5
竹丘さんは俺の頭を指さしながら苦笑いした。
「そりゃあそんな気合い入った髪型で…おっかない顔されたら誰も近寄らないぞ?」
なんて遠慮なしに言われたから。素直に今までの事を話した。
「だって前の学校で顔が女みたいだって言われたから。顔は変えられないし」
男の俺を馬鹿にしてるとしか思えないその言葉に傷ついたんだと言いたかったのに。
「仕方ねェだろ。御前パッと見『女子か?』ってくらいカワイイ顔してるぞ?」
なんて更に追い打ち掛けられたから、面白くなくて思わず睨みつけたけど。全く竹丘さんには通用しない。
「あのさぁ。使えるモノは使ったらいいんじゃねぇの?だって世の中残念な顔の人間の方が圧倒的に多いんだし。御前は恵まれてる。俺がおまえさんの顔で生まれてたら、もっと面白おかしく人生送るのになぁ」
俺がこの顔で生まれてこの方、面白おかしい人生なんか全く送れてなかったのに、この人は何言ってるんだろう。それなら俺は、
「――俺は、竹丘さんみたいに生まれたかった。恰好良いし。背が高いし」
俺の持ってないモノ全部持ってるのが羨ましい、って素直に言うと。
またニヤニヤした竹丘さんは腕を組んで俺の言葉に大きく頷いた。
「――そうだろそうだろ?俺は次に生まれるならまた自分になりたいもん。カッコイイし、背が高いし、頭もイイし」
なんて言いながら、ソファの上で腕組んで見せた。
「竹丘さん。そういうコトって普通自分で言わないだろ…」
調子の良さに苦笑いしてたら。急に真剣な顔してテーブルに起き直ってきた。
「――大分脱線したな。それで?転校当初誰にも話しかけられてなかった御前がどうして追いかけられるまでになったんだ?」
これは全部吐くまで聞かれ続けるな。と観念した俺は。
「向こうの学校では放って置かれたから良かったけど。こっちでは全然違うんだ。『調子に乗ってる』って言われた」
初めは同じクラスの奴が遠巻きに見てただけだったのに。隣とか、3階の3年の教室からも教室を覗きに来るようになった頃から、声かけられるようになったって白状したら。
「あぁ。ま…、何処かの集団に属して、そのうちの一人になってないと、オマエみたいな奴にはツラいかもしれないなぁ…」
困ったような、笑ってるような不思議な表情で言う竹丘さんに、
「――2週間くらい前、名前覚えてないけど多分3年生に腕掴まれて校舎裏に連れてかれたんだ」
「おいおい…まさか気に入らないからって、寄ってたかって殴られて蹴られたりしたのか?」
心配させるつもりはないし、こんな程度の奴らからはやられない自信はある。
「殴られそうになったから避けて。そいつに足を引っかけたら勝手に転んで。蹴られそうだったから避けてそいつに体当たりしたら勝手に転んで。その後逃げた」
ほっとしたように息をついた竹丘さんは。今度は曖昧な表情なく笑ってくれた。
「御前、避けるだけにしておけよ!脚引っかけたり体当たりなんてしたらバカ共を余計に煽るだろ?」
「うん、だからその後ずっと追っかけられて。俺引っ越して来たばかりで通学路以外の道が解んなくて。暗くなるまで走ったり隠れたりして逃げ回って、迷った挙句、電柱とかにあった神社の案内頼りに帰ったんだ」
あの日の夕方、竹丘さんとお父さんに神社の境内で会って。
――まさかその若さで階段昇ったぐらいで息切れしてんのか?――
なんてからかわれたけど、今までだったら黙ってやり過ごすだけのところを。その時は本当に心配させたくなくて、反論しかけて止めた。
「――そう言う事か」
小さいカップを置いて腕を組んで頷いてる竹丘さんは今の俺の話で全部理解してくれたんだと思う。
俺も残ってたココアを飲みほして。
「だって『知らない奴からは全速力で走って逃げろ』って竹丘さんに言われたから。――俺、毎日追っかけられてはいるけど。絶対に手は出してないよ?」
って言ったら。竹丘さんは「ん?」って少し目を見開いて首をかしげてから。
「あったり前だろ!」
ニヤリ、とカッコいい顔で笑って見せてくれた後ですぐ、急に改まって真面目な顔になる。
この人は話をするときの表情の変化が凄く豊かで。どっちかというと殆どフラットなままの俺には少し羨ましくて、思わずじっと見つめさせられる。
「成瀬御前、せめて目立たない髪型に変えたらどうだ?――来年は高校受験だろ。内申それじゃあ厳しいぞ」
某都立高校に通ってる竹丘さんは、これから先東大とか超有名私立大とかしか行かないって将来は解りきってるけど、俺みたいな奴はそんな事望める訳もない。
「――俺高校には行かないから。中学卒業したらすぐ、コンビニでバイトして独り暮らしするんだ」
早く独立したいんだって言ってるのに。竹丘さんは呆れた顔して俺の事指でまたさしてきた。
「何だオマエその、まるで夢の無い未来設計図は」
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