14

まあ、そうだよね。って。欲しかった答えと少し違った事に凹みながら。


「そっか…」


恥ずかしくなって顔が赤くなるのが解って、竹丘さんから顔を背けて、また俺のせいで気まずくなりそうだったところに。


「たぁけ、にぃ~!!!」


来た。変な抑揚をつけた雄叫びがドップラー効果みたいに徐々にオクターブと音量上げて近づいてくる。


振り返ると、全力疾走した建君が今日もニコニコしながら急ブレーキで俺たちの前に止まった。


「りょーくんもオハヨー!」


建君の現れるタイミングっていっつも何故か絶妙で、心の中で感謝するけど。


「はよーす」


やっぱり心の中の10分の1も感謝や元気が表せない俺の挨拶に呆れた竹丘さんは。


「おー。今日も無駄に元気だなーシャケは~。頼むから有り余る元気を成瀬に分けてやってくれ」


なんて建君をけしかけるから。


「いいよ~!?じゃあ走って行こうか!領くん!」


また有無を言わさず手首を鷲掴みされて。ぐいぐいと引っ張られた。


「ヤメロよ!走らねぇぞ俺は!――竹丘さんもコイツやめさせてくれよ!」


今日一番の大声で言うのに。笑いながら見てるだけの竹丘さんは、


「じゃあ二人で仲良くガッコに行って来い!」


じゃあなぁ!って俺たちにに手を振ってペダルを漕いであっという間に駅へ向かっていった。


「――建君。恥ずかしいから離してくれよ」


「ええ?いいじゃん繋いだままでもー。俺たち仲良いね!って皆に思われちゃおうよ!」


「ヤダ。思われたくない」


しょうがないなー、なんて言いながら、いつでも俺の事捕まえる事ができるって余裕がある建君は。簡単に俺の手を解放したけど。


「なーにー?領君今日なんか顔むくんでるね」


竹丘さんにも気付かれなかったのに。この『社家建』って言う謎の中学3年生は俺の顔覗き込んで直ぐに変化に気づいた。


「昨日ちょっと眠れなかったから」


並んで歩きながら、竹丘家の誰にも言えないことを。ひとつ年上のこの変わった人にだけは、俺も時々話をするようになった。


「え!?何々!?何かあった?」


「俺名前変えたいって話、してたよね?」


竹丘さんは建君のことを『宇宙人みたいだ』って言ってたけど。俺の感覚では、「色即是空」を地で行ってる人で。しがらみなく何からも自由な人なんだと思っていたから。


どんな話をしても大きく構えて聞いてくれて。


――っていうかもしかすると聞き流してるだけなのかもしれないけれど。


竹丘さんにも話せない悩みは全部建君に聞いてもらってた。


「あ!リョー君名前決めたの?」


「まだ決めてない。――昨日竹丘さんに初めて話をしたら。色々言われたから」


「ええ!?また竹兄に色々無茶ブリされちゃった?」


「無茶ブリって言うか…今までの名前捨てるんじゃなくて。全部背負わないとダメだ、って言われた」


「ほらやっぱり竹兄の無茶ブリじゃん。人間捨てるもの捨てないと前に進めないこともあるよ?身軽になるのは俺は悪くないと思うけどね」


この中学3年生は、家が禅寺なお蔭で自分を見つめる事が多い人なのか。竹丘さんとは違った視点でものすごく大人な意見をくれることがある。


「うーん…」


竹丘さんの意見も。建君の意見も捨てがたくてまた唸って悩み始めたら。


「領君今日ヒマ?」


なんて聞かれた。


「別に予定はないけど…」


「じゃあ稽古においでよ!」


「建君受験生じゃなかったっけ?」


「あ、俺滑り止めの高校は受かったから、来週の本命落ちてもとりあえず行くとこ出来たしもう大丈夫!」


「何だよほらぁ…建君やっぱり受験終わってないし」


「いーからいいから。今日は授業5時間しかないし。終業のチャイム聞こえたらダッシュで校門前に集合!」





 『お隣さん』って竹丘さんが言うには少し距離があるところに、建君の家の『六勝寺』はあって。


月に1回か2回。時々建君に誘われると放課後遊びに来て、合気道の稽古を見学するようになった。

「おー。お帰り。早かったね。成瀬君もいらっしゃい」


建君のお父さんは六勝寺の御住職と合気道の道場の師範をやっているから。今日も袈裟じゃなくて道着と袴で出迎えてくれた。


「こんにちは、御師僧さま、お邪魔します」


って、頭を下げて挨拶する。


「お父さん只今。轟君は?」


「轟もさっき帰って来てたから。もう道場に居るんじゃないかな」


「俺着替えてくる!領君先に道場行ってて!」


俺が返事をする前に、建君は凄い速さで本堂の裏に消えて行ったから。一人で道場に行くしかなくなった俺に。


「成瀬君。悪いがこれを轟に…持って行ってくれるかな?」


御師僧さまがスポーツドリンクの入ってるボトルを俺に差し出したから。


『ああ。気を遣ってくれたんだ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る