36
「ただいま!」
「おかえりー! なんか元気だね!」
「いやぁ、やっと全部分かったんだよ!」
「え? 佐山さんのこと?」
「そう。実は今日、佐山さんとウチのクラスの女の子が喧嘩しててね。その話を聞いてるとなんか、女の子が、佐山さんと先輩が浮気してるって噂を彼氏に言ったんだって?」
「てか、喧嘩したの?」
「まぁ、そうだよ。でね? その噂を聞いた彼氏が、佐藤って言うんだけど、そいつが! 雨の中、佐山さんを置いていったわけ。分かった?」
「えー。喧嘩したんだ。知らなかった。」
「え? なんか喧嘩してたって言ってなかったけ?」
「それは三年の時だよ。二年の時にもなんかあったのか。」
「でも、教室の目の前でやってたよ? 知らないなんてある?」
「えー。休んでたのかな? それか、早退か。」
「そっか。まぁ、うん。」
おじさんはあんまり興味がないようで、食いついてこなかった。あれ? もっと気になってると思ってたんだけどな。佐山さんのことだし。
「それよりさ、今日の夜ご飯何にしようか! 何がいいかな?」
「気になんないですか? 佐山さんのことなんで、もっと気にしてると思ってたんですけど。」
「えー。だって、楽しい話じゃないじゃん?」
「そうかもしれないですけど。」
「そもそも噂でこんなことになっちゃったんでしょ? ならこのことも話さないほうがいいんじゃない? 本人から聞いた訳でも無いんだしさ。」
「そこを突かれると……確かに本人からは何も聞いてないです。」
「昨日もさ、分かった! とかなんとか言ってたのに、今日になってまた別のこと言い出してさ。」
「うっ!」
「この話はもうやめにしない? 良くないよ。」
「まぁ、そうしますか。」
おじさんは結構、真面目なところがあるみたいだ、そのくせ働いていなかったので不思議。でも、噂で喧嘩になったことを噂するって確かに変だな。そう考えるとこの話は良くないのかな。
「佐山さんはさ、素直なんだよ。すごく。」
「話したことあんまないですけど、そんな感じしますよね。」
「僕が好きになったのはそこなんだよ。自分のやりたいことがあって、それに対して、臆することなく進んでいく。それがカッコよかったんだよ。」
「そうなんですか? なんか、俺が知らない間に大分好きになるんですね。」
「だってさ、受験が近づくにつれてさ、みんなちょっと変わっていくんだよ。僕みたいな人は鈍感で何も気づかないんだけど、みんなは違う。」
「佐山さんも鈍感だったんですか?」
「違うよ。ずっと変わらなかったの。季節が変わってもずっとそのまま、僕に話しかけてくれた。」
俺はずっと、適当な関係を保ち続けてきた。近すぎず遠すぎず、邪魔にならないように、一人にならないように。
そんな俺は大事な時に、必要がない同級生だったんだろう。人生の分岐点になる受験には必要なかった。きっと、向こうも意地悪してたわけじゃない。忘れていたんだ。
そんな中でも佐山さんだけは変わらなかったらしい。なんかイメージ出来るかもなぁ。先輩に対してお菓子作ったり、あんな風に自分の気持ちを正直に、嫌いな人間とか、好きだった人にぶつけられる人。
素敵な人かもしれない。もし付き合うとしたら怖そうだけど。あ……
「あの、おじさんって佐山さんと付き合った時の妄想教えてくれたことありましたよね?」
「うん! ずっと、みんなには秘密でさ、それなのに毎日夢に見たりとかね?」
「いや、俺ちょっと思ったんですけど。」
「何? ファーストキスは卒業式にって約束のこと?」
「何言ってんすか? いや、佐山さんとホントに付き合ったら、秘密ってことはないんじゃないんですか? 多分素直に好きって言われると思いますよ。」
「は! 確かに!」
「それで、この事件みたいに、嫉妬した女子が……それは無理があるか……じゃあ! 男子が! 俺の悪い噂を佐山さんに伝えるんです!」
「え?」
「それで、一瞬疑心暗鬼になるとは思うんです! でも! そこを乗り越えて、その、噂を言ったやつの目の前で抱き合うんですよ! それで!! そのまま!」
「ちょ! キモいよ! どうしたの! キモい! 動きがキモい!」
「男が無理やり止めに入ってくるんです! それで、俺たち二人逃げるように、それでもしっかりと手を繋ぎながら、校舎から出ていくんです!」
「なんだこいつ。」
「そのまま、先生とか、親とかが、探したりするんですけど、その時にはもうすでに、電車に乗って遠くに行ってしまってるんです! 海の見えるようなところへぇぇ!」
「待って! 気持ち悪いよ! だって、全然佐山さんについて知らないじゃん! 話したこともないし!」
「は! そうだった! 佐山さんのこと考えすぎて、仲良しのつもりでいた!」
「落ち着いて? まずは一歩ずつ頑張って行こう? 三年生で同じクラスになるからさ? 慌てないで!」
おじさんのことはキモいとか言ってたのに、まさか自分もやってしまうなんて……
好きかどうか分からないって思ってたけど、これ好きなのかな? ここまで妄想してるのに好きじゃないなんてある?
