14

 

 おじさんっていつも深夜に何をしてるんだろうか。完全に昼夜逆転しきった乱れまくった生活をしているけど、夕方頃起きると何事もなかったかのようにレトルトのカレーを食べている。いつも同じ味しか食べないのも奇妙だ。せっかく色々買ってきてるのになぜだろうか?


 おじさんは俺のことを色々知ってるみたいだけど、俺は全く知らない。これはなんとなく嫌だったので、気になることを聞いてみることにした。


「おじさんって暇な時何してるの? 夜中とか暇じゃない?」

「あぁ、別に何も? テレビ見たり見なかったり、そんな感じだね。」

「暇なら夜に寝た方が良くない?」

「よく分からないけど、夜寝れないんだよねぇ、この間もさ、暇すぎて寝ようと思ったんだけど、二時間経っても寝れなくて諦めたんだよね。」

「なんか大変だね。ゲームとかやってていいからね。」

「もう慣れたから大丈夫だよ。」


 しかし、何時間もボーッとしているわけがないだろう。何か気になるなぁ。きっと隠れて漫画か小説でも書いてるに違いない! そんな面白そうなことをしているんだとしたら覗いてみたいなぁ。ちょうど明日は休みだ。せっかくだから夜中にリビングに忍び込んで様子を見てみようかな。


 朝立てた計画がバレないように、なるべくいつも通り寝る支度を済ませて、いつものように寝室へ向かう。日をまたぐ一時間ぐらい前には寝るのだが、今日は日付が変わるまで本を読む。途中で寝落ちしそうになると軽いストレッチと筋トレで体をおこした。


 最近はランニングの影響で筋トレにも興味が湧いて来ていて、無理がない程度に腕立てやスクワットをやっている。別におじさんが何してようがいいんだけど、今日は無性に気になって仕方がない。


 時計をみるともう一時を過ぎていて、向こうはいつものように俺が寝ていると思っているはずだ。実は相当眠かったが、それでも一目見てから寝ようという思いだけで頑張った。


 寝室の扉から音が出ないようにゆっくり開けると、忍足でリビングへ向かう。テレビの音が微かに聞こえてくるので、やはりまだ起きているらしい。この時間ははまだ起きていてもおかしくないけど、それでも遅い時間だ。こんな時間にやることなんてないはず。


 こっそりとおじさんの様子を見ると、真っ暗な部屋でテレビに向かって顔を向けていた。意外と本当のことを言っていたようで、ずっとボーッとしているようにも思える。なんだか拍子抜けした。その後もじっと見続けていたが、何も動きがないので退屈だった。どうせこのまま見ていても何もないだろう。眠たいから寝よう。そうしよう。寝室に帰ろうかと考えた矢先に動きがあった。


 おじさんがリモコンをテレビに向けて、電源を切ったのである。

 テレビを消すと明かりがなくなったので見えづらくなったが、カーテンが少し開いていたので、外の光で薄っすらと何をしているのか分かる。おじさんはそのまま消えた画面を眺め、同じ体勢で何分間も静止している。何を見ているんだろうか。その後、立ち上がると窓の方へ歩いて行き、中途半端に開いていたカーテンを全開にして、外を眺めている。


 おじさんは俺が帰ってきた時もカーテンの外に目を向けていることが良くあった。その時にはいつもなぜか悲しそうな顔をしている。今のおじさんもそうで、泣き出しそうな表情で夜の街の明かりを見ていた。昔ずっとここで生活していたなら、今更見るものなんてないだろう。ここは八階なので割と景色はいいけど、俺も慣れてしまっている。


 なんだか見てはいけないものを見てしまった気がしたので、おそるおそる帰っていこうとすると、床に落ちていたコーヒー缶に足が当たって、カラカラと大きな音を出してしまった。


 目が合った。窓からこちらを見ている目がびっくりしたのか大きく見開かれている。俺は覗き見をしていた負い目があったので、口を開けずにいると、おじさんから話しかけてきた。


「あれ? まだ起きてたんだ。どうしたの?」

「あ、なんか、眠れなくて……」

「そうなんだ。早く寝た方がいいよ。」

「あの? 何してたんですか?」

「ははは。もしかしてそれが気になって起きてたんじゃないだろうね。まぁ、そんな訳ないか。」

「なんか覗き見になっちゃってすみません……」

「いいよ、気を遣わなくて気になって起きてきたんでしょ? 朝から気になってたじゃん。」

「あぁ、実はその通りです。すみません……」


 バレてしまった。恥ずかしい。てか、何であんなところに缶コーヒーが落ちてたんだ。明日家をちゃんと掃除しようかな。


「朝も言ったけど何もしてないよ。君も見たでしょ?」

「はい、見ました……」

「そんなにさぁ、反省しなくてもいいよ。だって僕は将来の君なんだから知りたがるのは当たり前だもん。」

「じゃあ、ついでに一つ聞いてもいいですか?」

「なに?」

「いつも窓の外から何を見てるんですか? 帰って来た時とかいつも見てるんで。」

「それは……別に何かを見てるわけじゃないよ。ただ、昔のことを思い出してたんだよ。思い出したくないことばっかりだけどね。」


 寂しい顔をしていたのは、昔を思い出してたからだと言う。しかも、思い出したくないらしい。なんだか気まずくなってしまった。


「もう寝ようよ! 明日もいつもと同じ時間に起こすんでしょ?」

「あ、よろしくお願いします。」

「何もしてなくてなんかごめんね。次は面白いことしとくよ。」

「多分もうやらないです……」

「まぁ、それじゃあ、おやすみ!」

「おやすみなさい。」


 最初から眠っておけば良かった。何も収穫がなかった上に空気も重たくなったし、おじさんの辛い思い出も何度か聞いたことがある。持久走大会の奴とか。

 せっかく張り切って一時まで起きていたのに、結局おじさんは何もしていなかった。俺にとって本当に無駄な時間だったかもしれない。


 目が覚めると時間は朝の五時だった。昨日起こしてもらう約束をしていたのに、起こしに来るよりも早く起きてしまった。また眠って、いつも通り来てもらおうかとも思ったが、二度寝の気分でもなかったので、リビングに行くことにした。リビングに着くとおじさんは、ソファで横になったままテレビをボーッと見ていた顔を振り向かせた。


「おはよう。ずいぶん早いね。まだ五時だよ。」

「なんか知らないですけど、起きちゃって……」

「ふーん……」


 沈黙が流れてた。おそらく計画外のことが起こってしまったので、困っているんだろう。二人ともボーッとして、テレビを見る。おじさんがさっきから窓の外を何度も見ていて気になったがなぜ、そんなに窓の外を見てるんだろうか。


「あ、日が昇って来たね。」

「ホントですね。」


 窓から、綺麗な空が見えた。まだ汚れていない空気だ。結晶が見えない粒になって空中に散らばっていって、今まで真っ暗だった空を透明に変えていく。いつもは鋭い光を放つ朝日が今は、全体を覆うように、そして、広がっていくように優しくなっている。前に読んだ小説みたいだった。


「綺麗ですね。ここからの景色。」

「そうだね。君と一緒に見れて良かった。いつも一人だったから。」

「これからもよろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくね。」


 思い出したくないことがたくさんあると言っていた。これからもおそらく一人になったら窓を眺めていろんなことを思い出すんだろう。その時は今のことを思い出して欲しい。きっと悪い思い出ではないはずだ。

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