38
「ただいま。服と本買ってきたよ。」
「おかえり! やっぱりカッコいいね! そのダウン。すごい似合ってると思うよ!」
「そう? ありがとね。」
「あ、そうだ。春休みの間にさ、髪切りに行った方がいいんじゃない? だってもう目に入ってるよ。せっかく服がカッコよくてもそんなに髪が長いと微妙じゃない?」
「確かにね。あ、でも予約とかしないといけないのかな。どうしよう。」
「ホームページに載ってたりしない? 見てみようよ。」
サイトを見ると電話番号がしっかりと書いてある。そして我が家には固定電話がある。つまりは予約するために必要なものは全て揃っているのだ。
「今度、学校行った時に森川くんに頼んでみるよ。」
「え? でも、電話番号書いてるよ?」
「いやぁ、電話苦手なんだよねぇ。分かるでしょ?」
「でもいずれはしないといけないんだしさ、やってみたら? 別に難しいことじゃないと思うけど。」
「電話怖いなぁ。大丈夫かな。おじさん、代わりにかけてくれたりしない?」
「それは僕も嫌だもん! 頑張れー!」
俺も嫌だよ。でもしょうがないか。
一度紙にメモをして、固定電話のところにそれを持って行った。どうしよ。これっていきなり番号打ち込んでも反応するよね。てか、俺から電話したこと今まであったっけ? 記憶の中にはないかも。
親は時差のせいで電話が上手くかからない。だから迷惑にならないようにかけたりしてないけど、たまにかけたくなる。そんな時も電話の前に立つとよく分からないって言い訳でやめてしまう。
「一回行ったことあるんだからさ。心配しなくて大丈夫だよ。」
番号を間違えないように一つ一つしっかり確認して押す。そうすると少しの空白の後、プルルルルと発信している音が聞こえた。もう後には戻れない。てか、どんなこと話せばいいんだろう。ネットで調べてから行けばよかった。
「はい、お電話ありがとうございます。」
「あの、予約をしたいんですけどよろしいですか?」
「はい。カットでしょうか? パーマでしょうか?」
「カットでお願いします。」
「ご希望の日時とかはありますでしょうか?」
「あの、今度の日曜日って空きありますか?」
「すみません……申し訳ないのですが、日曜日は予約が埋まっておりまして……」
「それならその次の日曜日はどうですか?」
「あ、はい! それでしたら大丈夫です。あの、お時間はいつになさいますか?」
「じゃあ、お昼頃、あの、一時ぐらいからで大丈夫ですか?」
「はい、わかりました! それではお名前の方お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「青木ユウトです。それじゃあよろしくお願いします。」
「はい。分かりました! ご用意されていただきますので、ご来店を心からお待ちしております!」
ガチャッ。
ふぅー。緊張したぁ。これで予約は取れたはず、しかし結構後になっちゃったな。髪切る前に学校始まっちゃうのかな。まぁ、切れればいつでもいいか。
「出来たね? やっぱり簡単だったでしょ?」
「まぁ、緊張したけど。あと、別に日曜じゃなかったらもっと早く切れたかもしれない。」
「初めはそんなもんじゃない? それより今日の夜何にしようか? 鍋とかよくない?」
「この前も鍋がどうとか言ってましたね? でも最近暖かくなってきてません? 時期逃したような気がする。」
「それなら尚更やろうよ! 夏になったら鍋なんて絶対やらないからさ!」
「カセットコンロ無いんで、ちょっとめんどくさくなりそうですけどいいですか?」
「もちろん! 味は変わらないはず。」
ということで買いに行った。最近は色々と便利で、パッと見ただけでも十種類以上の鍋の素がある。個人的には豆乳鍋が気になった。食べてみたいなぁ。
俺はもう決まってしまったのだけど、おじさんはこれでもいいのかな。豆乳の鍋だから、人を選びそうだけど、まぁ、いいだろ。俺が好きだってことはきっと気にいるはずだ。