今日、佐山さんが佐藤に放ったあのビンタ。あの大きな音、腕を振り切ったあの、綺麗なビンタ。脳内にずっと残り続けている。音が耳元で今もなっている。
あれを見てから、あのスッキリした感覚を味わってから俺の中で、佐山さんに対しての気持ちが大分変わってきてる。今までは誰でも良かった中で、幼稚園のダンスっていうあいまいな思い出にすがって好きってことにしてた。それに佐山さんは綺麗だったし。
今は一人の人間として、気になってる。これは好きじゃないかもしれない。けど! めちゃくちゃ気になってる。佐山さんのことをもっと知りたい!
「あのね? 君も僕なんだからさ。多分だけど、君もストーカー気質っていうかさ、ちょっと危ないと思ってるんだよね。いつもは一歩引いて見てるけど、そこに踏み込むことが出来るものに対しての執着は凄いと思う。」
「気を付けます。でも、別にそこまでじゃないと自分では思ってるんだけどなぁ。」
「多分大丈夫だよ? でも、さっきの様子見てたら心配になっちゃった!」
「今日は仕方ないです。ちょっと興奮してるんで、なんか頭に熱がこもってる感じがする。」
そうだ。あのビンタを見てから俺はちょっとおかしい。いや、喧嘩が始まってからずっとおかしかったかもしれない。なんなら、佐山さんがボーッとずぶ濡れで突っ立ってたところを見てからおかしい。
冷静になろう。俺には他にもやるべきことがある。勉強して、気を紛らわそう。意味があるか分からないけど、やろう。
「今日、ご飯無しでいいですか? 勉強したい気分です!」
「それならもちろんいいよ! でもだったら夜食とか作ろうか?」
「それなら、おにぎりとか作れます? めちゃくちゃお米食べたい。」
「お腹空いてるんじゃん。なんか適当に作ろうか?」
「いや、お米が食べたいんです。」
「じゃあ、作るよ。上手くできるか分からないけどね? もし、三角にならなくても怒んないでよ?」
「怒るわけないじゃないですか。それじゃよろしくお願いします。」
すこし経ってからおじさんがお皿に乗せて、三個、おにぎりを持ってきた。一つは綺麗な三角の形をしていて、海苔も綺麗にまかれている。しかし、残りの二つは真っ黒でまん丸だった。しかもちょっと大きい。
「ありがとうございます。上手く出来てますね。」
「一つだけね?」
口に入れると、お米がほぐれていく。それと一緒に海苔の香りと塩の味がする。中々噛みきれない海苔を無理やり噛み切ると、おにぎりがボロボロになってしまう、崩れたおにぎりを見ると具は何も入っていなかったが、それが食べたかったんだ。
今日のことは中々忘れられないだろうな。でも、人には話さないようにしないと、佐山さんにも失礼だ。妄想することも失礼かもしれないけど、これは勝手になるものだから許してくれ。やらないようにはするけど。でも……
バチーーーン!!!
あれは凄かったなぁ。多分会うたびに思い出すんだろうなぁ。
曖昧な輪郭が形になっていって、佐山という人間が見えてくる。それがどんな形であろうと、佐山さんは佐山さんだ。
告白はしないかもって思ってたけど、これはするかもしれない。また振り出しに戻った。でも、前よりは多少、佐山さんのことを知ってる。これから真剣に考えないといけない。だって、中学校生活はあと一年くらいしかないから。
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