16
喉の奥がぎゅっ、て絞られるような気がして。黙ったまま頷いて、残りの40段を竹丘さんの後ろから登っていく。
ゆっくり登ってた竹丘さんは頂上にたどり着くと。
門の前に担いでた自転車を置いて、階段の一番上のところに腰かけて座った。
「ほら、座れよ」
隣をぺたぺた、と手のひらではたかれて、並んで町を見下ろしながら俺も腰かけた。
夕焼け空の町の風景は。何時も朝見てた色調と違うから、全然違って見える。
「毎朝階段降りる時に見るだけだから。俺こんな風にちゃんと見るの初めてだ」
こんな風に階段に腰かけたこともなかった。
「どーだ。悪くない景色だろ?」
竹丘さんは自慢するみたいに両腕を伸ばして俺に聞いてくるから、うん。って黙って頷くと竹丘さんが指をさした方向に、
「お!今日は富士山が良く見えるなあ」
夕焼け空にくっきりと黒いシルエットで浮かぶ、きれいな形の山が見えた。
「ホントだ…」
「此処から富士山までは南西方向に大体直線距離で85キロある。北東85キロの方向には、天気のいい冬の日には筑波山も見えるぞ」
って。何でも知ってる竹丘さんが説明してくれるから、
「写真撮りたい」
このまま残したい。なんて。両手の親指と人差し指でフレーム作りながら、富士山をその中に納めてみた。
「写真に興味があるのか?」
竹丘さんに訊ねられて。
「興味って言うか…。最近良く、図書館から写真集を借りてきて色々見てるんだ」
この間も、地中海の海底遺跡発掘してる水中写真の写真集を見てたのに、
「好みのグラビアクイーンは誰だ?――俺はー。さくらしょーこちゃんかなぁ。幼い顔してる癖に表情エロいし谷間が凄いってギャップがグッとくるんだよなぁ!」
俺の話全然聞いてなかったのか。竹丘さんが変な事言い始める。
「違うよ!!海外の風景とか…空の写真集だよ!市立図書館で借りてきてるんだからグラビア写真集貸し出す訳ないだろ!?」
って怒ったのに。
「まー。御前みたいな給食喰ってるジャリ厨じゃあ、しょーこちゃんの写真見たら確実に失血死だな。俺何冊か持ってるから後で貸すぞ」
竹丘さんの好きな娘には興味あるけど。俺自身は全然…
「キョーミ無い!」
って拒否するのに、
「え!?カワイイ女子に興味が無いのか御前!!男子としてそれは不味いぞ!」
全然どうでもいいことでダメだしされた俺は、
「もーいい!!ほっとけよ!」
ちゃんと話をしようって座ったけど、そんな気も失せて立ち上がったら、
「待て!」
境内に入ろうとした俺の手首を捕んで、竹丘さんに引き留められた。
「ほっとけねぇぞ?――俺に話があるんだろ?――此処まではアレだ、オマエが話しやすくするためのアイドリングみたいなもんだ。御前昨日からずっと不機嫌だったし…」
なんて言い訳始めた竹丘さんが何だか必死だって解ったから振り返った。
「話すには雰囲気作りが大事だろ?もう真面目に聞くから。とにかく此処に座れ」
また石段をパシパシ、と音立てて叩いて促されたから、おとなしくそこに座った。
「どうして竹丘さんて。普段はふざけて人をバカにしてるとしか思えない物言いなのに、急にカッコよく見えるんだろう」
聞いても仕方ないっていうことを素直にぶつけてみると、
「それはもう…俺が生まれ持った魅力の話だからオマエが幾ら努力してもしょーが無いな。諦めろ」
とんでもない回答が帰って来て。「あ、これは不味かったかな」って思ってるのが解る竹丘さんの表情見たら笑って許すしかなかった。
「ホントだ。俺には真似できない」
「話って何だ?」
「うん。今日一日ずっと考えてたんだ」
「もしかして『看板を書き換える』話か?」
「うん。――俺『竹丘』には成らないよ」
「――じゃあ、成瀬領のままにしておくのか?」
俺は首を振ってそれは否定した。
「直ぐにでも変えたいって思ってる事は変わらないんだ。だから――3年生から通称を使い始めて…5年、二十歳になるまで我慢しようと思う」
「そうか。名前は決めてるのか?」
「うん。『オノサトリ』にする」
「オノ、サトリ?」
「小野は。俺の本当の親の姓で。サトリは、辞書をペラペラ捲ってる時に見つけて。――意味が凄く、印象的で覚えてた」
隣に置いてた鞄から国語辞典を取り出すと、付箋貼っておいたところを開いて竹丘さんに差し出した。
「ほら、此処」
さと-り【悟り/覚り】
1 知らなかった事を知ること。物事の真の意味を知ること。理解すること。気がついたり感づくこと。察知。「―が遅い」
2 仏語。迷妄を払って永遠の真理を会得すること。「―を開く」
夕焼け空の下。鮮やかなオレンジ色の光の中で見た辞書の文面見ながら、
「御前。元々の名前は『小野領』だったのか?」
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