19
今日も竹兄に放課後カフェに連れてきてもらって。お気に入りのココアを頼んで待ってる間。
「さぁ…」
なんて変な掛け声かけた竹兄が、両肘ついて組んだ両手に顎載せて頬杖しながら対面から俺の事見てくるから。
嫌な予感がして聞こえてないフリしたけど、構わず目の前で話し続けてる。
「じゃあいよいよ。高校受験に向けて対策錬らないとなぁ」
「――おまちどうさま…」
いいタイミングでマスターが竹兄の話の腰を折ってくれた。
目の前のソーサーからマシュマロを取り上げて、慎重にココアの水面に置いて。
添えられてたスプーンで。早く融けろ早く融けろ、ってマシュマロをつついて追いかけ始める。
「おい、聞いてるのか小野」
能動的に聞いてるっていうか…これは受動的に、
「聞こえてる」
って反応して答えたら。
「まずはオマエ、行きたい学校は決めたのか?」
当然この話は来ると思ってたから、ひとつだけ受けようと決めているところがあった。
「うん。ムサナン」
武蔵八幡から自転車で10分くらいで通えるところだし。公立高校だっていうところもいい。竹兄は頷きながら、
「ああ、武蔵野南か。なんだ…そんなトコ目指せるなんてオマエ意外と勉強デキる奴だったんだな」
俺が背伸びしなくて行ける偏差値60台半ばの学校だったけど。竹兄には意外に聞こえたみたいだ。
スプーンでつついてたマシュマロが融けてようやく飲みごろになったココアのカップを持ち上げて。竹兄に向き直る。
「俺テレビ見ないし、漫画読まないし、友達居ないし。――学校行って教科書読む以外する事無かったから」
何か自分で言いながら、これって普通『さみしい』って言われることなんだろうか、って冷静に見てるのすら、周りから見ると変わってるんだろう。
ココアのカップの暖かさを両手のひらから貰いながら、ひとくち飲むだけで。まあいいか。なんてすぐ思える所も多分人と違って変わってるんだろう。
竹兄はハイクラウンの紙を千切って現れたチョコを齧りとって、エスプレッソを飲んでから。
「そうか。じゃあとりあえず…今週末に髪切りに行くぞ」
どうして高校受験の話が『週末髪を切る』って話につながるのか解らなくて。
「――何で?」
上唇に残ったココアだって勿体ないから、行儀悪いけど紙ナプキンで拭わずに舌でぺろって舐めとりながら竹兄の方見たら。またテーブルに肘ついて俺の頭を指さしながら、
「何で?って。御前流石に…ムサナン行く奴で金髪ドレッドは見たコトねえぞ?せめて内申に響く冬までは茶髪レイヤーで我慢しろ。ムサナンなら入れば金髪くらいは復活できるだろ」
今はもうこの髪型にこだわってるわけでもなかったから、素直に竹兄のアドバイスに乗ることにした。
「――解った」
うまうま(〃д〃)なんて、ココアのカップに口つけながら和む俺に。
「御前ホントにソレ好きだなぁ」
呆れたような竹兄の声にもめげずにうん、って頷きながらまた大事に飲む。
「よしじゃあ。それ飲み終わったら家帰って勉強見てやるから」
「え?――いいよ…教科書持って帰って来てないし」
鞄に入ってるのは携帯と財布だけだから。ホントは鞄すら持って歩くのすら面倒臭いと思ってるのに。
「教科書持って帰って来ないって…宿題はどうしてるんだ」
なんて聞いてくる竹兄って高校生の頃から大きなバックパックに教科書やノートを沢山入れてて凄く重そうだったよなぁ。
でもこれは小学校の頃から、何時養子の家から出て行くかわからない俺が、家に余計な荷物を増やさないためにやってたことだ。
「全部学校で終わらせてる。家で勉強したくないし」
「試験前だったら流石に何かするだろ?」
「だから。家で教科書開いた事無い」
「オマエそれならもっと勉強すれば更に上位校狙えるのに」
「前も話したよね?俺別に竹兄みたいにやりたいコト有る訳じゃないから。俺の今のレベルに合った学校に行ければそれでいいよ?」
「仕方ねェなあ…。まあ、困ったら勉強でも進路でも相談しろよ?」
「解った。――有難う竹兄。本当にそうなったらお願いするから」
4月末、ゴールデンウィーク前の放課後の六勝寺。
今日は突然訪ねたけど、建君の高校には合気道部が無いから学校が終わると必ず直ぐに家に帰って稽古してるって知ってた。
案の定4時半にはもう建君は道着で本堂の階段に腰かけて。
「――で?今日はどうしたの」
「別に用事が有るわけじゃなかったんだけど…」
一瞬ぽかん、とした建君は。直ぐに俺の言いたい事が解ったのか。
「ああ!わざわざ会いに来てくれたんだ!!そうだよね、ひと月前までは学校でお互い毎日見かけたのにねぇ」
座りなよ、と建君が少し左に腰を滑らせてスペースを作ってくれたから。階段昇って其処に腰かける。
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