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「わぁ!!」
「いちいち驚くなよ小野。ほらリモコン。流石に再生停止と音量調節くらいは解るだろ」
って言う前に、女性コーラスの声が聞こえてきた。
――Say my name, say my name…
ああ。最近竹兄がよく部屋で聴いてる。
「これ…Destiny’s Childだっけ」
竹兄お気に入りの、3人の女性R&Bグループだ。
「お?良く解ったな」
って言った後に、一緒になって歌い始めた。
――If no one is around you, say ‘’baby I love you’’
誰も傍に居ないなら、『ベイビー愛してる』って言って
――What’s up with this? Tell the truth, who you with
どういうことなのよ、ホントの事言って。貴方誰と居るの?
一緒に入ってた歌詞カード抜き出して眺めたら、リスニングは苦手だけど、英語も成績は悪くないから意味は直ぐ解った。
「竹兄――これって浮気された女子が男を問い詰めてる歌?」
他の曲の歌詞見ても、基本は女子目線の恋愛や人生観の歌みたいだ。
「簡単に言ってくれるなぁオマエ…。女心を知るのは、恋愛の第一歩だぞ?ちゃんと勉強しとけ」
「尚の事勉強するものじゃないと思うけど…」
なんて言いながら音楽聞いて車に揺られてたら、いつの間にか呆気なく寝落ちしてた。
「おい小野起きろ…そろそろ着くぞ?」
隣から声かけられて、慌てて覚醒した俺は。
「嘘…寝ちゃった?どうして起こしてくれなかったの?」
竹兄と一緒の貴重な2時間が無為に消えた事に凹むしかない。
「悪い悪い。バイトで疲れてる奴起こしたら可哀想かって思ったんだ」
そう言えばいつの間にかデスチャの曲も消えてて、CD入れ替えるでもラジオに切り替えるでもなく、そまま車内が静かになってたことにも気づいた。
きっと俺が眠るのを邪魔しないようにって竹兄が気を遣ってくれたんだと思ったら、また胸がぎゅ、って締め付けられる。
「違うよ。バイトで疲れてたんじゃなくて。本当は、俺今日竹兄と出掛けるの楽しみ過ぎて昨日全然眠れなかったんだ」
って、人が恥ずかしさをかなぐり捨てて正直に話してるのに。
「そうなのか!?ハハハ!遠足前日の小学生みたいだなぁオマエ」
何時まで経っても4歳の差が大きくてまともに話を聞いてもらえてる気がしない。
観音崎灯台の駐車場は、半分も埋まってなくて、思ってたほど混んでなかった。
「はい、お疲れさん」
って隣から声が聞こえた途端に、シートベルト急いで外して、脱いでた靴ひっかけて熱いアスファルトの上に降り立った。
助手席のドアを、後ろ手に突き放すようにして勢いよく閉めて、とんとん、と左右順番に爪先でアスファルトを叩いてシューズ履いて。
辺りを見回して見つけた、少し先の丘の上にある青空の中に少しだけ頭が見えた白い灯台めがけて走り出す。
後ろから、
「おい小野!ちゃんと周り見ろ~!!」
竹兄が呼びかけてくるのが聞こえたから、解った!って返事する代わりに振り返らないままで右手を大きく振った。
どんどん白亜の八角形の灯台に近づいていく。
観音崎灯台は、明治時代開国してから欧米列強に『此処に港を造って灯台を建てろ』って言われて作った8灯台の内でも最も早く点灯した日本初の洋式灯台だ。
灯台そのものは19メートルでそんなに大きくないのに、断崖の上に建ってるから、水平線からは50メートル以上になる、って灯台100選の解説に書いてあった。
灯台は見えているのに、今度は九十九折の階段に阻まれてなかなか近づけない気がする。
息を切らして階段を上りきったら、海上交通センター前の広場を走りぬけて、今度は植え込みが鬱蒼とした木陰を造ってる細い道に迷わず突入して突き進んだ。
突然視界が開けて立ち止まると、近くで見上げると意外にも高さを感じる灯台が現れた。
「――あ…」
写真で形に見覚えがある岩は、思ってたより実際は大きくて。
ずっと走ってきたから息が上がってたのを今更自覚して、落ち着けるようにゆっくりと深呼吸しながら歩いて近づいて行く。
断崖の際の柵の内側ギリギリのところに経つ虚子の句碑の正面に向き合って立ったら。
ただ「行ってみたい」「見てみたい」って思って実際にどこかに行く、っていうのが初めてだった俺は、息が上がった苦しさとは違う、何だか胸が締め付けられるような感情にまた戸惑ってた。
風化して塗りの部分が剥げたり黄色く変色している文字でも、
「――おい。どうした小野。昇らないのか?」
竹兄に声をかけられるまで、多分優に5分はこの石碑を見つめてただろう。
「何書いてあるんだ?」
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