26

「ただいま帰りました」


「お帰りサトリ君。――マサヒコは部屋に居るんじゃないかな…」


「はい」


境内を竹箒で掃除してたお父さんに挨拶して、掃除神社の裏にある竹丘家の屋敷の母屋の玄関開けて、


「只今帰りました」


中にいたら返事をくれるお母さんの声がしないから、多分出掛けてるんだろう。


靴脱いで揃えて、静かな廊下を音立てないようにしながら早足で進んで、階段も出来るだけ静かに上がってから。


2階の階段上がって直ぐの部屋のドアをノックした。


「たけにー」


『はいはい、入ってマース』


入るな、って言われない限りはこの返事は竹兄の入室許可だ。


「おじゃまします…」


って未だに入るのに遠慮するような竹兄の部屋は、床はフローリング。壁はコンクリート打ちっぱなし風の壁材で、この屋敷が伝統的日本家屋なのを忘れそうなくらいに改造された大きな洋室だ。


奥から曲名は知らないけど、映画の主題歌に使われてた北欧のロックバンドの女性ボーカルが聞こえてきた。


部屋は『勉強するところ』『趣味を楽しむところ』『休むところ』と奥に進むにつれ大まかに分けてるって竹兄から教えてもらった。


まず目に入るのは、普通の学習机じゃなくて、平机にパーテーションとスチールラックを組み合わせたものだ。


英語の音楽誌とかノートが、座った時に手に届くようになってて。書店のレイアウトみたいにカッコ良く並んでる。


其処を通り過ぎたら、竹兄はパーテーションの向こう側の『趣味を楽しむところ』の一人掛けソファの肘掛に上半身を預けるようにしながら座って、音楽かけて雑誌を捲ってた。


「おう、お帰り」


まあ適当に座れよ。って言われて。良く竹兄が寝転がってるラグに座ったら、


ほら、と大きなビーズクッションを投げてくれたからそれを抱いて体を預けた。


「ねー竹兄」


「何だ?」


「竹兄が被害届出さないの…俺のせいだよね?」


ここ数日ずっと気にしてたけど、いよいよ覚悟を決めて聞いたら。


「はァ?」


竹兄は持ってた雑誌を床に放ってから、首を突き出すようにして俺の方を向いた。


「何で御前のせいになるの?」


んん?と、首まで傾げられて。これはちゃんと納得させないと怒られそうだって思ったから慌てて言い訳する。


「だって、手加減したけど結局あいつ等も何人か入院したし…バイクも原チャリも壊したし」


怒りに任せて16人も怪我させて、マシンも壊したって…本当なら俺の方が責められなきゃいけないはずだ。


怒られるの覚悟して。クッションに顔埋めるくらい俯いてたら。


「俺は関わるのめんどくせぇから被害届出さないだけだ」


顔上げろ、って言われて恐る恐る竹兄の顔伺ったら。


「それに言っただろ?御前は15人がかりで凶器持って襲われたから反撃しただけだ。有段者でもなきゃ棒きれひとつ持ってない御前が幾ら暴れたって、過剰防衛にもならねぇよ」


今まで居た家ではそんな事思ったことないのに。竹丘家では何時もこのことばかり気にしてる。


「ごめんなさい。竹兄にも、お父さんにもまた迷惑かけちゃった」


「心配するな。俺も親父殿も、何があっても動じないオオモノだからな。言葉は悪いけど、今回の事も『面白い』とは思っても迷惑とは思ってねぇよ」


あんなことしても俺と変わらず向き合ってくれる竹兄と、お父さんとお母さんには、この言葉を何回でも伝えるしかない。


「――ありがとう…」


「ただなぁ…」


「――?」


見れば唇の端っこ上げて明らかに俺の事からかう顔で笑いながら話し始めた。


「夏休み、折角バイト入れたりバックパッカー旅行の計画してたのに。ずぅっ…と家に居る羽目になったから、すげぇヒマなんだよなぁ」


俺は毎日帰ったら竹兄が家に居るのがうれしい、って思ってたけど。反面、竹兄の気持ちや都合なんか全然考えてなかった事に気が付いて、一人だけ恥ずかしくなった。


「――っ。ごめんなさい…」


「反省してるか?」


ちゃんと気持ちを伝えようって一生懸命大きく何度も頷いたら。


竹兄はソファの上で足を組み直して背もたれにぐいっと反り返ってから、俺の鞄をビシっ、と指さした。


「じゃあ夏休み前に。学校に置いてある教科書とノートを全部持って帰って来ること」


俺が反省していることと、勉強道具を全部引き上げてくる事がどうして繋がるんだろう、って直ぐには解らなくて。


「――何で?」


って警戒して尋ねたら。当然だろ、って顔した竹兄は、今度は親指立てた両手で自分の顔を指し示した。


「俺が!夏休み中マンツーマンで全教科夏期講習してやる。――おまえもどうせ夏休み中家に居るんだろ?都合がいい」


「ええー!?」


家に教科書なんか置いておきたくない。

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