4

 

「お、大丈夫か青木? 今日は頑張れよ。」

「あ、はい。大丈夫です。」


 学校に入ると下駄箱の近くに担任の鈴木先生がいた。声をかけてくれたがおそらく心配はしていないだろうな。だって、俺が早退をするのは日常茶飯事になってしまっている。もはや数も数えられないくらい早退をしていた。そりゃニートにもなるわ。


 教室に向かう廊下の途中で佐山さんと会った。別に会釈をするわけでも、挨拶をするわけでもない。間違いなく片思いだ。そもそも彼女は俺のことを知ってくれているだろうか? たしか、彼女を意識するようになったのは、幼稚園の時に佐山さんとダンスで手を繋いだことというクソしょうもない理由だった。


 佐山さんは薄い茶色のような髪色でたまに毛髪検査で引っかかっているが、地毛らしい。この間うちのクラスの女子に愚痴ってるのをたまたま聞いた。

 背が高くて、スタイルも良い。多分だけどこの学年の半分以上の男子は佐山さんを好きになったことがあるんじゃないだろうか?俺もその一人だけど。


「おい! 青木、元気か?」

「まぁ、元気だけど。」

「一晩でずいぶん良くなるもんだなぁ、昨日のお前は辛そうだったのにさ。」

「ははは。」


 仮病だと分かってるくせに、イジワルなやつだ。話しかけてくれた山口は、単なる知り合いだ。俺にはそこまで深い関係の人間はいない。みんなとそこそこ仲良くして、学校生活に問題が無いように頑張ってやってる。


 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴った。先生はまだきてないが、生徒はみんな席に座って待っていた。いつも鈴木先生は遅れてやってくる。クラスのみんなにはその脱力感が好かれていたみたいだけど、俺はなぜか好きになれなかった。


「おーい、日直、号令頼む。」

「起立、気を付け、礼、着席。」

「それじゃ、昨日出した宿題を集めるから、後ろからノートとプリントを回していってくれ。」


 いつもなら俺はただのベルトコンベアだが、今回は宿題をやってきているので、バッグの中から二つとも取り出して、後ろから渡されたノートの束に加えた。すると先生は驚いたような顔をして俺の顔を見る。俺も宿題をすることはある。


「珍しいよな。青木が宿題を提出するなんて、やっぱり熱でもあるんじゃないのか?」

「「わはは」」


 クラスのみんなが一斉に吹き出した。こういうところが好きになれない理由かもしれない。真面目すぎる先生が好かれないのは分かるが、俺はそんな先生の方が尊敬できる。

 その後特に何事もなく、授業は六時限目まで全て終わった。早退することもなく一日を終えられたことを誇りに思っておこう。そんなことを考えながら帰りの支度をしていると山口が話しかけてきた。


「この後さ、暇ある? 俺たちカラオケでも行こうと思ってるんだけどさ、一緒に行かね?」

「いや、俺予定があるからさ。」

「あぁそう、お前が歌ってるとこ見たかったんだけどなぁ。」

「ごめん、悪いな。」

「たまには俺たちにも付き合ってくれよ。お前面白いからさ! じゃあな。」

「じゃあまた明日。」


 どうやら俺は面白いらしい。面白がられているんだろうな。あまりにもバカすぎるから。

 バッグを持っていつもと同じ道を歩いていく、別に何も思うことはなかった。今日は疲れたからそんな余裕はないし、まだ冬に成りきっていないこの季節の夕方はあんまり好きじゃない。


 家の扉を開けると、シーンとしていた。あいつはまだ眠っているのだろうか? 徹夜だとしても眠りすぎじゃないか? 十時間ぐらい寝てることになるぞ。

 リビングに行くと部屋全体がオレンジ色に染まっている。どうやらカーテンを全開にしているみたいで、太陽の光に飲み込まれているようだった。未来の俺は夕暮れの空を見ながら今にも泣き出しそうな顔をしているが、一体、何をそんなにたそがれることがあるんだろうか?


