第41話 これもまた下心
――三時間後。
フェルト鎮守府――提督執務室。
そこにある一つ立派な椅子に座り今は机に寝そべるようにして書斎から持ってきた分厚い本を読む影がいた。
そして、そんな影を見守るようにして、腰下まである赤い髪が印象的な赤城がいる。
「もぉ~影提督。そんな態勢で本読んでたら姿勢が悪くなるのと見栄えが悪いですよ」
「少しぐらい勘弁してよ」
「礼儀が悪いのでダメです」
「マジで身体がキツイんだって……」
「だったら今日はもう休んでください。なにをそんなに慌てているんですか。徹夜で身体がキツイなら今はゆっくりと休む、これも仕事ですよ」
赤城が言っている事は一理あるわけなのだが。
小さくため息を吐きながらそれで本を読み続ける影の手にある一冊の本。
演説開始間際に見つけて、さっき起きて書斎から借りてきた本のタイトルの名は――【精霊王に挑んだ勇気ある提督達】。
その一ページに影は目を留め呟く。
「――とは言うんだけどさ~それより気になってるんだけど精霊王のスキルの内容って本当に知らないの?」
本にはこう書かれていた――精霊王。
かつて九人の名がある有力な提督達が艦隊少女と共に戦ったが誰一人勝てなかった。八回は防衛戦、一回は侵攻戦。防衛戦の際にはこちらの作戦が全て読まれ返り討ちにあった。そして生き残った者達は圧倒的な力に屈し誰一人その後戦わずして人生を終えた。だが一度だけ精霊王自ら艦隊を率いて直接鎮守府を襲った事がある。その鎮守府の名はフェルト鎮守府。その時、フェルト鎮守府は一夜にして国土の7割を失う。圧倒的な航空戦力の前に都市が次々と火の海となっていた。そして多くの死者がでた。これで地図からまた一つ鎮守府が一つ失われるのだろうと誰しもが思った。だが当時提督だったらセシルは国土の8割を最初から捨てる覚悟をしフェルト資源庫から大量の爆薬を運び、ある一点に大量の罠を仕掛けた。そして大爆発に飲まれた敵護衛艦隊、航空母艦、軽空母をまず無力化し制空権を確保後に全艦隊少女を一点に集中する事で見事撤退に追い込んだ。
長大な寿命を持つ精霊王はその後セシル提督が病に侵されたと知ると、突然に攻撃の手を止め本土に戻っていた。
「……はい。少なくとも歴史的に見ても、相手の思考を読み通す、未来を見れる等と言われてはおりますが明確な答えは誰一人持っていません」
未来が見えるなら何故セシル提督の時だけ未来が見えなかったのかと疑問に思ったがそれを赤城に聞いたところで赤城が困るだけだろう。
「……そもそも提督や精霊王……後は一部の精霊が持つスキルって一人一つなの?」
「はい。今まで二つ以上スキルを持っていた者は人類、精霊の両方にいません」
「なるほどね」
影が返事をしながら本ばかりを見ていると、赤城が近くに来て影から本を取り上げる。
「あぁ~」
仕方なく影が視線を本が消えていった方に向けると、赤城が上から見下ろしてきた。
「いつまでそんな姿勢で読むんですか。もう今日は休んでください。とりあえずお風呂でも入ってまずはサッパリしてください」
「わかったよ。ならお風呂に…………」
言葉が途中で止まり、不敵な笑みを浮かべた影の思考が急に加速する。
これはいわゆる女子風呂に合法的に入る事が許されるのだと。
そこには男の理想郷が存在するわけで。
見ないわけにはいかないと下心があるわけで。
もっと言えば、若い女の子の裸があるわけで……。
ニヤニヤ
提督になって良かった。
『ならば男として行くか!!!!!!!!!!』
この世界も悪くないなと理性ではなく本能に忠実になり始めた時。
赤城が出る杭を打つようにして。
「先に言っておきますけど、今の時間は誰もいませんからね!?」
と疑いの視線を向けて影のいかがわしい妄想を粉砕する。
影は現実はそう甘くないと小さくため息を吐く。
落胆する影を見て、影と同じく赤城も同じくため息を吐くがそれは影の物とは違い、呆れているわけであって。
「なんでそんなにエッチなんですか! 飛龍の時と言い、影提督はもっと自制心を鍛えてください。影提督は別に困らないかもしれませんが、見られている方は意外に傷ついたりするんですよ?」
「……はい」
「こうなった以上、しばらくは私の家で一緒に暮らしますよ?」
「え?」
「え? も何も私がいない間に他の女の子に嫌な思いをさせない。そんな行動を一切しない。 お風呂は私達がいない時間に利用する、夜は女の子とイチャイチャしない、そうゆう勘違いさせる雰囲気も作らないって他にも沢山ありますが約束できますか?」
「…………頑張ります」
これは何を言ってもダメだと諦め、反省する影。
もといた世界でも、こっちの世界でも、そこは変わらないらしい。
だけどまぁ、異世界からだから特別ってのもなんか変な話しなわけであって。
「……既に無理そうですね。……はぁ、だったら仕方ありませんね、私と一緒に暮らしてください。どうせしばらくはここに寝泊まりって考えてたんですよね?」
「まぁ……。家もないし、ここだったらソファーならあるからね」
「ソファーはお布団ではありません。とりあえず今から私の家でお風呂入って今日はゆっくうりしてください。ここにいたら、私の目を盗んで仕事しそうですし」
「でも……」
「私にだけ変な気遣いをしないでください。ただしエッチな事はなしです。そうゆうのはちゃんとした関係になってからです。それさえちゃんとしてくれるなら多少の我儘は聞いてあげますから。返事は?」
「……はい、わかりました」
こうして影はしばらく赤城の家で寝泊まりする事となり、この世界での衣食住の確保に成功する。
「フフッ。その困った顔可愛いですね」
――あぁ、私素直じゃないな。
――他の女の子に取られたくないからって、こんな意地悪になって。
――流石にこれだけ女の子が周りに多かったら性欲のはけ口が欲しくなるのは……
――健全な男の子であれば当然なのかもしれない……
――だけど、それが誰でもいいってのはやっぱりダメに決まっている!
「さぁ、今日は一旦帰りますよ」
そう言って影の手を取って、笑みを向ける赤城。
そのまま部屋を一緒に出て帰宅する。
幸いこの時間鎮守府は人が少なく誰にも見つかることなく、外まで行くことが出来た。
――影はこの時まだ気付かなかった。
ここまでよくしてくれるのは、赤城が影に対して好意があるからだと。
そして理由はどうであれ、一秒でも長く影と一緒にいたいという表れだと。
それを身も蓋もなく言うのであれば――異性に対する性欲。
すなわちこれもまた下心から来ているのだと――。
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