21
7月頭。
『暑い…』
折角窓際の席なのに、全開してる窓からは全然風が入ってくる気配もないから自分で下敷き使って煽いで風を起こす。
5時間目の数学の授業も半分過ぎてあと20分ちょっとだ…なんて黒板の上の時計をぼんやり眺めてた。
――…?
腰のポケットが震えるのが解って。机の下で隠しながら携帯取り出してディスプレイ見たら。
『✉竹兄』
直ぐに指先でメール画面呼び出して内容確認する。
『何時もの店に居るから学校終わったら来い』
文面見ただけで何だか気分が上がってるのが解るし。
『早く終わらないかな…』
ただでさえ暑くて集中できなかったところに、さらに時計の進みが遅くなったような気がした。
チャイムが鳴ったと同時に学校を飛び出して。駅前まで懸命に走って何時もの喫茶店にたどり着いたけれど。
「――?」
何時も竹兄とくると陣取る奥のテーブル席には、誰も座ってなかった。
何度も来てるけれどひとりで来たことは無くて、何時も竹兄が先に店で待ってるか、待ち合わせてから入ったから。カウンターや他のテーブル席にも竹兄の姿が無くて戸惑って席を選べないままで居る俺に。
「こんにちは――奥の席にどうぞ」
カウンターに居たマスターが声を掛けてくれた。
「…はい」
もう何度も来てるのに、人見知りな俺は竹兄と違って未だによそよそしくしか応答できない。
水とおしぼりをサーブしてくれながら。
「今日は小野君一人かな?」
「此処に居るって連絡があったのでもう先に来てるのかと思ったんですけど…」
「そう――まあ、ごゆっくり…」
「有難うございます」
携帯取り出してみるけれどメールや着信の履歴は無くて。テーブルに置く。
「――…」
30分くらい携帯画面立ち上げたり机に置いたりを繰り返してる俺に。
「――来ないねえ、竹丘君…」
って言いながら。目の前に何時も飲んでるココアのカップとソーサーに乗ったマシュマロが置かれたから。
「あ!!」
居座ってる癖にオーダー忘れてたのに気付いた俺が慌てて見上げたら。マスターが、
「暑いからホットじゃあないほうが良かったかな?」
「いいえ!!良いです、此処冷房効いてるから大丈夫です!それに俺此処のココア大好きなんです…」
「そう、それは良かった。冷めないうちにどうぞ召し上がれ」
「頂きます」
俺はおしぼりでもう一度手を拭いてからマシュマロをつまんでカップに投入した。
スプーンで『早く融けろ』ってつついてたら。
見ると何時の間にか客は俺だけになってたから。マスターはカウンターのチェアをこっちに向けて座りながら。
「――竹丘君も…君くらいの頃から此処に通ってくれてたなぁ」
懐かしいなあ。竹丘君も最初は君と同じ武蔵野一中の学ラン着てたよ、と笑顔で話してる。
俺は自分で人見知りだと思うけど。竹兄の昔の話を聞かせてくれるマスターには珍しく親近感が湧いた。
「たけに…竹丘さんて。昔からエスプレッソを飲んでたんですか?」
「通い始めた頃は、専ら甘い飲み物ばかり飲んでたかな?ココアとか、ジュースとか」
コーヒーを飲み始めたのは高校1年生の冬頃で…今みたいにエスプレッソばかり飲むようになったのは高校3年生になってからだね。
「そうなんだ…」
マシュマロが融けきって。漸くカップを持ち上げて飲もうとしたところで。
ケータイが震えて、テーブルの上を生き物みたいに移動し始めたから。慌てて捕まえてディスプレイを覗いた。
『☎竹兄』
外に出ようと席を立ったら。
「お客さん居ないから此処で掛けていいよ?」
とマスターが声を掛けてくれたから、有難うございます、とお礼を言って通話ボタンを押した。
「たけにー今どこに…」
『あ、出た。――もしもしーぃ?お久しぶりー。成瀬君ですかぁ?』
竹兄の電話のはずなのに、聞こえてくる声は聞き覚えのない耳障りな男の声だった。
今使ってないはずの名前で俺を呼ぶし、何より今の俺の名前を知らないって事は…。
――こいつは敵だ。
「どちら様ですか」
硬い声で返事をしたら。
『えー!?ちょっと前まで同じガッコだったのにもー忘れちゃった~?』
なんて言葉の後ろで、野次や笑い声が聞こえて嫌な予感がした。
「竹兄は何処だ」
『たけにー?――あぁ。このタッパのあるお兄さん?ごめんねー。今眠っちゃってて携帯借りてるんだ。迎えに来てくれないかなぁ』
――ぞっとした。
自分が追いかけられたり傷つけられる事は何とも思わないのに。俺に関わった人がそんなことになることが、こんなにも怖いなんて初めて知った。
血が頭から足元まで落ちるように引いた直ぐ後。頭に沸騰したように血が昇って眩暈がしたけれど。
「場所は?――…。解った」
意外と冷静に受け答えた俺は電話を切ってから直ぐに立ち上がった。
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