24

 

「ほら、起きて、朝だよ。」

「サムッ。今何時ですか? 寒い!」

「ほら、そろそろ日が昇るよ。起きて。」

「え、そんなの見てどうするんですか。」

「いいからさ。元旦だし、早起きしようよ。」


 眠いと寒いが同時にやってきて、俺を布団から離さないようにする。いつまで経っても起こしてくるし、眠いし、寒いしのちょうど真ん中にあった折衷案が布団を被ったままの移動だった。


 肩からマントのように全身を覆う。頭は寒いままだが、しょうがない。そんなことも言っていられないな。てか、元旦から俺は何をしているんだ。


 廊下も冷たい。なんかスリッパとか買おうかな。朝早すぎて今まで経験したことないような、冷蔵庫にでも入っているような感じだ。


「ここはホントに景色がいいね。何も遮るものなく太陽が見られると思うよ。」

「そうですか。なんかコーヒーかなんか飲んでもいいですか?」

「ちょっと待って。あと少しだから、もう少しで綺麗に見えるはず。」


 雲は一つもなかった。元旦がいつも晴れてるのはなんでだろう。季節的にそういうことになりやすいのかもしれないけど、俺が覚えている中じゃ曇ったこととかないような気がする。


 真っ暗な空の向こうにチラッと色が見え出してくる。オレンジの冬らしい眩しい朝焼けが輝く。まだ昇りきっていない太陽は直接肉眼で見ても問題ないくらい淡い。それは薄いベールに包まれているみたいだった。なんか冬は早朝がいいとかなんとかって誰か言ってた気がするなぁ。


「窓、開けますか? 寒いですけどね。」

「大丈夫? 布団被ってるじゃん。」

「布団があるから大丈夫なんですよ。」


 ガララッと窓が開くと、冷たい澄んだ空気が部屋中に吹き込んでくる。思っていたより風が強く吹いて、カーテンがふわりと浮かび続けている。全身で冬を、元旦の洗われている空気を感じた。


「元旦だからって別に変わらないはずなのにね。今日も昨日もなんも変わらないのにさ。」

「そうですね。まぁ、なんかいつもより綺麗に思えるかも。」

「やっぱ、起きて良かったでしょ? いい朝だなぁ。あのさ。寒いから閉めてもいい?」

「ダメです。俺は寒くないんで、閉めないでください。」

「えぇ! なんでぇー。」


 はぁ。元旦ぽいことしちゃったな。健全な感じがする。窓を閉めたら何故か尚更寒く感じてしまう。部屋に充満している冷たいと向き合うことになっているからか?


「あの、何飲みますか? 俺はコーヒーですけど。」

「確かコーンスープなかったっけ、でもおしるこ飲みたいな。あれ? 元旦に飲むのはおしるこじゃないような。」

「そうでしたか? 別になんでもいいですけど無いですよそんなの。」

「自販機に置いてなかったかな。」

「じゃあ、コーヒー作っといてくださいよ。買ってくるんで。」

「いやぁ、ありがとー!」


 上着を羽織って外に出て行く。おじさんってなんでこんなに外に出るのを嫌がるんだろうな。ニートって言ってたけど引きこもりだったのかな。まぁ、どっちでもいいけど。


 俺もおしるこが飲みたかったので、二つ買う。アッタカァーイ。両手がジンジンと温まっていくが、持ち続けていると流石に熱い。ポッケに片方入れてもう一個を片手で交互に、ハンバーグの空気を抜くした。そこまで激しくは叩きつけないけど。


「寒かったよ外。おしるこ買ってきた。」

「あ、コーヒー淹れておいたよ。」

「どうも。ちょっといいですか、中入っても。」

「暖房つけておいたからあったかいよ。」


 コーヒーはちょっとぬるかった。俺が出て行ってすぐ淹れたのかな。そうなればおしるこは買っておいて良かった、ポッケから取り出すと気分だけでもとお椀に淹れて飲む。


「久々に飲むと甘いですね。おしるこって。」

「僕はこの甘さが好きなんだよ。体に染みるような感じだよね。」

「朝ごはんにシリアルとかってありましたっけ? でもこれ以上、汁気のあるものは無理か。」

「うーん。久々にお粥作ろっか? ずっと自分で作ってたもんね。」

「はは。お粥も汁っぽいじゃないですか。なんかないかな。」


 台所を見て回るとおじさんに頼まれて買ったクッキーがあった。これならコーヒーにも、おしるこにも合うだろう。合うかな?


