第39話 二度目の演説
――。
――――翌日。
「……本当に、その……状態で演説するんですか?」
「うん。まぁ正直言えば、演説の前に一眠りしたかったけど、もう皆集まってるんでしょ? だったら皆の期待を裏切るわけにもいかないし、やるしかないでしょ」
「……はぁ。まさか徹夜でお勉強をされるとは思いませんでした。とりあえず目の下にあるクマは諦めるとして、そのボサボサの髪は何とかしてくださいね?」
「うん」
「なら今から一緒に洗面所に行こうか。どうせ俺一人だと不安と言いたそうな顔してるし」
フェルト島――鎮守府大広場。
執務室を出て少し歩くと、人工芝と針葉樹で作られた大きな広場がある。
そこには前回よりも多くの艦隊少女だけでなく、街の人達も来ていた。
一体何人がここに集まってくれているのだろうか。
新しい提督の言葉を聞こうと思い集まった者達はその時を静かに待っていた。
それは前提督の意思を引き継ぐものへの期待感からなのかもしれない。
失敗は許されない状況かでの提督の交代。
それでも影は第一航空戦隊を率いて、かつて島の人々の中では生活を支える重要拠点の一つとされていたフェルト資源庫を見事奪還した。
そして絶望にうんざりしていた人々にとっての希望の光。
そんな提督の姿を皆が待っていた。
そして。
鎮守府大広場に特設された大きなステージにそんな人々の視線が集まっていた。
「大丈夫ですか、影提督?」
赤城はステージ裏で緊張している影に聞こえるようにボソッと呟く。
その表情は心配に溢れていた。
が、やはり眠気には勝てず。
瞼を擦りながら「なんとかね」と答える影。
影は今日の為に、何を言うか、今後どうして行くかを考える為に。
寝る間を惜しんでこの世界についての情報取集に全力を注いでいた。
その反動があろうことか今来たのだ。
だけど、今更眠いので延期というわけにもいかないので。
自分の顔を叩いて気合いを入れる。
そして一度大きく深呼吸をして、気持ちを整理してから。
ステージ裏から大きく一歩を踏み出す。
影提督の姿を見た者達が盛り上がっているのか歓声を上げ喜ぶ。
「…………」
想像を超えた盛り上がり、そして人の数に影の頭が一瞬で真っ白になる。
前回の倍は余裕で超えるであろう人数に驚きながらも影が声を上げる。
「……あ、っう、……、いや……皆さん」
緊張して言葉が上手く話せない影。
ズボンの裾で手汗を拭きながら、視線をキョロキョロさせてこの状況をどうしようかと悩んでいると見覚えのある顔がチラホラと見える。
心配そうに影を見つめる加賀。
手を繋ぎ合って、影の言葉を待つ蒼龍と飛龍。
視線が一瞬合うと大きく手を振ってくれた菊月と夕月。
「「「「「頑張って下さい」」」」」
本来であれば聞こえないはずの五人の声が影に聞こえた。
その期待に答える為。
影はもう一度その場で大きく深呼吸をする。
「皆さんお久しぶりです、フェルト鎮守府提督の影です。中には初めましての方もいるかと思います」
全員の為ではなく、今だけはこんな影を応援してれる艦隊少女六人の為に頑張る事にした。
すると、自然と心の中の緊張感がなくなった。
特設会場のあちこちに設置された拡声器を通して力強い影の声が会場全体に響き渡る。
「我々は今生存圏をいつ失っても可笑しくない状況にいますが、まだ負けていない事に貴女方は気付いていますか!?」
赤城、加賀、蒼龍、飛龍、菊月、夕月が。
その言葉に反応する。
そしてその言葉の通りだと、コクりと頷く。
他の者達は『え?』と驚いた顔をしている。
「戦う力があるのにも関わらず、もう何を頑張っても無理だから、負け続けたからもう諦める、そんな言葉ばかり言っているからここにいる全員が精霊艦隊相手にここまで負け続けたのではないですか!?」
影は身体を使い、皆の視線を集め、力強く握った拳を見せながら叫ぶ。
「貴女方が偉大だと認めたセシル提督は最後まで戦っていたのはないですか? セシル提督は一度でも貴女方に負けたと言いましたか? なのに何故皆が皆、もう無理だと言って生存圏の奪還を諦めたのですか? それは自分達がかつては強者だったからと心の何処かで思っているからではないのですか?」
影は今までの赤城達の反応や書斎にある資料からこの事実を突き止めた。
影は更に皆に訴えかける。
「私達人間が強い? 本当にそう思いますか!? 艦隊少女は最強だと思いますか!? 提督は絶対的な力を持ち神の力を持つと思いますか!?」
会場全体に戸惑いの空気が生まれる。
全員の心の声を聞かずして否定をしていくからだ。
「もしそう思うのなら、それは間違いだ! 勘違いしてるようだからこの際ハッキリと言ってやる! 人間は弱者だ! 艦隊少女は弱者だ! そしてセシル提督や俺も弱者だ!」
大きく息を吸って。
「だから今も人類は精霊艦隊に負けていないのではないか? そして精霊艦隊もまた人類相手に苦戦をしているのではないか!?」
誰もがその言葉に疑問に持つ。
なぜ弱者なのに……と。
「古今東西、歴史が証明するように強者は『力』を弱者は『知恵』を磨く! 今人類が精霊艦隊に対抗する力を持っているのは精霊が『力』、人類が『知恵』をそれぞれ武器として戦っているからだ!」
