7

 

「ただいま。」

「おかえり! 今日も頑張ったね?」

「あ、そういえばおじさんって二年の時の持久走どうしたの?」

「うわぁ! うわぁーー」

「え、どうしたんですか? いきなり!?」

「う、あんまりその話はしてほしくないなぁ。」

「え? なんで?」

「君も知ってる通り、一年はサボってたんだけだけど、二年の時は担任に釘を刺されちゃって、出ないと怒られそうな雰囲気だったんだよ。それでね? 頑張って走ったんだけど、みんな意外と早くてね? 確か下から5番目だったのかな? 学年で百人いる中の5番目だよ? やばいな。」

「マジで? じゃあ俺もそうなるのか……」

「そうならないための帽子とジャージでしょ? 早いとこ買ってきた方がいいよ?」

「あ、ランニングするために買うんですね。」

「そうだよ、目指せ体育会系だよ! 明日休みでしょ? もう一回ショッピングモールに行ってジャージ一式買ってきなよ。」


 買い物リストは、おじさんの苦い経験が元になって作られたものなのかもしれないなぁと思った。すこし落ち着いていると上田さんから本を読んでみたらどうかと言われていたことを思い出す。早めにお風呂に入り、宿題を済ませて、読書を始める。

 まともに活字に向き合ったことなんてほとんどないから、はじめの数ページ目で止まってしまっている。ついつい別のことを考えたりしてしまった。このままじゃラチがあかないと思って、寝室に持っていて集中して読もうと思い、本を閉じるとおじさんが話しかけてきた。


「あれ? それにしたんだ。」

「何をですか?」

「いや、読みたい小説だよ! 僕もそれ大好きなんだ。多分一番好きなんじゃないかな?」

「おじさん、本とか読むんですか?」

「ニートだと時間が有り余ってるしさ、それとネットに著作権が切れてる本とかが山ほどあるからたくさん読んだね。」

「へぇ、そうなんですね。これ面白いですか?」

「うん! 間違いなく僕は好きだね。読んでみたらいいんじゃない?」

「じゃあちょっと頑張ってみます。」


 寝室にこもり一人で小説と向き合う。俺は本を読むことが出来ない人間だと思っていたけど、おじさんは読書が好きだったらしい。人生何があるか分からないもんだな。さっきまでの拒絶感が薄まって、段々と本の世界に入り込むことが出来た。思ったよりも難しくなくて、ドラマを見ている気分で読み進めた。

 真ん中のあたりまで読み終わると、眠気で目が滑るようになってしまい、今日はここまでにしておいた。おじさんが寝る前に顔を洗った方がいいと言っていたので、洗いに行く。ていうかなんでそんなこと知ってんの? 普通に生活すれば身につくんだろうか?

 洗面台にはおじさんがいて、泡立てた石鹸で顔を丁寧に洗っていた。そこそこ長い時間をかけて洗顔を終えると、今度は化粧水をペタペタと塗っている。どうしてそんなに気にするんだろうか? タオルで顔を拭き終わると俺に気づいて声を上げた。


「うわ! びっくりした〜、覗かないでよ……」

「あ、ごめんなさい。ちょっと俺も顔洗おうかなって思って。」

「あぁ、そっかごめんね。ちょっと長かったね。」

「いや、気にしないでください。あの……一つ聞いてもいいですか?」

「なに? 聞いてみて。」

「なんで化粧水のこととか知ってるんですか?ニートだったんですよね?」

「まぁ、はっきり言っちゃうと全部ネットの情報だよね。」

「あ、そうなんですね。じゃあ結局よく分からないじゃないですか?」

「いや僕は暇だったからおんなじことをいろんなサイトで見てるからね。総合的にみて合ってると思うことをしてたりするんだ。」


 人生の先輩の意見だと思って聞いてたけど、ネットの情報だとしたらなんだかちょっと信憑性に欠けるな。

 おじさんが洗面所からいなくなったので、俺も顔を洗い始める。石鹸を泡立てるのが楽しくて、ついつい泡が大きくなってしまい、顔に持っていく時に首についた。

 鏡で見る自分はまるで芸人さんがパイ投げをされたように真っ白になっていて、すこし面白かった。水で洗い流してから化粧水を手に取り、ペタペタと顔につけた。最近ずっと忙しかったので、こういうなんでもない時間が幸せに思えた。そうだ。お昼頃から昼食ついでにジャージを買いに行こう、明日の予定を頭の中で立てながら夜を過ごした。



