8

「早いねえ。リョー君ちゃんと八幡さまにお願いできた?」


メンドクサイからとりあえずうん。と適当に頷いたら。


「よーし。じゃあ末社もちゃんと回って。久々に裏山にも行ってみよう!」


行くよ、なんて促されて。


初めて来た時一通りお父さんに聞いた事もう忘れちゃってたのに。


この謎の3年生は、何故か熱心に神社の謂れとか、小さな社の名前や意味を全部俺に話して聞かせた後。


裏山でも『此処では春筍が取れたり。秋は栗拾いも出来ていいよね!』なんて云いながら、急な斜面で竹や木の間を縫うようにして歩いてたけど。


夕方ともなると林の中は暗くなるのが早いから。


夕焼けより少し夜に進んだ時間帯で、いよいよ日がくれそうになってきたところに境内に戻って。


砂利の敷いてあるところに座り込みながら、謎の3年生は一人でしゃべり続けてたけど。


「――あ!!たけにぃが帰ってきたよ!リョー君!!」


自転車担ぎあげて歩いてるのはあの人だけだ。


「たぁけにぃ~!!」


嬉しそうに叫んだ謎の3年生は。立ち上がって竹丘さんに向かって手を振った。



「おー!」


竹丘さんも俺たちに気づいて近づいてきて。


相変わらず高いところから見下ろしてくるのが面白くなくて首を傾けて睨み付けたら。あはは、って笑って余裕で流した竹丘さんは。


「おぉ!良かったなー成瀬!シャケに遊んでもらってるのか!」


「――…」


全然良くねぇ、って黙って睨みつけた俺の横で。『シャケ』って呼ばれてた3年生が。


「ねぇたけにぃ!リョー君って日本人なの?会ってからひとっことも喋んないんだけど!」


って俺の事人差し指の先で差してくるからこっちも睨み付けたら。竹丘さんが困った顔しながら。


「そうなんだよシャケ。――こいつ生まれた時からこんな髪で、可哀そうな奴だろ?日本語解んないからさ」


誰が聞いたって解る適当な嘘をいけしゃあしゃあと喋り始めたのに。『シャケ』は可愛い顔を真剣な表情にしてうんうん!と力強く頷きながら。


「そうなんだ!?リョー君!じゃあ、もしかして此れなら解るかなぁ」


なんて、俺に向きなおると。突然右手を前に出して人差し指と中指をそろえて、考え込むみたいに額の真ん中に置いた。


それから今度は両手の人さし指だけ立ててカラダの前で向かい合わせたら、両方の指先を曲げて。人差指同士で指人形のように挨拶させた。


何始まったのかよくわかんなくてやっぱり黙ってるしかないし。俺を見てニヤニヤとしてる竹丘さんは留める気配もない。


「――あれ!?通じないかな?こんにち、わー!!」


漸くこいつが手話で『こんにちは』って言ってるんだって気づいたけど。もう面相臭いから無視して立ち上がった。


「竹丘さん」


久々に喋った気がすると思ったら。『シャケ』がびっくりして叫ぶ。


「あれ!?たけにー!!――リョー君が喋った!!」


俺をなんだと思ってるんだよこいつ。


「何コイツ…五月蝿いんだけど」


「えッ…!?五月蝿い!?俺五月蝿いの!?俺の言うコト全部解ってるのリョー君!」


こいつは多分悪い奴じゃなくて。人が良すぎる人間なんだって今になったら解る。

こんな奴騙して使う竹丘さんは人が悪いんだってのも良く解る。


「あー、シャケ。悪いけどもうちょっとボリューム下げて喋ってくれ。俺もテンションに着いていけない。それに一応…ウチの神様の家の前だからな」


しー。なんて。竹丘さんが人差し指立てて子供に注意するようにして見せたら。


シャケも真似して『しー!』なんて、馬鹿みたいに返してから。


「解った…。けどさ。何で俺…リョー君に口きいてもらえないんだろ。――友達になってやってくれ、ってたけにーが言うから、リョー君の教室まで行ってうるさい奴ら追っ払ったり、校門の前で待ってたりしたのに」


――ああ。そういう事なのか。


今日久々に快適に学校生活が終えられたのは、全部この二人のお蔭なんだって解ったけど。余計なお世話なんだよ、って反発しか覚えない。


「シャケおまえ…それは絶対に内緒だって言っておいただろ?」


苦笑いする竹丘さんに向かって。


「――俺は別に、そんな事頼んでない」


感謝なんかする気が起きなくて吐き捨てるように言ったら。地面に置いてた鞄を拾って、二人の顔も見ずに屋敷に帰って行った。


「あ…リョー君!!ばいばーい!!また明日ね~!!」


なんて後ろから聞こえてくるけれど。明日は絶対に捕まってやるもんか。って思う。


「――…」


少し悔しいような。泣きたいような気分で屋敷に戻ろうとしたところに。


「領くん?」


蝋燭の灯った燭台を持ったお父さんが声を掛けてくるまで全然気が付かなかった。


「あ…。お父さん。只今戻りました」


「シャケ君とお友達になったんですね」


そんなモノになった覚えが無くて、曖昧に笑うしかないけど。

 

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