手にとってカゴに投入した。ついでに鍋に入れると美味しそうな野菜をパッパッと入れていく。お肉はどうしようかな。豚肉だけでいいか。牛肉より好きだし、それに安いしな。
カゴが一杯になりすぎると今度は自転車のカゴに入るかが心配になる。あんまり入れすぎてもダメだと思いながら、鍋を想像すると、あれも入れたい、これも入れたいとドンドン思い浮かんでしまう。
適度なところでレジに向かい。めんどくさい袋入れの作業を終えて自転車のカゴに当ててみると、全然入らない。もう、入りそうにも無い。
困った。これはもしかして歩くしか無いのか? ここから歩いて帰って、また自転車を取りに歩いて戻ってくる。これは面倒なことになってしまった。幸い、そこまでの距離はないが、この失敗を引きずって落ち込んでしまった。
あと、荷物が重たい。カゴに入らないほどの袋を両手に抱えていると、手がちぎれそうになる。一歩、また一歩とゆっくり歩いて行くと、なんだかんだマンションまで着いた。
へぇ、疲れたー。ここからはエレベーターで、上がって行く。これが文明だ。俺が生まれる前にとんでもない天才がいてくれてありがとう。
「ただいま……ちょっ、疲れたぁ。」
「おかえり! 重たそうだね。それ全部鍋に入れるの?」
「多分。そう考えてみると入らないかもしれないね。あと、食べ切れなさそう。」
「まぁ、でも具沢山で良さそうだね。あとおつかれ! じゃあ台所まで運んじゃうね。」
「あの、俺は自転車取りに行かないとだからさ、ちょっと切ったりとか、支度を出来るだけやっといてくれない?」
「え? 忘れたの? なんで?」
「いやぁ、カゴに荷物が入らなくてさ、それで仕方なく歩いて帰ってきたの。」
「あ、そうなんだ。じゃあやっとくからさ。行って来なよ。」
「よろしくね。でも、ちょっと休んでいい? ほんのちょっとだけね?」
「もちろんだよ。袋運んじゃうね?」
ソファに横になると楽だ。当たり前だけど、普段とは違う次元で体が休まる。このままゆっくりしていたいなぁ。
おじさんは台所で白菜やキノコを切り始めた。俺が自転車を持ってくるのが先になるか、それとも、おじさんが支度を終えるのが先か。
このままジッとしてても自転車は戻ってこない。しょうがないから取りに行ってやるかぁ。そう思いながら立ち上がり、玄関へ向かって行くと、おじさんもやってきた。
「あ、もう行くの? いってらっしゃい!」
「うわぁ! おじさん、包丁持ってくんのやめてよ怖い。」
「あぁ。ごめんね、ちょっとつい。」
「じゃあ行ってきます。よろしくね。」
「いってらっしゃーい。」
夜に近くなってきた。これぐらいになるとまだ寒い。春と言っても暖かいのは日中だけで、夜は変わらないように思える。まぁ、変わらないってことはないんだろうけど、寒いことには間違いない。
エレベーターの中の自分はまだ中学二年生だ。そんな気がしてならない。こんな自分が大人になることが信じられなくて、怖い。怖いな、怖いなぁ。
いつもの癖で駐輪場に行ってしまったが、ここには目的の物はない。これは取り戻すための冒険だ。rpgのキャッチコピーみたいなことを考えてみたけど、結局俺が失敗しただけだ。
歩いていると、昔を思い出す。いつもこの道を歩いてスーパーに向かっていた。レトルト食品の欄から適当にカレーやらなにやらを取って、カップ麺も取って、それでご飯の支度は終了だった。
今でもレトルトを食べることはあるが小腹が空いた時とか、夜食とかだけで、メインに据えることはない。きっと、これが正しいんだろうな。そんな気がする。
歩きながら、動き続ける頭は、意味の無く、遠い、遙か遠く離れた昔のことばかりを考えていた。
こんなのも悪くないかもしれないなと思った。でも、もうやらないようにしよう。
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