21

 

 今日の学校は大変だった。いろんな人に髪のことをいじられた。先生も授業中に話題に出してきたりしたけど、大概いい評価だったのでそこだけは嬉しい。そこそこの値段したし、やっぱりうまかったんだな。あそこ。


「ただいま。おじさんいる?」

「おかえり! やっぱりなんか都会の人みたいな髪だね。」

「それ、みんなにも言われた。俺、未だになんかおかしいと思ってるんだけど、変じゃない?」

「カッコいいよ! それならどこ歩いてもおかしくないよ、多分。」

「多分って。まぁいいや。俺、これから出かけるからさ。」

「自転車? 今日も頑張ってきてね?」

「いや、塾だよ。自転車じゃなくて。」

「あぁ、今日なんだね。」


 もらった紙に書いてある持ち物を見て、荷物を揃える。それをバッグに入れて、玄関から出ていった。今日も歩きだ、面倒だな。早く乗れるようになってしまいたい、それに乗れないのが急に恥ずかしく思えてきた。


「青木くん。それじゃ、君はここに座ってね。授業はまだだけど、自習用のプリントとか渡すから、家で勉強したい時はこれをやるといいよ。」

「あ、どうも。」


 早めについてしまったようで、まだ誰もきていない。今度一人で来る時はもう少しのんびりしておくといいらしいな。もらった紙をぼんやりと眺めながら、授業が始まるのを待った。


「青木! 帰りにさ、ちょっとなんか食べてかない?」

「俺、家に飯あるからごめんね。」

「それなら仕方ないな! 今度みんなで行こうぜ!」

「ユウトさ、あの本読んだ? あれ面白いよね?」

「ごめん。最近なんか忙しくて読めてないわ。」

「まぁ、塾も始めたし、大変そうだよね。頑張ってね。」

「ありがとう。」


 この間の体格の良い先生がやってきて、授業が始まるみたいだ。前の復習のテストから始まるみたいで紙を配られた。学校でやったことあるはずだったが全く分からずに、採点の結果は二つしか合っていない。


 それから何十分だろうか。よく覚えてないがその間ずっと椅子に座って先生の話を黙って聞く、ところどころよく分からんところがあったが、聞くことも出来ずにそのまま授業が進む。


 学校の勉強と比べるとハイスピードで、ノートに移すだけで一苦労だ。確かここって頭いいらしいからそれもあるのかもしれない。学校ではなんだかふにゃふにゃしている山口達も真剣な顔をして聞いている。


 なんとなく先生がこちらに合わせて丁寧に教えてくれているのは分かった。もしそうだとするといつもはもっと忙しいのかな。十二月になって疲れることも多かった。それは肉体的にも、精神的にも。それに追い討ちをかけるような授業は辛かった。あと眠かった。


「それじゃ、今日の授業はもう終わり。宿題回すからやっておけよ。」


 プリントが三枚もあるけど、これを明日までに終わらせられるんだろうか。学校の宿題も、ランニングもまだやってないのに。


 一歩外に出ると感傷に浸ってしまう。これからずっと、来年の受験までずっと、この生活が続くんだろうか。俺はそれまでに自転車には乗れてるんだろうか。そういえば買い物リストは? おじさんに言われたアレもまだ終わってないじゃないか。


 山口達がみんなで帰ろうとしている。誘われたが俺は歩きなので断った。断るときに不思議な顔をされ、何故かを聞かれたが、嘘をついてごまかした。それでも明るく山口は別れを言う。なんか申し訳ないな。


 帰り道、暗くなった空に星が微かに見える。なんかすげぇ疲れたな。まともになろうと色々やってみたけど、今思えばあの頃が一番楽しかったな。おじさんが未来からやってくる前が楽しかった。


 おじさんはなにも努力をしないで、成功した気になってるけど、結局俺がやってあげてるだけじゃないか。買い物も、ゴミ出しすらもやらない。ホントにどうしようもないんだな。俺って。


 帰宅したくなくなった。スーパーの異常なほどの明るい光が眩しく見え、吸い込まれるように店内に入る。買いたい物もなかったが、適当なお菓子やジュースなどを買って、レジに持っていく。そこそこ高かったが、お金ならある。


