22
今日はサイクリング日和だろう。こんなにキラキラと輝く太陽は今の季節滅多にないし、雲もやはり見当たらない。影も見当たらない。そして俺は自転車に乗れない。乗れると言っても問題ないかもしれないが、乗れない。
道路の広い人気の少ないここから家まで自転車で帰ってみる。それが出来るかどうかは分からないが、まぁ、なんとかなるだろう。もちろん今まで何もしていなかったわけではない。暇を見つけては自転車に跨がり、近所を走り回っていた。
直線ならなんも問題もないのだが、狭いとこや曲がる時などはやっぱりまだ不安だ。これに乗れたら塾や買い物はどれだけ楽になるだろうか。そろそろ塾のみんなにも自転車に乗ってこないことを怪しまれている。バレる前に乗れるようになろう。
サドルに尻をつけ、片足でペダルの位置を調節した。あとは踏み込むだけだ。いくぞ! ハンドルが傾かないようにバランスをとると、そのまま自転車が進んでいく。
道の真ん中に行かないように、ハンドルを操って端の方まで移動させる。途中車が来ることもあるが、ここは道が広いので大丈夫だ。そのまま曲がり角や、狭い道などもなんとか進んでいく。
前はこんなに漕いでいると足がパンパンになってしまっていたが、今はまだまだ進める。どうやら筋肉は裏切らないらしい。
マンションまで戻れた。これでもう自転車に乗れたぞ! と思う反面やはりまだ不安だ。自転車に乗ってここからさっきの場所まで戻り、もう一回ここまでこよう。
そこからは爽快だった。コツを掴めばなんてことないようで、行ったり来たりを何度も繰り返した。そのうち足がパンパンになって、肉体的な限界が来た。乗りながらだと不安だったので、一応、降りて自転車を押す。
マンションの入り口近くに止めると、エレベーターで家に帰っていった。
「おかえり!」
「ただいま〜。あれ、あのー、自転車乗れるようになったかもしれない。」
「おめでとう。やっぱり頑張ってたもんね。立派だよ。」
「そんなに褒めなくていいよ。当たり前のことみたいだからさ。」
「冬休みだしさ、どこか遠出とかする? 例えばショッピングモールとか。」
「そこまで上手くなってないよ。でも遠出はしてみたいかも。いつかね。」
もういつのまにか冬休みだ。終業式の日に白木くんやクラスのいろいろな人と話をした。ちょっと前までほとんど他人だったのに、今じゃ会えなくなってしまうことが悲しい。山口達とは塾で会うけど。
「おじさんってなんで外出ないの? 誰も気にしてないよきっと。」
「いやぁ、ちょっとさ。夜に出歩くと不審者に間違われない?」
「最近お昼にも起きてるじゃん、今とかさ。行ってみたら。」
「でもね。実は今も気絶しそうなくらい眠たいんだよ。気合で立ってるんだ。」
嘘つけ。まぁ、なんでもいいけどさ。
「年越しさぁ、お蕎麦とか食べたくない? 僕、麺類だと蕎麦が一番好きなんだよね。」
「そうですか? 俺普通に焼肉とかの方が食べたいですけど。」
「違うよ。年末に食べるならって話だよ。でも焼肉もいいね。」
「なんか冷蔵庫あったかな。お腹空いてきちゃった。」
野菜室いっぱいに入っていた野菜も今では数えられる程しかない。ちょうどお腹も空いてきたし、昼飯の為になんか買ってこようかな。
「おじさん、今日の昼に食べたいのってなんかあります?」
「うーーん、そうだな。なんかハンバーグみたいなのが食べたいな。」
「ハンバーグ? 作ったことないな。簡単ですかね?」
「簡単だよ。手が汚れるけどね。」
「作ったことあるんだ。材料とか教えてくれます?」
「いや、ネットで見たことあるだけだから、食材は分かんないや。」
「じゃあ、ネットで調べましょうか。どうせ休みなんで作ります。」
「やったぁ! ありがとう!」
レシピサイトで見てみると案外少ない材料で出来るみたいで、安心した。玉ねぎはあるし、牛乳と卵もたしか残ってたから、挽肉だけでいいのかな? 調味料があるか調べるとケチャップとソースだけなかった。
これならメモを取る必要もないと、さっそく買いに行こうと財布を持ってくると、おじさんが話しかけてくる。
「大丈夫? ナツメグも買ってくるんだよ?」
「ナツメグですか? 書いてはありましたけど、なんか必要そうじゃなかったですよ?」
「いや、ナツメグが無いハンバーグなんて、ハンバーグじゃないよ。買ってきた方がいいね。」
「そんなに重要なら買ってきますけど、なんか他にありますかね。いりそうなの。」
「いや、大丈夫だよ。ナツメグさえあればね。」
不適な笑みでナツメグについて語るおじさんは不審者そのものだった。街で歩いていたら通報しているはずだ。そんなことはどうでもいい。スーパーに材料と夜ご飯の分のなんかを買ってこよう。てか、ハンバーグは夜ご飯にした方がいいんじゃないか?
