35

 

 給食終わりにいつも通りの学校を過ごしてると、廊下で何か大きな音が聞こえてきた。

 なんの音か、分からなかったが、カラカラとペンが転がるような音も聞こえたので、筆箱を落としたのかもしれない。それにしては大分うるさかったけど。


 怒鳴り声だ。となると、怒った誰かが筆箱を叩きつけたんだろう。喧嘩って久々だな。誰が怒ってるんだろ。


「ふざけんなよ!! 聞いたから!」

「え? 何が!? 何の話してんのか分かんないんだけど?」


 佐山さんじゃね? この声。え? なんで?

 これでもし、片方が男の声だったら彼氏との喧嘩ってことで納得できたが、女性同士の喧嘩だ。なんでそうなったんだろ。


「いや、しらばっくれんなよ。ヒロに先輩がどうとかって言ったのお前だろ?」

「はぁ? 何言ってんの? 何キレてんの? キモ。」

「ヒロから聞いたから、先輩と浮気してるってお前から聞いたって。それで怒ったって!」

「浮気してんの? ヤバ! うわぁ、最悪ぅ。」

「いや、あのさ! 話し聞けよ!」


 よく見てたら思い出したけど、片方の子うちのクラスの女子じゃん。しかも、佐山さんの噂してた子。


「てか、私見たけど、先輩と仲良さそうだったじゃん? 手作りのお菓子とか渡しちゃってさ!」

「何か問題でも?」

「浮気がどうとかは言ってないよ? でも、仲良さそうだなぁって話はしたかな? だって? 私、てっきり彼氏だと思っちゃったもん。下駄箱で仲良さそうにさ? 2人の世界入っちゃって?」

「はぁ。何? 何が言いたいの!? ふざけんなよ? あたしとヒロが付き合ってること知ってるよね!? 何がしたいの? マジで?」


 うわぁ。そういうことね。ヒロって佐藤のことか、昼ドラ並みにドロドロしてきた、もう見てらんないよぉ!

 何人かが先生を呼びに行ってくれたみたいだ。誰か止めてくれないかな。怖い。怖い。


「ちょっと、レイナ。俺が悪かったって。」

「へぇ。ヒロからもなんか言ってよ。ムカつくでしょ? 絶対わざとだからこいつ。」

「だから、悪かったって、ごめんね?」


 お前はホントに悪いからな。佐藤。


「ちょっと、ちょっと。佐山どうした? 怖い顔してるぞ?」

「グッチ。関係ないから止めないで。」

「うーん。でもなぁ?」

「何もないんなら、話しかけないでよ。」

「いや、そうは言ってもな。」


 山口! いつもアイツがなんとかしてくれるな。戦隊モノの、途中で出てきて助けてくれるヒーローみたい。分かりづらいか。


「……えっと、あの、ほら、えっと、傘! そういえばさ、あの傘返してもらってないなぁ。今度でいいからさ、忘れないでくれよ? ね?」


 その話題はダメだ! 山口ぃぃぃ!


「ふーん。山口とも仲良いんだね? やっぱり、そんだけモテると浮気とかすんの?」

「してないから! なんで会話するだけで浮気になるの? じゃあ、アンタもう誰とも喋んなよ。」

「いいじゃん? 別にさ! 誰でもいいんでしょ!? 誰だっていいのに、イケメンばっかり選んで? 何? そんなに自慢したいわけ?」

「何言ってるか全然分かんない。何の話してんの?」

「傘貸してもらったんでしょ? 普通そんなことしないから、てか、女子の友達に借りるでしょ? 普通。あ、友達いないんだ! そうでしょ? 可哀想!」


 そっちに火がつくのか、もうどうなってんだ! 早く先生来てー!