 両手にビニール袋とバッグを持ちながら、マンションへの道を歩いていく。辺りは真っ暗だったが、外灯だけが道を照らしていた。


「……」


 なにも言わずに玄関に入る。黙って荷物を落とすと、お菓子だけをリビングに持って行き、食べ始める。そういえばご飯食べてないな。作るの面倒だから、お菓子でいいか。


「あれ? おかえり、帰ってたんだね。」


 何か言おうと思ったが、なんとなく口が開かない。それに言いたいこともなかった。


「あのさ、お疲れ様。お風呂沸いてるから入ったら?」

「……」

「それ、ちょっともらっていい? お腹空いちゃったさ。」

「……」

「なんかごめんね。疲れたんだよね?」

「……あの、」

「え、なに?」

「お腹空いたんだったら自分で作ればいいじゃないですか。なんでそんなことまで俺がやらなきゃいけないんですか? ホントに。」

「あ、ごめんね。今度から作っておこうか。」

「おこうかっておかしくないですか。作らない理由なんてどこにもないですよね? なんで作らないんですか?……」

「ごめんね。ホントにごめん。」

「なんか、よく分かんないです。あなたのこと。」

「……」


 なんか怒っちゃったかもな。でもいいや。お風呂入って今日は寝よう。それがいい。あ、ダメだ、宿題やってないわ。そういえばランニングもしてない。気分転換に走ろうか、でも足痛いしな。


 結局、ずっとソファに座っていた、テレビもつけずに。おじさんも俺も何か話すわけでも、立ち去るわけでもなく、その場に留まっている。なーんか嫌になっちゃうな。


「……あの。宿題持ってきてもらってもいいですか? ついでに筆箱も。」

「……あ、うん。分かった。取ってくるね? 引き出しの中だよね?」

「筆箱は玄関に置いてあるバッグに入ってるんで、ついでに片付けてもらってもいいですか?」

「分かった。じゃあ筆箱と宿題ね? オッケー。」


 おじさんが行ってくれてる間にテレビをつけて、悪い空気を変えようとした。バラエティ番組がやっていて、笑うというわけでは無かったが、なんとなく癒された。


「あの、これで合ってるよね?」

「……ありがとうございます。合ってます。」

「ちょっとなんか作ろうか? ご飯。お腹空いてるでしょ?」

「ありがとうございます。でも玄関の袋に入ってるやつでいいですよ。」

「いや、せっかくだから、なんか作るよ。」


 おじさんが台所でジュウジュウと音を立てて、なにかを焼いていて、肉の焼けるいい匂いがしている、お腹が空いた。醤油かな? 何を作っているのかはよく分からなかったが、具材を切っていた時に野菜の青臭いような匂いがしたので、野菜炒めかもしれない。


「ごめんね。これぐらいしかなくて。」

「謝らないでくださいよ。そんなことで怒らないです。お米ってありましたっけ?」

「あるけど、冷凍だよ? チンする?」

「じゃあ、お願いします。」


 お湯が沸いてる音がする、ブクブクと。カチッとコンロの火を消す音とレンジがチンっとなる音が、同じタイミングで鳴る。それを聴きながら、おじさんが作業しているのを感じながら、宿題に向き合っていた。


「出来たよ。野菜炒めにお味噌汁とご飯。味噌汁はレトルトだけどね。」

「ありがとうございます。あと、塾の宿題も持ってきてもらってもいいですか? すみません。」

「謝らないで。もちろんいいよ。」


 一旦宿題の手を止め、箸を持つ。野菜炒めは醤油の味しかしなかったが美味しかった。味噌汁で口を温めると風味が広がっていく、冷凍の塊になっているお米をほぐして、おかずと一緒に食べた。


「これ? 持ってきたよ。」

「ありがとうございます。」

「あのさ、もしも無理してるようだったら、いいからね? あの、なんていうのかな。」

「もう大丈夫ですよ。なんかパニックになってただけなんで。」


 食べ終わった食器を台所に持って行こうとするとおじさんが止めた。そこまでしなくてもいいのにと思ったが、皿は任せて宿題に向き合う。


 これからのことはこれから考えよう。そうしないと疲れる。カチャカチャと食器を洗う音を聞きながら、そんなことを考えた。

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