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 夏バテのせいなのか食欲がない。食欲どころかやる気もないので、料理ができない。買い物にも行けない。はぁ、眠い。


「今日の夜ご飯って何?」

「え? ないよ。」

「ないの!? なんで?」

「夏バテしたからかな。でも探したら何かあるはずなんで、勝手に食べてください。」

「いや、昨日もそう言ってたじゃん。もう何もないよ。」

「え? もっと探してみてから言ってくださいよ。」

「昨日めっちゃ探したんだって。だからないです。」

「じゃあ、今日の夜ご飯はないです。」

「えーー! なんで!?」


 なんで! じゃないんだよ。いいだろ一日くらい夜ご飯無くたって。動いてないんだからカロリーも使ってないだろ。今みたいにおじさんが甘えてくる姿は正直キツイけど、もう慣れた。


「早く店行かないと暗くなっちゃうよ。」

「へいへい。」

「大丈夫? バテすぎじゃない? 時間遅くなるよ。」

「何食べたいですか?」

「うーん。カツ丼とか?」

「いや、無理言わないでくださいよ。」

「じゃあ、なんでもいいよ。」


 なんでもいいよが一番困るんだよ。マジでなんでもいいわけじゃないんだろうし、なんか無いかな。適当にそうめんでも買ってきて茹でるか。薬味もなんも無いけどいいでしょう。


仕方ないので、財布だけを持って自転車に跨った。はぁ……めんどい。


 スーパーの乾麺のコーナーを見ていると、そうめんの隣に蕎麦があった。これでいいか、そう思って手を伸ばした。すぐ後ろにわさびや細かくなった万能ネギなどが置かれていたので、ついでに買った。


 家に帰ると、おじさんがソファーでグッタリしている。一応心配して、声をかけてみると、お腹が空いて動けないとかふざけたことをぬかしていたので、蕎麦を茹でさせることにした。


「おじさん、蕎麦、茹でてくださいよ。」

「え? 僕?」

「当たり前じゃないですか。今スーパーから帰ってきたばっかりの俺と、さっきまで死んでたおじさんと、どっちがやるべきかって言ったら間違いなくおじさんでしょ。」

「めちゃくちゃ怒ってるじゃん、コワッ! お腹空きすぎた?」

「いや、怒ってないですけど。」


 おじさんは袋から蕎麦を取り出した。どのくらい食べるのか聞かれなかったので、全部茹でるつもりなんだろう。

俺は蕎麦が好きなので、おじさんも好きなはずだ。


「あれ。時計見ててくれる? 六分たったらおしえてね。」

「はーい。」


 テレビのチャンネルを変えて、時間が載っているものを探したがなかった。仕方ないので、寝室から目覚まし時計を持ってきて、それで確認する。

 時計を探すのに一分くらいかかっているだろうから、五分で教えることにした。


「あの! 六分経ちました。」

「うん。分かった!」


 鍋から箸でザルに蕎麦をすくっている。そのやり方だと結構時間かかるだろうし、もっと早く教えれば良かったかもな。まぁ、そんなに変わらないか。


 水で蕎麦を洗っている音がジャージャーと聞こえてくる。はぁ、まだ全然食欲湧かないなぁ。


「出来たよ! めんつゆは自分で取ってきてね。」

「あ、袋にわさびとかネギとかあるんで、良かったら使ってください。」

「いや、最高だね。神。」

「そこまで言わなくてもいいですよ。俺も薬味がないと食べれないかもとか思っただけなんで。」


 めんつゆを水で薄めて、ちょうど良い塩加減にする。リビングのおじさんはもう食べ始めていた。


「美味しいですか?」

「うん! もう蕎麦うまい!」


 なら良かった。俺も席について、ザルに入った蕎麦に箸を伸ばす。

 水切りがうまく出来てないせいか、掴んでも掴んでもツルンッと滑ってしまう。

 めげずに、何度か引っ張っているとちょうど良い量取れたので、めんつゆに少し潜らせ、すすった。


 はぁ、別に上手い!って感じのものじゃないけど、落ち着くわぁ。

 おじさんに薬味をとってもらい、めんつゆの中に入れた。なんか、わさびってつゆに溶かさない方がいいとか聞いたことあるけど、めんどいからなんでもいいや。


 めんつゆにネギの緑が足されて、さっきよりも美味しそうに見える。そこに蕎麦の先だけを入れて、ズルズルとすすった。


 わさびとネギの香りが鼻を抜けていく。ちょっとわさびを入れすぎたのか辛かったが、美味しかった。

 シャキシャキしたネギが、蕎麦の単調な食感にアクセントを加えて面白い。


「てか、多すぎじゃないですか? 俺、バテてるって言ってましたよね。」

「大丈夫、大丈夫! 僕さ、蕎麦が大好きだからさ、いくらでも食べれるよ。」

「まぁ、それならいいんですけど、めんどくさいんで残さないでくださいよ。」

「もうなんの問題もないよ! 安心して!」


 それから何分たっただろうか。お互いに箸は進まなくなり、明らかに満腹だった。だが、目の前にはザルに入った蕎麦はまだ半分くらいしか減ってない。

おじさんは思ったより食べれなかったようだ。


「あの、言ってましたよね。食べれるって。」

「あぁ……そうだね……えーー。どうしよ。」

「よく知らないんですけど、冷蔵庫入れとけば大丈夫ですかね? 別にまだ食べれると思うんで気にしないでいいですよ。」

「いいの? じゃあ、ごめんね、ごちそうさま!」


 そんなにいきなりテンション変わられても困るな。


「お腹いっぱいになりましたね。スーパー行く前はこんなに食べると思ってなかったなぁ。」

「この頃ずっとバテてたもんね。気を付けた方がいいよ? 危ないから。」

「熱中症とかですか? もうちょっと暑くなってからじゃないですかそれって。」

「いや、ニュースでやってたんだけどね? このくらいの季節になると急に増えるんだって! 熱中症がさ。」

「へぇ。そうなんですね。」

「なんか興味ないんだね。どうしたの?」

「いや、なんでもないですよ。」

「なんでもないならいいけどさ。」


 熱中症か。もうそんな季節になっちゃったんだな。

 てか、おじさん、食器も洗ってくんないかな。試しに頼んでみるか。


「洗い物ってしてくれます?」

「あぁ、いいよ!」


 嫌なとこもあるけど、基本はいい人な感じするな。

 自分で自分のことをいい人っていうの恥ずいか。


 台所で食器を洗っている背中が見える。それを見てると何故か泣けてきた。

 泣かなかったけど。




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