33

3年後。俺の高校生活最後の夏休み。


某都立高校は進学校と言うだけあって夏休み中にやる教科別の特別授業が充実していて。


俺の周りはみんな40日の休みの殆どを、何時もと変わりなく登校してきてその授業を受けるみたいだったけど。


「行ってきます」


俺はTシャツにハーフパンツでラメ入りの紫のギョサン履いてキャップを被って。どう見ても学校に登校する服装じゃないまま、朝8時過ぎに竹丘のお母さんに挨拶してから家を出た。


境内を走って階段に向かおうとしてたら、清掃のご奉仕をしてたお父さんが俺に気づいて。竹箒を往復する手を留めた。


「ああ、もうそんな時間かな。サトリ君頑張って。気を付けて行ってらっしゃい」


って声を掛けてくれたから。


「はい!行ってきます!」


入りは9時と言われてたから全然間に合うんだけど。初めてだからか兎に角落ち着かないまま境内を走って鳥居への階段に向かった。


 朝8時半。何時もなら表の入り口から入ってたその店に。


『開店前は裏口から入っていいからね。鍵を開けておくから』


と言われてたから、初めて裏手に回って。ドアをノックしてから恐る恐るノブを回して引いてみたら。本当に扉が開いた。


「おはよう…ございまーす…」


本当ならもっと元気よく行かなくちゃいけないんだろうけど。


緊張しててそんな余裕ないまま中に声を掛けたら。


「ああ、小野君。おはようございます。どうぞ入ってください」


既に何時もの白シャツに黒いジレを着て、黒いエプロンをかけたマスターが出迎えてくれた。


「小野です。今日からよろしくお願いします」


裏口明けた直ぐ中は小さい休憩室のようになってて。椅子とテーブルとロッカーがあった。


「こちらこそ。見てのとおり小さい店なのでアルバイトさんに来てもらうのも初めてで…私の方こそ至らないことがあると思いますがよろしくお願いします」


このロッカーを使ってください。と開いた中には。


白いシャツに黒いパンツとカフェエプロンがハンガーにかかってた。


「聞いていたサイズで揃えたので多分大丈夫だと思いますが…。合わせてみてください」


「はい」


この町に住むようになってから竹兄に何時も連れてきてもらった駅裏にある喫茶店「un nuage」でこの夏休み中アルバイトさせてもらうことになった。


 此処にお世話になることになったきっかけは、1学期の期末テストが終わった後。


 アルバイト先を選ぶため情報誌とかネットとか見てたけど。


高校生を募集してる所はファーストフードとかガソリンスタンドとか。


どうも自分のペースに合わない予感しかしないところばかりだとがっかりして。


いよいよ最後の「コンビニ」のカードを切るしかないかと思い始めた夏休み前。


高校の帰りに駅前の何時もの喫茶店に来て情報誌を捲ってたら。


『アルバイトですか?』


ココアをサーブしてくれたマスターに声を掛けられて、慌ててアルバイト情報誌を閉じた。


『選り好みするつもりはないんですけど。自分に合いそうな所がなかなか見つからなくて』


2年高校で勉強したけど。3年生になる時にやっぱり自分には将来のビジョンが何も見えてなくて。大学に進学する、って言うモチベーションが無いのに、周りの奴らみたいにガツガツ勉強して夏休みの補講を受ける気は全然しなかった。


竹兄も今年大学院卒業年で凄く忙しいって言ってたし。


2週間に1回くらい武蔵八幡に着替えを取りに来るけど俺が高校に居る平日の昼間が殆どだったから、3か月以上会ってないし。


メールも電話もしてないから俺がこんな状態だってのを全然知らない。


夏休み俺が家に居る平日帰ってきた竹兄に遭遇して、こんな完全モラトリアム状態を見られるのが怖くて、逃げ場所を探すためにバイトを探してたっていうのもあった。


結局大学に行く気なんかなくて。竹兄にも会いたくなくて。バイトだってなんだかんだと文句をつけては結局えり好みしてる。


もう今の自分がどうしようもない状態になってるって事だけは、解りすぎるほど解ってた。


『某都立高生がアルバイト?小野君はお金を貯めたいんですか?』


『違うんです。高校生なんで勉強が第一なんですけど…だからと言って大学にただ何となく進学するっていうのが嫌で。受験の準備しないなら夏休み何もしないで40日過ごすのもなぁ…って』


『ああ、社会勉強、ということですか』


此処は人がいいマスターが辿りついた答えに便乗させてもらう。


『はい』


『そういうことであれば…。うちの店をお手伝いしてみますか?』


突然の申し出だったけれど。


とにかく金を稼ぎたいって訳じゃないからバイト代なんていくらでも良かったし。


マスターの人となりを何となく知ってるのは、初めて飛び込むよりずっと安心感があった。

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