18

4月。


竹丘家に引き取られてから5か月だったけど。俺の周りの環境はまた変わった。


竹兄は大学生になって、日本カギ大の自然科学科に進んで。


建君は都心に近い私立高校に通い始めた。


俺は中学3年生になったと同時に、自分で決めた通称の「小野サトリ」を普段使うようになった。


とはいっても、暫く公的な手続きには養子縁組してる『竹丘領』っていう名前を使わないといけないことになってたから。


戸籍上は今、竹兄がホントのお兄さんって事だ。


お兄ちゃん、とか言ったら竹兄どんな顔するかなぁ…なんて想像してみるだけでまたくすぐったくなって、思わずベッドにダイブして枕抱えてじたばたしてみる。


ああでも。「お兄ちゃん」って呼ぶより「竹兄」の方が断然いいよね。ってこないだも建君に熱く語っちゃったのを思い出してまた枕抱えて悶絶してから。


余りに自分の恥ずかしい姿に気づいて、一気に冷静になる。


「――」


北極グマとの氷山の写真集借りてたのを思い出して。机に手を伸ばして取り上げてから。またベッドに寝転がって、手を伸ばして表紙を眺める。


青と白の世界は。クールダウンにはもってこいだ。って思いながら表紙を捲った途端。

バターン!!とノックなしで俺の部屋のドアが開かれて、バタバタと騒がしい足音が聞こえたから写真集を少し下げたら。


おっかない顔して仁王立ちしながら俺を見下ろしてくる竹兄がまくし立ててきた。


「おい小野!御前俺の弟になるのが困るってどういう事だっ!!」


何言われてるのか全然わからなかったけど、ついさっきまでずっと竹兄の事考えてたから、一気に体温が上がって焦る。


「何だよ竹兄!!急に入ってくるなよ!」


「オマエ通称なんか止めて「竹丘領」になれ!」


ああ、お父さんから話を聞いたんだって事は理解できたけど。どうして急に通称ヤメロなんて言い始めたのかは理解できなかった。


「何で!?竹兄も前相談した時『小野サトリは良い名前だ』って褒めてくれたじゃん!」


って俺も立ち上がったら。腕を組んで俺を見下ろした竹兄は。



「オマエ、竹丘姓に不満があるのか?」


ってまた尋ねてくる。


「不満なんかないよ?」


「じゃあ何で竹丘姓になったらオマエが困るんだ」


お兄ちゃんて呼ぶか竹兄って呼ぶか今凄く迷ってました、なんて白状できるはずもなくて、しどろもどろになりながら目を逸らす。


「え?…いや。だからソレは…」


「何だ。言うまで俺は出て行かないぞ?」


腕組みした竹兄はまた居座りを決め込もうとするから。もう恥ずかしついでに吐いた。


「だって俺が同じ竹丘になっちゃったら、竹丘さんの事『たけにー』って呼べなくなるから」


見上げてみたら。竹兄は口ぽかん、とあけて一瞬考えてから。眉を寄せて少し首を傾げて俺に怪訝そうに確かめた。


「――そんな理由なのか?」


「『そんな』って、言うなっ!!」


俺にとっては凄く大事なことだなんて、どうせ竹兄に言ったって解んないんだよ。


「『お兄ちゃん』とか『兄貴』じゃダメなのか」


こんな風に困らせるとは思ってなかったから。少し反省するけど。


「それなら別に、俺が竹丘にならなくたって呼べるだろ?この間『好きに呼べ』って竹兄言ってたのに。――やっぱり俺にお兄ちゃん、って呼んでほしいの?」


「そうじゃねえよ」


竹兄は殴り込みかけてきた時の勢いが一気に萎えて。どうしたらいいのか解らないみたいだったから。


「竹兄…。座ってくれる?」


ベッドに腰掛けてから。隣をぽんぽん、って手のひらで叩いたら。素直に座ってくれたのが何だかうれしい。


「――俺ね?」


出来るだけ冷静になるようにって考えながら。新しい名前にした理由を、ちゃんと伝えたくて話し始めた。


「新しい家に行く度に、面倒臭いからその家にくっついてた名前をただ名乗ってたけど。竹兄に『御前の看板はオマエが決めろ』って言われて初めて。「自分で考えてもいいんだ」って。気づかせて貰えたんだ。だから…、俺は、自分で決めた名前でこれから生きるって決めたんだ」


この人はたったの5か月で俺に、たくさんの初めてをくれた人なんだと、話しながら気づかされた。


「――」


どうしよう。この人の傍に居ると胸が熱くて苦しくて。涙が出そうで。叫びだしそうで。自分が自分じゃなくなりそうだ。


この、理由も名前もわからない支離滅裂な感情を教えてくれたのも竹兄だ。


「オノサトリ――良い名前なんだな…」


って。頭に手が乗ると。今度はまたくすぐったくなって。自分が笑顔になってるのが解る。


「有難う。竹兄にそう思ってもらえるなら。俺嬉しいよ」

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