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って苦笑いするしかない俺に。ソーサーから取り上げたミルクチョコの銀紙を少し破り取って。俺にほら、と差し出して来た。
「これをひと口齧ってから、エスプレッソ飲んでみろ」
受け取った俺は、何時もどれくらい竹兄が齧ってたかなぁって思い出しながら角をほんの少しパキ、って歯を立てて折り取って口に含んでから、小さいカップの中の、淡い褐色の泡の層が出来てる液体を少し流しいれた。
初めて飲んだエスプレッソは、チョコレートの乗ってた舌の上で突然存在を主張して。
小さな欠片を呆気なく溶かして甘さを押し流したら、口の中はコーヒーの苦味にあっという間に支配された。
「――…」
味覚に集中するために竹兄から視線を外してじっと床を眺めたまま。
口の中のコーヒーとチョコが熔けあったものを舌で確かめるようにしてから喉の奥に飲み込む。
俺には良く解らないけど、これが竹兄の教えてくれた「ひとつ恋を終えた味」って思ったらふと口元が緩んだ。
竹兄と視線がぶつかると眉が少し上がって。黙ったまま『どうだ?』って尋ねられてる気がしたから。
「ん…――甘くて…苦い。…ってこと?」
思ったままを言うしかないけど。俺の答えを聞いた竹兄は満足したのか、唇の右端を少し上げて微笑んだら、俺の手元からデミタスカップの乗ったソーサーを取り戻した。
「そういう事。甘さばっかり欲しがる御前とは、違うんだよ」
俺の齧り取った反対側の角に歯を立てて小さくパキ、って音立ててチョコを折り取って。デミタスカップを指先で摘まんだら、最後のひと口を飲み干した。
喫茶店からの帰り道はもう殆ど夜と変わらないくらい暗くて。
俺を探して乗り回したっていう自転車を押す竹兄と並んで。出来るだけ時間をかけるようにわざとゆっくり歩いた。
「竹兄?」
って、隣に呼びかけたら。
「んー?」
カラカラ鳴らしてた自転車に紛れて、小さく喉が鳴るような竹兄の返事が聞こえてくる。
「――暫く家に居るの?」
今年に入ってから今までほぼ大学に寝泊まりしてたけど。お盆の時期は完全に閉鎖されるからいよいよ追い出されることになって、竹兄にとっては渋々の帰省だったみたいだ。
「まぁなー。1週間くらい久々に家でダラダラするかな…」
やった、一週間も居るんだ!!って思わずその場で飛び上がって喜びそうになったのを必死で抑えながら、気づかれないように何の気もないような返事を返す。
「ふーん…」
「――小野は毎日バイトで忙しいんだろ?」
竹兄が帰ってくるって解ってたら、こんなに毎日入れなかったとは言えない。
「火曜日以外は9時から5時まで店に居るよ」
でも実は…
「――ああでも、お盆の3日間は臨時休業する、ってマスター言ってたから、明後日の土曜日から…4日間俺も休みだ」
こんなにいいタイミングで休みが重なってくれたことが嬉しいし。
竹兄部屋でゆっくりする、って言ってたから、久々に構ってもらえそうだと思えるだけで気分が上がってたところに。
「おまえバイト代溜めて何に使うんだ?」
竹兄にはバイト始めた理由言ってなかったから、俺が何か買いたいものがあってバイトを始めたのかと思われてるのかもしれないけど、別にそんなものは無かったからここは正直に吐いた。
「決めてない」
そうか、と呟いた竹兄はその後直ぐに。
「車借りるから泊りがけで一緒に出かけるか」
思わず隣の竹兄の横顔を見上げて、
「――え?」
戸惑ってたら、竹兄が俺の返事を待たずに。
「旅行だよ旅行。俺も此の休み終わったら卒業までと言わず…ずっと先まで纏まった時間が取れるか解らないからな。どうだ?」
って竹兄がこっち向いたのが解ったけど、今何か声に出したらもう興奮しすぎてきっと訳わかんなくなるから、凄く我慢して少し黙ってるしかなかった。
「――…」
俺があんまりに返事しないから、竹兄には「行きたくない」のサインで伝わったんだろう。薄闇の向こうから笑い声が聞こえて。
「折角の休みだもんな、外出たくないなら家でだらだらするか…」
なんて言われて、一緒に居るだけで良かったはずなのに一緒に初めてのことが出来るかもしれないって慾が出てきた俺は焦った。
「え!?」
大声上げて立ち止まった俺に、自転車引いてた竹兄が少し先に行って振り向いてきたから。
「――行きたい!!俺旅行したことないから、行ってみたい!!!」
詰め寄りながら必死になって伝える俺に、ちょっと自転車押して後ずさった竹兄が、
「解った解った。じゃあ、何処がいいんだ?」
「――…」
行きたいところは沢山あるけど、竹兄と一緒だったら何処だっていい、なんて言えなくてどうしようか悩んでたら。
「――じゃあ、今日明日くらいで考えておけよ?」
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