、蒼龍、飛竜、菊月、夕月が執務室の中へと入ってくる。

 影が執務室の椅子に座り、赤城がそのすぐ隣に立つ。

 加賀、蒼龍、飛竜、菊月、夕月の五人はそのまま横並びに立ち加賀が代表で影に挨拶をする。


「お待たせしました。加賀、蒼龍、飛竜、菊月、夕月揃いました」

 五人の顔は見るからに緊張していた。

 まぁ無理もないだろう。

 今から命を懸けた奪還作戦が始まるのだから。


 赤城が加賀達を安心させるように優しい口調で言う。

「五人共そんなに緊張しなくて大丈夫よ」


 五人が沈黙する。

 赤城はそのまま言葉を続ける。


「今はまだ正直不安もあると思う。だけどやっぱり私達の今の提督は影提督。だったらもう昔はこうだったとか嘆いても仕方がないじゃないですか。今からは影提督と一緒に前を見て歩いていくしかないと思いますが皆さんのお気持ちがどうですか?」


「「「「「…………」」」」」


「少なくとも私は影提督からそれを学びました」


 赤城の気遣いを無駄にするように。

 影が口を開く。

 こうなった人間は強制をするより選択肢を与えた方が良い。

 と過去の経験から感じとったのだ。


「怖いなら逃げていいよ」

 たった一言。

 だけどその一言が五人の意識を影に集中させる。

 赤城が用意した紅茶を飲みながら、影は五人を見る。


「まぁ今更頑張っても……って思ってる時点で、心が負けてる。そりゃ負けこむよ。戦力以上に気持ちで負けてるんだから」

 提督として艦隊少女達のモチベーションのコントロールも仕事だと思い。

 言葉を慎重に選びながら、心に直接訴えかけていく。


「加賀達が偉大だと認めたセシル提督は気持ちで負けてたの?」


「……え?」


「今ならわかる。あの人の顔の傷は加賀達を護りついた傷だと。セシル提督がしたことは間違いじゃなかった」

 その言葉に加賀、蒼龍、飛竜、菊月、夕月。

 そして赤城。

 が影を見る。何故一度も会った事がない提督の事を知っているのだと。

 そんな驚きに満ちた顔をする六人を無視して影。


「君たちは英雄にはなりたくないの? セシル提督が人生を懸けて守り抜いたフェルト鎮守府を拠点として領土を取り戻した艦隊少女と世界に認めてもらいたくはないの? そしてやはりセシル提督は偉大だったと世界に認めさせたくはないの?」


「……それは」

「……でも」

「……だって」

「……私達じゃ」

「……もう、提督は」


 提督とはやはり大変だ。

 自分だけじゃない、他の誰かのモチベーションのコントロールまでしないといけないのだから。


「――まぁ、今の姿はセシル提督には見せられないよな。こんな弱音しか吐かない部下の姿なんて向こうも見たくないだろうし」


「ちょ、提督、それは言い過ぎでは……」

 ソッと影に耳打ちしてくる赤城を、影、無視して。


「まだわかんない? お前達がセシル提督の評価を今も下げていることが?」


 執務室がザワつき始める。

 その様子を見て、今までそのことにすら気が付いていなかったのか、と影。


「提督が変わっても、加賀達がやる事は変わらないんじゃないの? もし変わるなら加賀達が今まで護ろうとしていた物ってそんなにちっぽけな物だったの? 違うでしょ。だったらその意思を最後まで貫きなよ。死ぬ最後の一秒までさ!!!」

 これではセシル提督と同じく力による統制の方がどれだけ楽だろうか。

 だけど、それではダメだった。

 だから後任として影が選ばれたのだろう。


「だったら影提督は何の為に戦うのですか!?」

 加賀が大声で叫ぶ。


「ここに住む全員の為だ! 例えこの身を犠牲してでも皆を護る! それがセシル提督との約束だからだ!」

 机を思いっきり叩いて、立ち上がり叫ぶ影。

 相手の魂に語りかけるように、迫真の演技で。


「うそ! 口では何とでも言えます!!!」

 加賀それを否定するかのように叫ぶ。


「あぁ。今は嘘だ!」


「……やっぱり」

 加賀の小声を無視して、影が言う。


「だから今から嘘を本当にしに行くんだろ!!!」

 ようやく止まっていた時間が動き出したかのように全員の表情に明確な変化が現れ始める。それは僅かな表情の変化。だけど彼女達の心は揺れ動き始める。


 ――自分の殻に閉じこもった、艦隊少女達。


 そうでもしなければならない程に追い込まれていたのだろう。

 ドクン、ドクン、ドクン

 だったら導いてやるしかねぇじゃねぇか!

 ドクン、ドクン、ドクン

 だって今は影がフェルト鎮守府の提督なのだから!


「だからいい加減始めようぜ! 俺達の新しい航空戦術! 並びに砲雷撃戦!」

 もうセシル提督はいない。

 だからこそ、変化するのだ。


「私達の砲雷撃戦……」

「影提督……私は……」


「「影提督に付いて行きます! やりましょう! 私達の砲雷撃戦を!」」

 今まで黙っていた菊月、夕月が大声で宣言する。

 ニヤッと笑って影。


「よしよし。ならこれから改めて宜しくね」

 そう言って二人の元に行き、頭を撫でながら微笑みを向ける。


「「はい!!」」


「うぅ~ズルぃ……」

 と後方から赤城の声が聞こえたが、今はそれに構ってる暇はない。

(てかズルいって何がだよ……赤城頼むから今はしっかりしてくれ……)

 作戦開始時間まで後少ししかないのだ。

 ここで残りの三人も影を提督として認めさせなればいけないのだ。


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