「ごめん。ホントにごめん。」

「なんで佐藤が謝ってんの? ちょっと、もうやめとけよ!」

「そうだよ! ヒロじゃなくて、お前が謝れよ!」

「私は何もしてないじゃん!」


 いつのまにか二人じゃなくて、四人になってる。みんなも教室から面白がってみてる。実際、俺も面白がってみてるのは間違いないんだけど。


「おいおい、あんまり揉めるなよ。」


 はぁ、やっと先生来たわ。ウチの担任の鈴木先生だ。


「誰が喧嘩してたの? ちょっと、離れて、何があったの?」

「あの、佐山と細田が喧嘩してて、俺と佐藤は止めに入っただけです。」

「あ、そう、ありがとな。じゃあ、細田! ちょっと話聞かせてもらうから。ついてきて。」

「はい。」

「お前らも席に着いとけ。もう授業始まるから。」


 その場には佐藤と山口と佐山さんが残った。佐山さんは急に泣き出し、壁にもたれたまま座り込んで、動かない。それを慰める山口とボーッと突っ立ってる佐藤。これじゃ、誰が彼氏か分からんな。


「大丈夫? 落ち着いた?」

「うん。もう大丈夫。」

「じゃ、佐藤同じクラスだろ? 連れてってあげて?」

「待って。山口が来て。」

「うん。分かった。じゃ、まぁ、ちょっと、うーん。行こうか。」


 佐藤は二人について行かず、窓の外を眺めている。それを不思議に思った山口が話しかける。


「佐藤? どうした?」

「……いや……なんか……」

「ん?」

「あの、レイナ。ホントにごめん。俺が悪かった。ホントに浮気してんのかと一瞬だけ、思っちゃって、それで怒っちゃったして、ごめん。」

「……別にもういいよ……」

「だからさ、これからもさ……」


 これからも仲良くしたい? とか? そんなふざけた話あるかな?


「いいよ。」


 え? いいの?


「もう許すから黙って。」

「ありがとう……あの、これからは気をつけるから。」


 佐山さんが佐藤に近づいていく。山口も不思議そうに見て、何がなんだか分からないようだ。俺も何がなんだかわからない。許しちゃうの?


 バチーーーンッ!!


 大きく振りかぶった佐山さんの右手が佐藤の左頬にぶち当たった! これは痛い! うーん、これは痛いですねぇ。ビンタ!


「いた! 何すんだよ!」

「アンタみたいなやつと付き合いたい人なんていないから! もう連絡してこないで!」


 そういうとドカドカと廊下を歩き、一人で教室に戻っていった。っぽい。

 ここからじゃよく見えないけど、歩く音が離れていくのが分かる。


 はぁー! いい気分だ! なんかモヤモヤが取れた気がするな。佐藤がやったことはあり得ないからな。ホントに。もうこれで正式にお別れだろう。


「佐藤、大丈夫? なんか大変だな。」

「……」


 佐藤は泣き出してしまって、動かない。山口も離れるわけにも行かず、ずっと横にいた。そのうち、話が終わった鈴木先生がやってきて、今度は佐藤をどっかに持っていった。役目が終わった山口も教室に戻ってくる。


「おつかれ。よくさ、あんなとこに入り込めたね。」

「いや、三人とも知り合いだからさ、気になっちゃって。」

「いや、ホントすごいよ。尊敬してる。」

「マジ? 頑張った甲斐があったな。」


 はぁ、でも、佐藤も少しだけ可哀想ではあるな。浮気してるって暗に言われて、そのせいで血が昇っちゃったんだろうな。そう考えると噂した奴が一番悪いのか? でも、佐藤のキレ方ヤバいよな。今まで理由はよく分かってなかったけど、分かるとなおヤバい。


 亀井先輩はホントに巻き込まれただけなのか。勝手に悪い人って思っちゃった。


 帰ったらおじさんに教えてあげよ。中途半端になっちゃってたから気になってるはず。でも、佐山さんがあんなに怒ってたこと教えても大丈夫かな。まあ、なんか嫌いになりそうもないし、別にいいか。


 その日の放課後は、誰とも話すことなく、真っ直ぐ下駄箱に向かった。靴を履き替えて、外に出ていくと、晴れた日の空気が気持ちいい。吹く風が校庭のプリントを何処かに運んでいく。


 目で追いながら考えた。どこまで行くんだろう。ここから風に乗って、あのプリントはどこまで行くんだろう。誰かの家に入り込んで、その家の住人がそれ覗き込む。学校のことが書いてあるプリントは、住人の生活には全く関係ないはずだ。

 関係ないのに気になって、じっくりと見てみる。しかし、時間が経てば、興味もなくなって、その場に放置するか、ゴミ箱に捨てるか。


 舞ったプリントが見えなくなり、歩き出した。風が強い。髪が鬱陶しい。あれから伸びてきてしまった。


 家に待っているおじさんはどんな顔をして、今日の話を聞くんだろうか。


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