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って、頭にぽんぽん、と手を乗せられたから。
「うん!」
帰ったらすぐに、市立図書館から借りてきてた海や空や町の写真集を何冊もひっくり返してたけど。
「そうだ…」
丁度読んでる途中だった『日本の灯台100選』っていう写真集に載ってるところのひとつに、何時か行ってみたいって思ったのを思い出して、積んでる中から引っ張り出して、そのページを探した。
「霧いかに 深くとも 嵐 強くとも…」
読んでる中に句碑のある灯台はいくつかあったけど、高浜虚子が詠んだという観音崎灯台の句が酷く心に残ってた。
そのページにたどり着いて。見開きできるように大きく広げて膝に乗せる。
神奈川県横須賀市にある『観音崎灯台』は、旧暦の明治2年1月1日初点灯した日本初の洋式灯台だという説明と共に、3枚の写真が並んで載ってる。
1枚はカラー写真。2枚は白黒というよりもっと古いセピア色で大分白く焼けてしまっている写真だ。
観音崎灯台は2回再建されていて今は三代目。
初代は地震で倒壊。建て直された二代目も関東大震災で崩壊して、1925年大正時代に建て直された3代目が今も現役で東京湾の入り口を護ってる。
虚子の句は、たったの18字しか記されていないから。
『濃い霧で行く先が見えなくても。酷い嵐で行く手を阻まれても』
言葉としては中途半端なところで終わってるけど。大事なのは多分、虚子がこの句碑を見た人に託した続きの言葉だ。
「行く先が見えなくても、行く手を阻まれても。それでも進んで行くんだ」
何処に進むべきか迷って立ち止まってる俺に。この虚子の句碑はそう言ってくれてるような気がした。
翌朝バイト前に竹兄の部屋のドアをノックしたら。
『おー。入ってますよー』
入室許可なのかどうか解らない何時ものあの返事が聞こえたから、拒否じゃないしとノブを開けて入った。
「お早う竹兄」
朝ごはんの時に降りて来なかったからまだ寝てるのかと思ったけど、竹兄はパーテーションの向こう側の『趣味を楽しむところ』のラグの上に座り込んで今朝は道路地図を捲ってた。
「おう、お早う小野。何だ、行くとこ決まったのか?」
俺が持ってた写真集見て気づいたみたいで手を伸ばされたから。
「うん、――俺此処に行ってみたい」
って、灯台の写真集を差し出すと、受け取った竹兄は付箋のついた観音崎灯台のページを開いた。
「此処で良いのか?」
って見上げられて、黙って頷く。
「解った。他に行きたい所はあるか?」
泊りがけだって聞いてたから一か所だけっていうのも確かにおかしいんだろうけど。旅行なんてしたことないから全然解らなくて。
「他は別にいいや。何があるか良く解らないし」
「じゃあ観音崎灯台以外の処は俺に任せるってことでいいか?」
「うん」
竹兄は大学時代の長い休みの時によく旅行に行ってたから。ほぼ丸投げでお願いすることにした。
「よしよし、じゃあ明日は9時頃出かけるか。――この本、今日御前が帰ってくるまで借りてもいいか?」
「いいよ。――じゃあ、そろそろ行ってきます」
「ああ、忙しいのに悪かったな。――バイト頑張って来い」
そう言えば昨日、大学進学の準備もしないでバイトしてる俺の事怒ってたはずなのに、って思いながら、階段を降りて行った。
「暑いけど…まあいい天気で良かったな」
実は楽しみ過ぎて昨日から殆ど眠れてなかった俺は今更少し眠くて、朝から燦々と照りつけてた太陽に既にやられ気味だったけど。
「そうだね!」
取りあえずそんな状態だってバレるのだけは避けたくて返事だけは気合を入れて、竹兄が友達から借りてきたSUVだとかいう大きい車の高い助手席にダルい身体持ち上げるように乗り込んで勢いよくドアを閉じてシートベルトを締めた。
「好きなの掛けていいぞ?」
って、運転席の竹兄からCDが入ったポケットが沢山ついたファイル状のケースを渡されたけど。
「えぇ!?俺洋楽よくわかんないよ…」
捲ってもめくっても、英語か、それ以外の言語もあるって解るけど。ジャケットに日本語書いてるものは皆無だ。
「しょうがねえなあ御前は。――じゃあ」
隣から腕が伸びてきて。俺の膝の上のケースを捲った竹兄は。
「コレでよろしく」
最初から決めてたみたいに指さしてから運転席に戻って、エンジンをかけた。
「ごめん竹兄…何処にCD入れるの?」
車のボードの下には沢山スイッチや液晶画面があってオーディオのスイッチが解らない。
「ぴったりCDが嵌るくらいのスリットが見えるだろ?其処に押し込め」
確かに液晶画面の下に横に10センチくらいの水平な隙間が見えた。
慎重にCD水平にしてあてて指先で押してみたら。最初は少し抵抗があったけど、直ぐに自動的にCDが吸い込まれていく。
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