重たい足を引きずってスーパーに辿り着いた。まずはスパイスのコーナーでナツメグを買う。ついでに近くの調味料売り場でケチャップとソース、あとポン酢を一応買っておいた。
今日の夜ご飯何にしようかな。昼にハンバーグだったらそこまでちゃんとしたものじゃなくてもいいだろうしな。あ、大目にハンバーグを作って煮込んでみようかな。デミグラスソースさえあれば出来るはず。
適当な缶のデミグラスを手に取って、お肉コーナーへと足を運ぶ。二人分の二食それも両方男。だとしたら多すぎるぐらいでちょうどいいはずだ。パックの挽肉を四個カゴに入れ、野菜コーナーで生で食べれそうな野菜を適当に選び、レジに持っていった。
両手で抱えながら、マンションまで歩いて行く。これだけ多いと自転車には乗らなそうだな。そう考えるとそこまで生活は変わらないのかもしれない。
「ただいま。色々買ってきたよ。」
「おかえり。ナツメグも買ってきたよね?」
「買ってきたけど、なんでそんなにナツメグを気にしてるの? 別に変わらないでしょ。多分だけど。」
「いや、僕が大好きだったネットの料理人がね、ハンバーグにはナツメグを絶対入れてくださいってすごい言ってたから、これは買っておいて損はないはずだって思ったんだよ。」
「へぇ。」
またネットかい。そんなおじさんに袋を台所へ持っていってもらう。その間にネットで煮込みハンバーグの作り方を調べていると、コンソメが必要になることが分かった。だけど、もう一度スーパーに行くのが面倒なので、デミグラスだけで作る方法はないかと調べていると見つかったので、それと家を出る前に見つけた二つを参考にして、ハンバーグを作っていく。
「おじさん。玉ねぎさ、たくさんいるみたいだから一緒に切ってくれない? 包丁二つあるからさ。」
玉ねぎを前に調べたやり方でみじん切りにする。最初の方はなんてことなかったけど、半分を切り終わることには目を開けることが出来ないくらい、痛くなってきた。おじさんもそうなってるみたいで、二人して目を瞑っている。
切った玉ねぎを色が変わるまで炒めて、それを挽肉の中に調味料と一緒に入れる。お肉の量が多かったので、二つに分けたボウルをお互いにこねていた。
「これってどのくらいやればいいんですかね。」
「ちょっと見てこようか?」
「じゃあ、お願いします。」
「……ちょっと待っててね……あ、なんか混ざったらもう空気を、抜いて成形していいんだって。」
「形を整えるってことですかね。なんか空気抜くのは見たことある気がするな。」
肉をちょうどいいサイズになるように手の平の上でこねる。途中、手から手に移動させて、空気を抜いてみたが、音があんまりしないので、上手く抜けてないような気がする。
落としたら怖いが、勢いよく手から手へ投げつける。多分これでいいはずだ。
「次は焼きですか。なんかここで失敗するとおしまいな気がしますよね。」
「大丈夫! 変な形になっても食べれないなんてことはないからさ。」
「じゃあ、焦げないようにだけ気を付けますね。」
いろいろと火加減の調整が必要らしく、おじさんがパソコンと台所を行ったり来たりしていた。最後に蓋を閉めて、熱が中まで入るのを待つらしく、すこしの空白の時間が生まれた。
「あ、そういえば夜ご飯を煮込みハンバーグにするつもりなんですけどいいですよね。」
「それ、天才的だね。もちろんいいに決まってるじゃん。」
「ありがとうございます。デミグラスで作るんで、よろしくお願いします。」
そこそこの時間が経ったので、ハンバーグを見てみる。竹串を入れ、肉汁を見て焼けてるかの判断をするらしいのだが、竹串がなかった。しょうがないので、使ってない箸を刺してみると、中から透明な汁が出てきたので、火が通っていることがわかった。
ハンバーグを取り出して、ケチャップとウスターソースを残った肉汁の中に入れ、ハンバーグのソースを作る。最悪失敗してもポン酢があるので大丈夫だ。てか、ケチャップをかけるだけでいいような気もする。
「これぐらいでいいですかね? ちょっと味見してくれます?」
「これ、美味しいよ。ハンバーグにかけたらちょうどいいと思う。」
「そうですか。上手くいってよかった。」
ソースを直接ハンバーグにかけて、ついにお昼ご飯が出来上がった。朝炊いていたご飯と、買ってきた野菜を切って盛り付けるとなかなか豪華な昼食だ。
「それじゃ、いただきます。」
箸がスッと肉に入っていく。食べやすいサイズに切ったハンバーグは透明な肉汁が溢れ出ていて、美味しそうに輝いていた。それを口に運ぶと、お肉の柔らかさが一番に来る。それから玉ねぎの食感。そしてソースのお肉を引き立てるような甘み。
思っていた数倍、美味しく出来た。これがナツメグの力だろうか。ご飯が要らないくらいにハンバーグが主食としての存在感を放っている。しかし、そこにお米を運ぶとしつこいとも言えるような油を拭い去り、次の一口を食べたくなってしまう。
飽きてきたなと思ったところに野菜がいい気分転換になってありがたい。お互いに黙々と食べ進めてしまい、気付けば無言のまま最後の一口になっていた。適度な満腹感と物足りないような空腹感。その二つの感覚とハンバーグを同時に味わいながら、二人の昼食は終わりを告げた。
「いや、美味しかったね。びっくりしちゃった。てっきり僕はもっと焦げたりするかと思ってたんだけど、完璧だったね。」
「なんか恐ろしいくらい上手くいって良かったです。これは煮込みハンバーグも楽しみになりましたね。」
「それを聞くと今からお腹が空いちゃうな。」
「もう作っちゃいましょうか。さっき残して置いたハンバーグの残りありますよね。」
「いや、夜でいいんじゃないかな。今はなんか動きたくないような感じだね。」
「それはそうですね。」
洗い物もせずに二人でくつろいでいた。なかなか二人とも動き出さないので、テーブルの上にはいつまでもお茶碗とサラダの器、そしてハンバーグのお皿が残っていたまんまだった。
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