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「お、おつかれ! おはよう。」
リビングに入ると声をかけられた。意外に早起きなようで、七時にはもう未来の俺は起き上がっていた。だか、なんだかやつれたような顔をしている気もする。
「あ、おはようございます。早起きなんですね。」
「いや、違うよぉ、これから眠るんだ。どうしても昼夜逆転が治らなくてねぇ、夜寝ようとしても全然眠れないんだ。だからずっとテレビを見てたよ。うるさくなかった? 大丈夫?」
「そうなんですね。それは大変でしたね。」
「いやぁ眠れないのって大変だよねぇ、あ、宿題終わった? 昨日まったく音が聞こえてこなかったから、やってないんじゃないかって思ってるんだけど、」
「やりました! 心配しないでください。もう終わってるんで。」
二時頃には宿題を終わらせていたが、横になってみても眠れず、携帯機のゲームをさっきまでずっとしていた。だから俺も一睡もしていない。この人やっぱり俺なんだろうなぁ。自堕落なところが似てる。
「これから朝ごはんだよねぇ、君の分も作ろうか?」
「いや、いいです。俺、朝ごはん食べないんで、」
「知ってるよ! でも作ろうか? 作ったら食べてくれるんじゃない?」
「いやだから! 朝ごはん食べないんですよ。分かるでしょ、あなたなら。喉がまったく受け付けないんです。」
「大丈夫! 君でも食べられるようなものを作ってあげるから。」
そういうとおじさんは一昨日ぐらいに余ったお米を水の入った鍋に入れ、火をかけた。おかゆを作るつもりものだろう。たしかにそれなら喉が受け付けないなんてこともないだろうな。でもちょっとお米が古すぎるような。
グツグツと音がする鍋に塩を軽く振ってから、火を弱めている。鍋と顔を向き合っていたが、いきなり話しかけてきた。
「あ、そうだ! 君、顔洗ってないよね? 僕がお粥作ってる間に洗ってきなよ。」
「あ、はい、ありがとうございます。」
「お肌は大事だからね? 若い時にケアしないと大変なことになるよ!」
「あと、百均で洗顔料を泡立てるネット買いなよ! あれがあるとないとじゃ大違いだから! 君は乾燥肌だから化粧水も買わないとダメだよ!」
「あ、化粧水って男も使っていいんですか?」
「もちろんだよ! 僕もお化粧にしか使わないものだと思ってたんだけど、使った方がいいらしいよ?」
「じゃあ今度買っときます。」
おじさんの肌はボロボロだった。たしか、まだ28だったと思うけど、それにしては荒れている。俺も最近ニキビが出来はじめていたので、百円で治るなら後で買っておこう。ついでに化粧水も見てみるか。
リビングを離れ、洗面台へ向かう。口をゆすいでからチューブの洗顔を手のひらに直接捻り出した。水をサッと付け泡立てようとするが、まったく泡にならない。それを顔に擦り付けるように塗り終わると、手で水をすくって洗い流した。
タオルはどこだ? 引き出しを開けて探していると、手にタオルを渡された。それで顔をしっかりと拭く。
「タオルはここにあるよ。家主なんだから覚えとかないと。」
「いや、まぁ家主ではないですけどね。」
「でも、家主みたいなものじゃない? 親は次にいつ帰ってくるんだっけなぁ、たしか……」
「あの! いいです。教えなくて、」
「そう? でもねぇ、親は大切にした方がいいよ。もっと言えば、親との関係は気にした方がいい。良かろうと悪かろうと色々あるんだから。」
「おじさんは仲悪かったですか?」
「良い悪いじゃなかったね。だって、僕は働いてなかったし。複雑だった。」
「へぇ、そうなんですね。」
働けば良かったじゃん。簡単な話だと思った。だかしかし、俺はこのままいくと親と上手くいかないらしい。まぁしょうがないかもな、親とは昔からあんまり話したことがない。両親とも恐ろしいほど忙しかったから。
「おかゆできたよ! お米しか入ってないけどね。」