影は会場全体を見渡しながら。
「それなのにセシル提督が病に倒れてからはお前達は強者に許された『力』を中心に戦い始めた。その結果が今だ! ならば過去の過ちから『力』ではなく『知恵』が自分達に合った力だと気づき学習しなければならないのではないか!?」
心当たりがあるのか反論の声は聞こえない。
集まった者達が次々と落胆し、拳を震わせて悔しがる。
それを見た影はため息を吐いて。
もう何度目になるかわからないと思いながら。
「もう一度聞く! もう負けたのか?――否だッ! 少なくともフェルト鎮守府はまだ負けていない! セシル提督の采配によりギリギリの状態でこの影に引き継がれた! お前達に問う!」
熱が入り、気づけば言葉遣いが荒くなっていた。
だけど、このまま行くことにした。
「フェルト資源庫を精霊艦隊から取り返した、赤城! 加賀! 蒼龍! 飛龍! 菊月! 夕月! は何か特別な力を持っていたか!?」
影から見た彼女達もまた特別ではなかった。
「違うだろ! ただ周りが絶望し、昔は良かった、昔はこうだったと現実から目をそむけて逃げる中、彼女達だけは勝つことを最後まで諦めていなかった。そして勝つために前を向き、『知恵』を武器とし戦っただけだ! それはこの俺も同じだ!」
ハッと誰かが気付き始める。
すると、それは凄い勢いで周囲に広がる。
「わかりやすく言おう。強者の真似事をしたところでオリジナルには絶対に勝てない! それは向こうも同じだ! ならばどうする――答えは一つだ!」
少しだけ間を空け、全員に考える時間を与える。
「弱者だけの最強の武器『知恵』磨くことだッ! ではお前達に聞こう。昔は何を頼りに戦っていた!? 『力』かそれとも『知恵』か!?」
そして過去の栄光を見続けていた者達は顔を表にあげ、『あぁ~』と気づき始める。
「そう、『知恵』だ! もう一つお前達に問う。セシル提督が勝ち続けたのは『力を正面から使い敵に挑んだからか』それとも『知恵を磨き、その中で力を使い敵に挑んだからか』ッ!』
……全員の答えを先回るようにして答えるように。
「『知恵を磨き、その中で力を使い敵に挑んだから』ではないのか!?」
……影はここに原因があると思っていた。
……フェルト鎮守府が再び存続危機へと追い込まれていた原因が。
「ならばこうは考えられないか! 精霊王率いる精霊艦隊が何故フェルト鎮守府前提督であるセシルを恐れたのか! それはセシル提督が誰よりもお前達を護りたいと言う一心で『知恵』を限界まで磨き続けたからではないか! 違うか!?」
影に集まる力強い視線の数々。
ようやくフェルト鎮守府の負の連鎖が崩れだす。
「ここに宣言する! 俺は『知恵』を武器にここにいる全員と戦うと!」
これが俺のやり方だと言わんばかりに大声で叫んだ。
「フェルト鎮守府はこれからも弱者が集い、セシル提督の教えである『知恵』を磨く事で精霊艦隊と闘っていくことを誓う! お前達の古き良き時代の時と同じようにだ! 今度は現実から目を背ける為に過去を見るのではなく、過去を超える為に過去を見て学ぶために過去を見ようぞ!」
……影は高まった感情を爆発させるように。
「強者だから勝てる、弱者だから負ける、そんな間違った知識は今この場で全員捨てろ! 必要なのは勝つためにどうしたらいいか! ただそれだけだ!」
――故に。
「我らは弱者ではない! 理性と知性を持った人間だ! 敗北から学び、敗北を糧に強くなる者だ!」
この瞬間、影の心の熱が周囲に広がる。
いつの間にか消え希望と言う篝火を灯す者に心を強く打たれ。
そして消えていた炎が今度は色を変えて再び燃え始めるように。
大広場に集まった全員の心を灯す。
もう新米提督ではない。
一人の大衆を導く指導者として影が認識される。
その証拠に――あちらこちらから。
歓声が、雄たけびが、聞こえてくる。
影が周囲を見渡せば、赤城と加賀が拍手してくれており、蒼龍と飛龍が涙を流し喜び、菊月と夕月ははしゃぐように叫んでいた。
その様子に影、まずは一安心する。
そして再度大きく深呼吸をして、乱れた息を整えてから次の目標を明確にする。
ニヤリと一人微笑みながら、フェルト島提督――影が言う。
「いい加減もう始めないか」
……。
少しもったいぶってから。
「――ここから始めよう。人類の本格的な逆転劇を!」
それは少し前に影が赤城に言った言葉。
そしてここにいる全員に影の目標を伝える。
「ここにフェルト鎮守府提督として宣言する。現時刻を持ちフェルト鎮守府は奪われた領土を取り戻す事を目標に本格的な活動を再開していく。お前達は黙ってついてこい!」
――そして、最後に。
「フェルト鎮守府は今も昔も最強であるぞ!」
大広場を限界まで盛り上げた影は一度全体を見渡してから舞台裏に姿を消した。
退場した影を舞台裏で出迎えた赤城の誘導に従い、そのまま影は執務室へと移動する。影はいつ誰から見られてもいいように、執務室に着くまで緊張感を持って移動した。
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