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「中二なんて精々3時半にはガッコ終わるだろ。此処からダラダラ歩いても30分かかんねぇのに。1時間半も学校に残る理由はねぇだろ?――ウチ田舎だから駅前出たって一人でロクに遊べねえし。友達出来たならむしろもっと遅く帰って来るんじゃねえの?」


この人はどれだけ勘と推理が鋭いんだろう、って怖くなって思わず震えたら。竹丘のお父さんが苦笑いしながら竹丘さんを留めてくれた。


「止めなさいマサヒコ。――領君。行っていいですよ」


「――はい」

 

竹丘さんは思った通りのことをストレートに俺にぶつけてくる人で。


お父さんは俺が困っていたらちゃんと助け舟を出してくれる人なのだと。ひと月でようやく気が付いた。


とにかくこの場から逃げ出そうと、二人に頭を下げて。神社の裏手にある屋敷に向かって駆け出した。





 あいつ等鬱陶しいから、呼び出されてる校舎裏で一回暴れて思い知らせてやれば二度と絡まれないって事は解ってたけど。


『知らない奴からは走って逃げろ』


あの時一方的に言われた竹丘さんの言葉を、未だに忠実に守ってた俺は。


今日も6時元目のチャイムが鳴り始めたら鞄を抱えて、2階の教室から飛び出して。


昇降口に向かってとにかく走り出した。


廊下に自分の足音だけが響いて。


一段とばしで階段を下りて。下駄箱で靴を履き替えるのももどかしく校舎を飛び出す。


部活始まる前で校庭に誰もいないけど。後ろで沢山の足音が聞こえるのが解って。振り返らないまま校門まで全速力で走ってたら。


校門前で自転車に跨ってる学ラン姿の学生が居た。


見慣れてるというか、見た途端に竹丘さんだと解ったけど。


「おー。成瀬!御前さんが下校いちば…」


どうしてこんなところに居るんだよ!!!


「逃げて!!!」


息切れして酸欠なのに叫びながら竹丘さんを置いたまま立ち止まらず走って行ったら。


「――んん?何!?」


すれ違いざま竹丘さんがのんびり言うのが解ったから、振り返る余裕もなくてそのまま絶叫する。


「イイから早く逃げてってば!!俺に構うなよ!!!」


って言ったのに。ギアを上げるカチカチ、という音諸共、竹丘さんは俺の横に自転車で追いついてきたからぎょっとした。


「――馬鹿っ!!竹丘さんなんでっ――付いて来んだよぉ!!同じ方向じゃダメだろ!!」


必死にあっち行け、って鞄を振り回してたら。


後ろからあいつ等の声が聞こえてきた。


待てこらァ!!!


――成瀬ェ!即ブッ殺してやるからな!


最近じゃあ俺を見つけると直ぐ『殺す』とか『潰す』って言ってくる語彙の少ない馬鹿な奴ら5人が、今日も同じ殺し文句を叫びながら追いかけてくる。


竹丘さんが振り返ってそいつらを確かめてから。


相変わらず俺と同じ速さで横にぴったりつけて自転車走らせながら。


「あぁ。何だ。追いかけっこか!毎日構ってくれるトモダチが出来て良かったな!成瀬」


この人絶対に面白がるの半分でわざと間違えてるから、必死に抗議する。


「ちーがーうー!!」


必死に首を振りながらこっちは足で走り続けてたら。竹丘さんはペダルをこぐ足を少し早めて、自転車を俺より少し前に走らせ始めた。


振り返って俺のことニヤニヤしながら見てた竹丘さんに、


「解った解った。じゃあ、落ち着ける逃げ場所あるから着いてこい、若人」


なんて言われて先導されながら俺も通ったことない道走らされて。結局M駅前まで連れて行かれた。



 「はーい、お疲れさん。――大丈夫か?」


駅の西口の裏手にある小さなカフェの前でようやく竹丘さんの自転車が止まった。


「―――…」


答えるのもつらいくらい。息が荒いままで大きく頷いてたら。


「入るぞ。見つかるとマズイだろ」


高校生になるとこういう店にもひとりで行くようになるんだろうか。


ドアの鐘を鳴らしながらカフェに入っていく竹丘さんの後ろにただついていくしかない。


好きなところへどうぞ、と言われた竹丘さんは迷わず奥のソファ席に陣取って、俺を対面に座らせた。


「俺は頼むもの決まってるから。成瀬オマエ選べ」


なんて言いながら。メニューを開いてこっちに向けてくるけど。


「俺金ないですし」


「俺のオゴリだから遠慮すんな」


しぶしぶメニューを受け取ったけど。


「俺こういうとこ来たコトないし解らないです」


本当に困ってメニューをテーブルに置いたら。しょーがねぇなあ、って言いながら竹丘さんはメニューをめくり始めた。


「腹減ってるか?」


メニュー越しに上目使いで尋ねられて。訳もなくドキドキしながら首を振る。


「甘いモノは好きか?」


優しく尋ねられて何だか恥ずかしくなりながら頷くと。


「よしよし。じゃー俺がイチオシの奴を頼んでやるから」


にやり、と笑って見せた竹丘さんはカウンターに手を上げながら『すみませーん』と呼びかけた。

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