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それなら待ってなくていいのに、と言うのも面倒くさいから、


「――」


黙って靴を履いて外に出て「マサヒコ」と並んで歩き出す。


境内の裏にある屋敷から拝殿の方に向かって歩いてたら、朝早くから竹箒で境内の掃除してたお父さんがいた。


「ああ、二人共、気をつけて行ってらっしゃい」


この人は今まで預けられた何処の家の家長と比べても、『宮司』って職業やってるからか、性格も含めて謎が多くて。どうして俺を預かる気になったのかもよく解らないから、怖くて気が抜けない。


でもとりあえず、住む家と食事をくれてるのはこの人だということは理解してるから、


「行って来ます。お父さん」


と俺が返す隣で。


「ぅいーす」


「マサヒコ」は本当に適当な返事をするけど、お父さんは叱りもしない。


今まで預けられた先で俺がこんなことしたら、凄く叱られたし、とある家では『可愛くない』と殴られた事もあったから、


『こいつは我侭に育ったボンボンだ』


羨ましいと言うより、これでちゃんとした大人になるのかこっちの方が心配になる。


90段の階段を降りて、途中まで方向は一緒だから、自転車を押したままで歩いてたマサヒコが突然。


「オマエさぁ」


なんて話し始めるから隣に顔向けたら、俺の髪形が気になるのか人の頭ばっかり見てる。


「そんな気合い入れたカッコして良く怖い奴等に因縁つけられないよな…」


俺はここに来る直前。少しずつ貯めてた金を全部叩いて、髪を金髪に染めてドレッドヘアにしてた。


中学生でこれってやっぱり見た目のインパクトがあるのか興味があるんだろう。


「知らない奴に良く話しかけられるよ?――いきなり周り囲まれて「名前は何だ」「どこ中だ」って聞かれるし」


って答えたら、


「成瀬オマエ…ソレを普通の奴は『因縁をつける』って言うんだよ」


呆れた顔で笑う「マサヒコ」は、やっぱり上から目線でモノを申してくる。


「――そうなんだ」


別に因縁付けられたって俺は構わないし。って思いながら返したら、流石に少し不安そうに眉を寄せた。


「大丈夫か成瀬オマエ。カツアゲとかされてんじゃないのか?」


「カツアゲ?――無いよ?」


なんて答えてる間に、駅と中学校の分かれ道についた。


「成瀬」


改まって呼びかけられて、仕方なく立ち止まる。


「何」


「知らない奴に話しかけられたら。取り敢えず全速力で走って逃げろよ?」

突然上から手が伸びてきて。頭に手を乗せられたから。


びっくりして見上げたら。向こうの方も『なんだなんだ?』って目を見開いて驚いてる。


目が合うと相変わらず上から目線で見下ろされてたけれど。


そのまま頭に乗ってた手のひらが、頭の上を往復した。


「―――!?」


頭を殴られることはあっても、よしよし、なんて優しく頭を撫でられたのなんて初めてで。驚き過ぎて胸の鼓動が跳ね上がった。


「解った。行って…きます」


どんな顔したらいいかわからないうえに、顔とカラダが急に熱くなったのが解って、頭に乗ってた手を振り切って逃げるように、学校に向かって走って行った。





 転校は小学校の頃から数えても3回目だからもう慣れっこだ。


中学2年の2学期なんて時期に突然入ってきた俺に誰が話しかけてくることもないはずだったけど。


ひと月ぐらい経ってから。特定の奴らに絡まれるようになった。


『成瀬くーん。後で迎えに行くからねー?』『逃げるんじゃないよー?』


今日も鬱陶しいそいつらを捲いて何とか学校を抜け出して、しつこく追いかけてくるのを、町を歩き回って日暮れになるのを待ってから、何とか武蔵八幡まで戻った。


学校が終わってから2時間。ずっと走ったり歩いたり隠れたりしてたからもうへとへとで、武蔵八幡神社の90段の階段をやっと登り終えるころには、もう倒れこみたいくらいに疲れてたのに。


参道の両脇にある石灯籠に明かりを灯してる竹丘のお父さんと、自転車おいて話し込んでる『竹丘さん』が居た。


「お帰りなさい、領君」


足がガクガクしてるの気が付かれたくなかったから、何とか足元が少しふらついているのをごまかしたかったのに、


「――…たっ…だいま」


足よりも息が乱れてろくに返事できないことの方がよっぽど問題だった。


「おー、成瀬。どうした御前。まさかその若さで階段昇ったぐらいで息切れしてんのか?なさけねーなぁ」


お父さんよりも『竹丘さん』の方が勘は鋭いみたいで、視線が合って気づかれるのが怖くなる。


「――…」


黙ってやり過ごすしかないってじっとしてたら、


「マサヒコ」


竹丘のお父さんは何時ものように俺が困ってるのが解ったみたいに間に立ってくれたけれど。


「御前何か中学で部活にでも入ったのか?」


尚も竹丘さんが俺に訊ねてくる。


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