「このクッキーさ、食べていいよね?」

「それいいね! 分けて食べようよ!」


 一つの袋に二つ入っている。それを一つずつ分けて食べていた。途中で開けるのがめんどくさくなったので、お皿に盛ってそれぞれのペースで食べた。


「なんかお正月感がおしるこしかありませんね。」

「あ、テレビつけたら? なんか面白いのやってるでしょ?」

「忘れてましたね。リモコンそっちにあるじゃないですか?」

「ごめんね! ちょっと注意散漫で、」

「はは。それ逆さですよ。それじゃつかないです。」

「あぁ、ホントになんかダメだなぁ。」

「正月からネガティブにならないでくださいよ! 別に気にしてないんで。」


 あれから長い時間をボケーッと過ごす。こんな時間が一番好きだった。今でも好きだし、出来ることならこうしていたいけど、でも罪悪感みたいなのを感じるようになっちゃったな。


 こんなことしてる暇があるなら宿題とか、勉強とかやらなきゃいけないことが沢山あって、漠然とした将来への不安とか、曖昧な憧れとか、そんな宙ぶらりんな問題も残ってる。あぁー、なんか動物園のライオンとかパンダになりたい。でもパンダはストレス溜まりそうだな、あんなに多くの人に見られたらな。


 人気のない、誰も見向きもしないような動物。なんかあるかな、だって人気だから動物園に飼われるんだしな。なんだろう……思いつかんな。てか何考えてんだろ。


「今日は白木くん走りますかね。最近会ってないな。」

「走れてないもんね。あれ? 白木くんおばあちゃん家に帰ってるって言ってなかったけ?」

「そうだった……」

「お互いなんか気が抜けてるね。」

「朝早かったからボーッとしてるのかも。」


 お昼だけど寝ようかな。でも寒くて眠気はないんだよな、やる気がないだけで。借りてた本でも読み進めようかな。勉強はやりたくないけどこれぐらいならいいか。


「それじゃあ、ちょっと本読んできますね。」

「え、もうすぐお昼だけど食べないの?」

「あー、そういえばそうでしたね。なんか作りますか。」

「いや、もしお腹空いてないんだったらいいよ。僕もさっきクッキー食べたばっかりだから。」

「もう三時間ぐらい経ってますよ。俺も言われたらお腹空いてきたから作りますね。」


 コンソメと余った野菜でポトフのようなものを作ることにした。名前はお洒落だけど作るの結構簡単なんだよな。キャベツなどは手でちぎって鍋に入れる。じゃがいもや玉ねぎなど切らないといけないものは後でまとめてまな板で切った。


 コンソメを入れて蓋をし、時間が経つまで待つ。じゃがいもがデカ目だから長いこと煮ないとダメだな。メインになるようなものはないけど、余ったやつ全部入れたから量はたくさんあるはず。多分夜ご飯もポトフだな。


「出来たよ。適当によそって。」


 コンソメと玉ねぎなど野菜のいい匂いがする。味見をして塩加減を調整し、自分の分をよそってからおじさんが自分の分を取りに来る。

 さっきはいらないって言ってたのに大きめの器にたくさん入れてる。お腹空いてたんだね。


「いただきまーす。」

「おいしいね! 特にこの大根が微妙に染みてておいしい。」

「たしかに、微妙に染みてる。」

「元旦なのに洋食だね。朝もクッキーだったしさ。」

「あ、夜も多分ポトフだよ。」

「ははは。なんか面白いね。全部洋食だなぁ。」

「おしるこだけですね。和食って言えるのは。そうなると自分の分も買ってきてよかったです。」


 夜もポトフだ。冷蔵庫の中は何も入って無いけど、これから正月だよな。お店やってるかな。まぁ、レトルト が余ってるからなんとでもなるか。


 明日からは少しずつ、日常に戻る努力をしないといけない。前みたいになってしまったら大変だ。



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