おじさんが用意してくれたご飯がテーブルの上に並んでいた。しっかりと二人分ある。どこにあったのかテーブルクロスのような物も引いてある。
椅子に座り、スプーンですくっておかゆを食べる。塩加減がちょうど良くて、具がなくても案外美味しかった。
「ごちそうさまでした。」
「あ、食器はそこに置いといてね? 君は歯磨きした方がいいよ!」
「どうも、よろしくお願いします。」
「気にしないでね、君は自分のことだけ考えてればいいからさ。」
「いや別にそんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ。」
「まぁ、いいよ! 歯磨きはちゃんとしないと女の子に嫌われちゃうよ?」
俺はまた洗面台に向かい、引き出しのようになってる鏡を開け、歯ブラシを取り出す。歯磨き粉はだいぶ前にきれてしまっているので、水だけで磨いた。するとおじさんは作業をやめ、こちらへ来た。
「あ! 歯磨き粉ないの? ダメだよ〜、口臭くなるよ?」
「まぁ、いつか買ってきます。」
「ダメダメ! 今日帰ってきたらすぐスーパーに行って買ってきてよ!」
「あ、はい分かりました。」
「君が帰ってくるまでに買い物リストを作っておくからそれを見て買ってきてね?」
「分かりました。」
「安心してくれていいよ、君のことはよく知ってるから。君に足りないものも分かってる。」
親からは多すぎるぐらいの生活費を貰っている。多少の買い物なら生活に支障は出ないだろう。ていうか俺が学校行ってる間に買ってきてくれたらいいのに。
バッグに必死にやった宿題を入れ、出発の準備を大体終わらせた。あぁ、ゴミ捨てに行かないといけないのか。思い出したので、ゴミ袋をゴミ箱から引っ張りだして口の部分を結ぶ。これでオッケーだ。
「もう時間だね、今日は早退しちゃダメだよ? 分かった?」
「はい、気分も良くなったんで大丈夫です。」
「大丈夫? 気を付けてね?」
「いや、冗談ですよ。仮病なんでどこも悪いとこないですから。」
「ふーん、僕に嘘をつこうとしても無駄だからね! まぁいいや、とにかくいってらっしゃい!」
「あ、はい。行ってきます。」
いってらっしゃいも久々に言われたし、いってきますも久々に言った。なんだか懐かしいような感じがした。最後に親に会ったのっていつだっけ?
玄関まで見送ってくれたおじさんが部屋の中へ戻っていく、おそらくこれから寝るんだろう。俺も眠たいな。でもまぁ、やっぱり未来の俺と話すなんておかしな気分だ。しかも喋り方が今とかなり違うし、俺に何があったんだろうか? 話を聞く限り何もなさそうだけど。
マンションのエレベーターを待っている間、八階から街を眺める。太陽が眩しすぎて目がしっかりと開けられない。それに、空の青が昨日よりも深い。低い角度からくる太陽の光は世界の色を濃くしていた。胸焼けするような色合いの中でも意識は、はっきりとしない。
エレベーターに乗ると先客がいて、お互いにゴミ袋を持っていた。気まずい空気が流れていたが、相手が挨拶をしてくれたので、俺も返した。降りるとゴミ捨て場にゴミ袋を捨て、学校へ向かっていった。
昨日、俺が早退して、お昼ごろ歩いた道を進んでいく。田んぼは昨日よりも黄色かったし、神社の木々はより深い緑に見えていた。土手道は風が強く吹いて、ぼんやりと薄いモヤがかかっていた頭がだいぶマシになる。
大きな白い雲が、空に見えた。あの向こうには何があるんだろうか? 宇宙だろうか? それとも天国だろうか? 今の俺にはどちらも現実的には思えない。もしかしたら、未来の世界の住人がチラリと雲の陰に隠れてこちらを見ているのかもしれない。我々の世界を覗きみているのかもしれない。
今の俺にはそっちの方が現実的に思える。現実にあり得ることに思える。
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