「起きて! もう朝だよ?」

「え……待って……」

「ほら起きてよ! 休みの日だからってゴロゴロしてちゃダメだよ?」

「え、おはようございます。今何時ですか?」

「今は六時四十五分だね、朝の。」

「休みなんで、もうすこし寝てもいいですか?」

「でも、今は起きた方がいいよ。もし寝たいんだったら昼寝にした方がいいと僕は思うけどな。」

「まぁせっかく起こしてくれたんで、ちょっと起きようかな。」


 リビングに行くとカーテンが全開だった。おじさんが来てからカーテンが開いてることがよくある、空気が澄んでいるのがガラス越しでも分かって、散歩がしたくなってきた。ご飯を食べたら歩こうかな。

 おかゆを食べ終わると腹ごなしの散歩に出かけていく、まだ人が少ない公道には車がたまに通る程度だった。目的地もなかったので、ブラブラと歩いているが平日とは違い、学生の声がしないので朝の静かさがよく分かる。まだ、薄くぼんやりとした瞳が見るものはぼんやりと輝いていた。耳には鳥の鳴き声がどこからか聴こえてくるが、なんの鳥だろう。

 目的のない散歩にも飽きてきたのと、このまま遠くに行ってしまうと帰りがめんどくさいので、もう引き返すことにした。土手道を軽く見ると同学年くらいの子が走っているが、一人きりだった。おそらく部活ではなくて個人的に走っているのだろうか、持久走に向けて走っているのかもしれない。俺もあの土手で走ろうかな。


「ただいま。」


 返事が返ってこない。もう寝てしまったのかな。まだショッピングモールが開いてないかもしれないので、途中までになっていた小説を読んで暇を潰す。小説は最後のあたりで主人公の弟が自殺していた。衝撃的な展開だったのでそこからノンストップで読んでいくと、栞さんやおじさんが言っていた通り面白かった。おススメしてくれた栞さんに今度、学校でお礼を言っておこうかな。

 そろそろ正午になるので、前と同じようにバスに乗って、ショッピングモールに向かう。今度は詰まることなくスムーズにバスを降り、慣れているような感じで切符を買い、電車に乗る。


 ショッピングモールの中を歩いているとスポーツ用品店があったので、ジャージ一式を買おうとしたが、試着をしないといけないことに気づいて、困った。ランニング用の帽子は調節できるようになっているので、サイズが関係ないけれど、ジャージはそうはいかないだろう。

 おそらくsサイズでいいんだろうと思いながらも、そんな安い買い物でもないので、一応試着しておきたい。店員さんがさっきから忙しそうにしているので、声をかけようか迷っていたが、意を決して声をかける。


「あの、すみません。」

「はい! なんでしょうか?」

「これ、試着したいんですけど、いいですか?」

「はい! こちらsサイズになっておりますけど、大丈夫でしょうか? 他のサイズもお持ちしましょうか?」

「じゃあよろしくお願いします。」

「かしこまりました!」


 店員さんが色々と持ってきたので、それらを持って試着室に入っていく、まずはsサイズから着てみたのだが、すこしキツかったが問題は全くなかった。mサイズはブカブカな気もしたが、走るのには問題が無い気もする。これから身長が伸びていくことを考えると、sサイズは小さくなるかもしれないと思って、元有った場所に戻して、カウンターにmサイズと白い帽子を持っていき、ジャージ一式を買うことに成功した。

 さて、昼食を食べたいのだけど、一人で外食をしたことがないので、なかなか一歩が踏み出せなかったが、ショッピングモールの中に有名なハンバーガーショップがあったので、そこで適当にハンバーガーを頼み、ひとまず、昼食を済ませた。


 これで今日の予定も終わりだ、外には慣れたけどやっぱりすこし外は疲れてしまう。慣れ親しんだ家が恋しくなり、個人的に何かを買うこともなく、駅に向かった。


 帰ったら久々にゲームでもしようかなぁ。最近出来てなかったから、なんとなくゲームをしていた時よりも楽しみになっていた。

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