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「マサヒコは戻りましたか?」


「あ、はい。今向こうで話をしてると思います」


「そうですか。――お母さんがご飯の支度をしているからお手伝いを頼んでいいですか?」


キッチンの手伝いをするようになったのも竹丘家が初めてだったけれど。


俺が何も話をしなくても、食材の事とか調理の事とか。楽しそうに話しながら料理してるお母さんを見てるだけで何だかほっとできるから。凄く楽しみな時間だ。


「直ぐ行きます」


「はい、お願いしますね、領くん」







夕飯時は竹丘さんとお母さんが大体しゃべり続けて。俺とお父さんは聞き役に回ってたけど。これはいつも通りの事で。


食事が終わったら、まだ喋り足りなそうなお母さんの横に立って。食器の後片付けを手伝った。


階段上って自分の部屋に戻ろうとしてドアノブにぎったところに。


バタバタと足音がして。隣の部屋のドアが風が起きる勢いで開いた。


「成瀬!」


あんまり突然に竹丘さんに呼びかけられて一瞬固まった俺は。


「――…」


直ぐ持ち直してドアノブ捻って自分の部屋のドアを開けた。


「おい、シカトすんな!来いよ、話がある」


そんな事言われたって。竹丘さんと話すことなんか…


「俺は無い」


拒んで部屋に入ろうとしたら、竹丘さんが近づいてきて、


「じゃあ俺が行く」


嫌だという間もなく部屋に押し入られた。


「――」


物珍しそうに俺の部屋の中見回してた竹丘さんは。暫く絶句してから。


「マジか!――テレビもゲームも漫画もいけない本もグラビアポスターも無いなんて!!此処は中二の男の部屋なのか!?」


部屋きれいに使ってるだけなのに。訳わかんない言いがかりをつけられて。


「別に無くたって問題ないだろ」


「――隠してるなら出せ」


ほら、いけない本は?って、何を中学生に要求してるんだこの人は。


「隠してない。どこでも好きに探したらいいだろ」


って言ったら、ホントに無遠慮に机の中とかクローゼット開けたり、ベッドのマット下を手探りしたり。凄い勢いで部屋の隅から隅まで探してから。


漸く納得したのか。竹丘さんは部屋の真ん中で茫然と立ち尽くして改めて見回した。


「――ウソみたいにムダなものが無いんだな…」


「解ったら出て行けよ」


用事は済んだだろ、ってドアを開けて促したのに。そのままフローリングの上にどかっと胡坐かいて腕組んで居座るのを決め込んだ。


「ヤだね、だって俺オマエと話に来たんだから。イケない本の好みなんて本当はどうでもいい」


此処まで人の部屋にガサ入れしたくせに、これ以上何が知りたいんだよ。


「――じゃあ何だよ」


「シャケの事。アイツホントに良いヤツだからさ、あんまり無碍に嫌ってくれるなよ」


ガサ入れと何一つ関係ないじゃないかよ。ってツッコみたかったけど。俺もモノ申したい事があった。


「――友達になってやれなんて、余計なお世話だろ」


「シャケ最初からそんなコト言ってたのか?何時オマエの所に来たんだ」


立て続けに問いかけられて。


「6時間目にチャイム鳴り始めて、ダッシュで教室出たけど…珍しく誰も追っかけて来なかったから、校門出る前に歩きはじめたら、校門の処に居た」


「アイツ待ち伏せしてたのか」


驚いたように言う竹丘さんに頷いて。


「突然、『ナルセリョー君ですか』って片言みたいに話しかけられて。知らない奴だったから逃げようとしたら。『俺たけにーの代わりに迎えに来たよ?一緒に帰ろっか』って言われて手を掴まれた。逃げるにも隙が無いし、『たけにー』が最初竹丘さんの事だって解んなかったし、結局アイツ最後まで名前も解んないままだし…」


って不安だった状況を説明したら。また驚かれた。


「アイツ…自分は名乗ってないのか?」


うん、と頷くと、今度は竹丘さんは大きく声あげて爆笑し始めた。


「ハハハハハ…!御前凄いな!名前も何も解んない奴と何時間も付き合ってやってたのか!お人よしだなぁ…って言うかシャケのミラクルがやっぱり発動したな!」


此処まで笑われるなんて、恥ずかしくなる。


「笑うな…」


って唸って威嚇したら。笑いをこらえて震えてる竹丘さんが。


「悪い…思わず…。アイツは隣のご町内にある『六勝寺』って寺の次男坊で『社家建』って言うんだ。神社なウチの商売仇だけど、まぁ言うなれば俺の年下の幼馴染って奴だな」


どおりで神社の事も、お父さんのことも知ってるわけだ。と納得したけど。


「竹丘さんが「シャケ」って呼んでるから魚の『鮭』って仇名なのかと思ってたら、本当にそう言う名前なんだ」


「御前それ言ってからかったら、シャケの奴オマエの関節極めて、泣いて謝るまで止めないぞ?――一応あれで、合気道有段者だからな」


手首掴まれたり手を繋がれたりしてただけだったからすぐにでもほどけると思ったのにできなかった理由がようやく解った。

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