第38話 初めて見る加賀の笑顔



 ――コンコン


 部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 影が返事をしようとしたとき、「は~い」と赤城が答える。

 この部屋は影の為に用意された部屋ではないのかと疑問に思いながらも、扉の方に視線を向ける。

 足音が聞こえる。

 一体誰だろうと思って、姿が見えるのを待っていると。


「あっ、影提督お目覚めでしたか。少し赤城に用事があるのですが……お借りしても宜しいですか?」

 白い包帯を頭と左腕、後は右足に巻いた加賀が様子を伺うようにして影に質問をする。

 見るからに痛そうな格好に影は自分の実力不足を痛感する。

 もっと上手く立ち回れていればと思いながらも。


「いいよ。それとゴメンね」


「いえ、影提督がしたことは偉大です。ですから気にしないで下さい。それに影提督に比べればこの程度の傷、ないに等しいので。それに……」


「それに?」


「感謝しています。弱気になっていた私を導いて頂けたので。ですから、これからは一人前の提督として頑張ってください。私は不器用ながらも頑張る影提督が好きですから」

 加賀の笑顔がとても眩しく感じる。

 そして赤城がさっき影に言ったように、今回の一件で皆からの印象が変わったのかもしれないと少しだけ思った。


「加賀でもそんな風に笑うんだね」


「はい。とは言っても心を許した相手の前だけですが」

 その言葉を聞いた時、影は嬉しい気持ちになった。

 一生懸命頑張って良かった。

 だから。


「なら俺からも加賀に一つ伝えておくよ」


「はい、なんでしょう?」


「笑ってる加賀の方が可愛いと思うよ」

 愛想がある加賀の方が良いと言った意味で言ったのだが……。

 何故か加賀は、急に顔を赤く染めて、チラチラと影を見て会釈をする。

 よく見ると、口元が緩んでいるようにも見えた。

 そして、赤城の手を無言で掴み、部屋を出て行ってしまった。


「あれ……俺、もしかして……何かマズい事言った?」

 一人部屋に残された影。

 急に加賀を怒らせたのかと思い不安になりながらも、きっと赤城が何とかフォローしてくれるだろうと勝手に信じる事にした。

 医務室から見える外の景色を見れば、菊月と夕月が遠くの方でベンチに座りお話しをしていた。そしてその隣には大きくて綺麗な桜の木が咲き誇っている。

 何度かここには来たことがあった影だが、その時は気付かなかった。

 きっとこの世界にいい意味で慣れてきて、視野が広がったのかもしれない。


「あの二人も無事だったんだ……よかった」

 聞こえないとわかっておきながら、窓の外から見える菊月、夕月の笑顔を見て影は呟く。窓を通して見える綺麗な大空を見ると、太陽の陽がギラギラとフェルト鎮守府を照らしている。これが自分が命を懸けて護ろうと思った場所なんだと感じながら、この後の事を少しばかり真剣に考えて見る。


 明日の演説で何を言うのか。

 そして何を皆に伝えたいのか。

 ――少しばかり気が重たかった演説ではあるが、皆の笑顔に繋がるのならと。

 前向きな気持ちで。


 加賀の言う一人前の提督。

 それがどういった意味で、具体的に何を意味しているのかわからない。

 だけど影はこれだけは心の中で決めていた。


「明日の演説も等身大の自分でいこうかな」


 どうせ取り繕った所でいずれバレるのだ。

 だったら最初から弱い自分を見せていけばいい。

 だって影は新米提督で――弱者なのだから。


 とは言っても明日は明日。

 今日は今日なので。

 影はベッドから出て、提督の服に着替え、医務室を出ていく。


 そして影は勉強の為にいつもの書斎へと向かった。


 やっぱり気になると言う事で医務室の近くで密かに影を見守っていた赤城、加賀、蒼龍、飛龍はこう呟く。


「「「「今日ぐらい、ゆっくり休んで欲しいのですが……」」」」


 そして。


「そう言えば影提督って書斎の鍵持ってるの?」


「持ってないけど、多分こうなるだろうと思ったから、鍵開けといたわ」


「流石赤城ね」


「でしょ」


「それにしても、蒼龍は影提督に挨拶しなくてよかったの?」


「うん。だって見せるなら元気な姿の方がいいじゃん。私……ほら、飛龍と違って大怪我だから。それに……心配かけたくないから」


「そっかぁ」


 …………と四人は最後に呟き、静かに影の背中を見送った。


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