Still...(弟目線)

白白

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今度俺を引き取ってくれる、貧乏籤を引かされた『遠縁の親戚』は、東京23区外のM市にある、「武蔵八幡」とかいう神社の宮司をやってる『竹丘』って人だった。


生まれてからずっと、北の方にある山の中の小さな町を転々としてたから、区外だって言ったって俺にとっては驚くほど都会で。


初めて見た東京近圏の電車の路線図が色とりどりで目が眩んだし。バスの本数も多いし道路の車線の数や信号の数にすら驚く。


 一日がかりで飛行機と電車とバスを乗り継いで、初めて都会に連れてこられただけで疲れてたところに、


「さあ、領君。初めての君には大変でしょうが。毎日上り下りすることになりますからね?」


今度の新しい『竹丘のおとうさん』は。優しそうな顔で笑いながら、最後の難関の90段の階段を指し示した。


「――はい」


今までの引き取り先でも。誰だって最初はとても優しく接してくれた。


『どうせすぐに、怒った顔か困った顔しかしなくなるんだ』


この人の怒りや困惑が直ぐ来るか暫く時間がかかるのかというだけの問題だ。


とにかく俺は、次の引っ越しの荷造りが面倒だから、此処でもできるだけ物を増やさないようにするしかない。


息を切らせながら、塵ひとつない90段をのぼりきって神社の門を潜ったら、俺が通ってた田舎の中学校の校庭と変わらないくらいの大きさの敷地に、立派な社がいくつも建ってた。


こんな『お屋敷』みたいなところで暮らすのも初めてだ。


上がった息のせいなのか胸の鼓動がいつもより早くてドキドキしてるのを必死に抑えてたら、


「領君よく頑張りましたね。――あ。丁度いいところに」


隣の竹丘のおとうさんは、境内の裏から自転車を担いで現れた詰襟の男子学生に、


「マサヒコ」


と声を掛けると、男子学生は気が付いてこっちに向かって砂利を蹴って弾くように大きな歩幅で歩いてきた。


「おう、親父殿。お帰り」


目の前に立ったのは、思わず首を後ろに倒して見上げるほど背が高い詰襟姿の高校生で、中2の俺があと少ししたらこんな風になれるとは全く思えないくらい、いろんな自信に溢れてるのが解る立ち姿だった。


「マサヒコ。今度うちで預かる事になった、領君です。――領君、これがウチの長男のマサヒコ」


今まで俺が預けられたところは子供が居ないところばかりだったから。初めての兄弟で、しかも突然『兄』のような存在ができてしまったのだとじっと見上げてたら、つまんなそうに俺のこと見下ろしてた「マサヒコ」が、


「なあ親父殿。コイツ日本人なのか?」


俺の頭を凝視しながら、冗談とも本気ともつかない台詞を吐いた。


竹丘のお父さんは俺の肩に手を置いて。


「領君の実家の小野家は竹丘とは遠縁にあたりますが。他の国の方と縁があるとは、聴いた事が無いですねぇ」


なんて、馬鹿みたいに真面目に受け応えてるから内心驚いてたら、


「オイ」


文字通り斜め上から「マサヒコ」に目線で見下された俺は、思わず睨み返したけど。


「そんな金髪でも日本人なら喋れるだろ、挨拶くらいしろよ」


今までは少し相手を睨み付けるだけで目を逸らされてたのに、この「マサヒコ」は、竹丘のお父さんと同じで迷わず俺の眼を見返してくるから、思わず俺の方が視線を逸らして俯くしかなくて、初めから何だか敗北感を味合わされた。


「成瀬領です。宜しく、お願いします」


悔しくて下向いたままで挨拶する。


「成瀬?御前小野じゃねえのか?」


人が聞かれたくないと思っていることをコイツはわざと聞いてるんじゃないかってくらいタイムリーな質問だったけど、


「まあマサヒコ。それはおいおい話をするから」


竹丘のお父さんは俺が困ってるのが分かったのか、質問攻めになる前に打ち切ってくれた。


「じゃあ領君。部屋に案内しますからね。マサヒコ。遅くならないように帰りなさい」


「腹減るし図書館が閉まる時間には帰る」


「マサヒコ」は降ろしてた自転車をまた担ぎあげて、山を降りる階段の方に向かって去っていった。





 竹丘家のひとりっ子で長男の「マサヒコ」は、某都立高校の3年生で、丁度大学受験の追い込みの時期なのだとお父さんから聞いてたから、俺に構う暇なんか無いだろうと思ってたのに。


中学生も高校生も通学で家を出る時間はほぼ一緒だから、何となく途中まで一緒に通学するようになった。


「おい成瀬。そろそろ出るぞ」


自分こそずっと洗面台の鏡の前で時間ギリギリまで髪を弄ってた割にそんな風に声を掛けてくるのが変わってる。


「はい。――お母さん、行って来ます」


台所にいたお母さんに声を掛けてから玄関に向かったら、


「何やってんだ、早くしろ」


玄関の引き戸開けて、自転車を肩に担いで俺のこと追い立てて来る。

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