「ただいま。」

「あ! おかえり! 今日は早退しなかったんだね。えらい! このまま頑張っていこうよ!」

「早退しないのが普通じゃないですか。」

「たしかにねー。でも普通って人によって違うから、君が早退せずにちゃんと学校に行けたことは間違いなくえらいよ。」

「ずいぶんと自分に甘いんですね? あなたにとって俺は過去の自分じゃないですか。」

「だからこそ分かるんだよ。当たり前って言われていることの難しさが。」

「そういえば、買い物のリスト作ってくれましたか?もう行こうと思ってるんで、見せてもらってもいいですか?」

「あ。これだよ。」


 そう言われて見せられたメモの字はかなり汚かった。俺は字は汚いが、今よりももっと酷くなっている。文字を書かないと忘れてしまうんだろうか?

 リストには思ったより沢山の単語が書いてあって、一度に買い切れる量じゃない。これをもし一日で買おうとしたら、バスで駅まで行き、そこから電車に乗ってショッピングセンターに行かなければならないだろうな。


「これ、一度に買う量じゃないですよね?」

「うん! リストを作ってたらドンドン浮かんできちゃってねぇ。これ全部買ってきてよ。」

「化粧水とか、泡立てネットとかは分かるんですけど、お洒落な服とかステキなプレゼントって何ですか? アバウト過ぎないですか?こんなの買ってどうするんですか?」

「それは君が思ったものでいいよ! 自分を信じて、絶対に君のためになるからさ!」

「でもこれだと電車で行く距離ですよね? 俺、乗ったことないから、分からない……」

「まぁ、案外何とかなるからさ、行こうよほら支度して!」


 他にも理解不能なものは複数あった、計算ドリルや花束などだ。しかもどう考えても今日中には終わらないものまである。リストを見て悩んでいるともうすでに服は用意されていた。勝手にタンスから引っ張り出したらしい。小学生の時に買ってもらった服で電車に乗って、ショッピングモールに行くなんて恥ずかしすぎる。自分で見てもこの服ダサいもん。


「おじさんも行くんですよね?」

「僕は、行かない! ずっと待ってるからさ。」

「出来れば付いてきて欲しいんですけど。」

「心配しなくていいよ。そんなに外の世界は怖いものじゃない。大丈夫!」

「あ、そうですか。でも、」

「日が暮れてきちゃったよ! 早くしないと夜になっちゃう!」


 無理やり財布とカバンを渡されると、玄関まで追い立てられるように連れてかれた。外の世界が怖いものじゃないって言ってたけど、だったら働いてる筈じゃないのか? 怖いから何もできないんだと思ってたけど違うんだろうか?


「あ、バスは発券機から券を取って、出る時にお金を払うんだよ?  気を付けてね?」

「バスは親と乗ったことがあるんで分かります。」

「でもその時は親が払ってくれたでしょ?  油断しちゃダメだよ?」

「気を付けます。」

「じゃ、いってらっしゃい! 大丈夫だから心配しないでね?」

「まぁ行ってきます。」


 エレベーターの中で買い物リストを改めて見てみるとほんとに色々と書いてある。読みたい小説二冊、コーヒーかお茶、ひげ剃り、ほかにも沢山書いてある。スマホも書いてあるけど、これは無理だな。

 あぁ、不安だ。俺には荷が重く感じてしまう。山口とかは当たり前にそういうことをやっているんだろうか?俺には絶対に分からない世界だと思う。俺は陰でひっそりと生活していたい。出来ることなら何もしないでいたい。


 前に見たように雲は黒く、太陽はオレンジに発光している。バス停は肌寒くて、何か羽織るものが欲しくなった。バスをドキドキしながら待っていると、特徴のある音が聞こえてくる。目の前に止まったバスの入り口にはたしかに発券機があった、言われた通りそこから券を取る。よく分からないけど、これでいいんだよな。


 一番後ろの席に座って、駅に着くのを窓の外を見ながら待っていた。だいぶ時間がたったようで、外はもう真っ暗だった。外気との温度差でガラスはぼんやりと曇っている。バスには明るい照明が点いているので、外の暗さからここだけが浮かび上がっているような感じがした。


 将来の俺が、俺のために色々考えてくれてるのは分かるけど、不安でしょうがない。俺に変わることが出来るだろうか?

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