13

 

「ただいま〜」

「おかえり! 持久走どうだった? 大丈夫だよね?」

「ほれ。紙に書いてあるでしょ?」

「うおぉぉ! すごいー! なんてこった!」

「どう? これでいいでしょ?」

「ありがとう。これで持久走大会の苦い記憶も成仏させることが出来るよ! やっぱりやれば出来たんだなぁ。」


 おじさんは俺の顔と紙を交互にみて、驚きながらすごく喜んでいる。これで一つ目的を達成した。


「今日は宿題もないからゲームやろうかな。おじさんもやるでしょ?」

「じゃあやろうかな。でもすごいねぇ。」

「別にたいしたことはしてないよ。」


 心配なのは白木くんだ。今までは怪我の心配だったけど、これからは次の日曜のことを考えなければならない。おじさんはその話をして欲しくなさそうなので、自分一人でなんとかしないといけないし、そもそもウチに来て、何をするんだろうか。


「あのさ、白木くんが来た時に何すればいいと思う。」

「それってどういうこと?」

「別に変な意味じゃなくてさ、友達を家に呼んだ時って何するもんなの?」

「確かに、僕もそういえば呼んだことないや。」

「まずいなぁ、そこのことはなんも考えてなかった。トランプでもやるのかな。」

「うーーん。普通にゲームやればいいんじゃない? ちょうど今も二人でやってるしさ。」

「それいいね。なんか一緒に遊べるやつ探しておこうかな。」


 その夜、引き出しの奥の方から、二人で一緒に遊べそうなパーティーゲームを取り出してきた。小学生の頃親に頼んで買ってもらったはいいけど、あんまりやらなかったゲームだ。俺もあんまり上手くないし、多分ちょうどいいだろう。それを分かりやすい場所に置いた後は布団に入って今日のことを思い出す。いやぁ、疲れたなぁ。


「お邪魔します。青木くんの家って広いね。」

「そうかな? まぁ、とにかく入ってよ。」

「うわぁ、ここ何階だっけ? 景色いいけど、ちょっと怖いな。」

「ははは、適当に座ってよ。ジュース飲むでしょ?」

「いいよ、そんなに気を違わなくても。」

「もう用意しちゃったから飲んでよ! ついでにお菓子もあるからさ。」

「じゃあ、いただきまーす。」


 色々用意しておいてよかった。白木くんはソファに浅く座っていて、緊張しているのが分かった。せっかくなので、この前引っ張り出してきたゲームをやろうかな。


「あのさ、白木くんってゲームとかやる? あるんだけどやらない?」

「今までゲームってやったことないかも。僕の家にはないから。」

「俺もこのゲームはあんまりやったことないから、多分そんなに実力差ないと思うよ。」

「どうやったらいいの? よく分かんない。」

「あの、このコントローラーを持って、でもまぁ、ゲーム始まったら説明が入るから大丈夫だよ。きっと。」


 今のゲームと比べるとグラフィックは粗かったけど、白木くんは感動して見ていた。ホントにゲームをやったことがないらしく、ボタンの位置の説明を一からしてあげたけど、飲み込みが早く、すぐに理解したみたいだった。


「そうそう! 上手いなぁ。もう俺より上手いかもしれん。」

「そうかな。そんなことないよ……」


 複雑な操作がいるミニゲームはもちろん俺の方がうまかったが、連打や反射神経が必要なシンプルなゲームでは負けることがあった。時々、楽しそうに笑っている彼を見て、ひとまず成功だと思った。けど、どうやって切り出せばいいんだろうか? あとおじさんはどこに行ったんだろうか? 自分で何とかしようと思っていたものの、最後は頼りたかった。


「うーん、あのさ、なんか白木くんって運動部とかに入ってるの?」

「うん、一応入ってるけど、なんかあんまりやってる日がないんだよね。みんな幽霊部員みたいになってる。」

「そっか、じゃあ陸上部とかじゃないんだ。」

「そうだね。ちょっと迷ってはいるんだけどさ。そういえば青木くんの部活は?」

「おれ? 俺は一年の頃に辞めちゃってからはそのままかな。」

「そうなんだね。似た感じだね?」

「せっかく持久走大会で一位になったんだしさ。陸上部とかに入っちゃえば? 多分歓迎されると思うよ?」


 よく分からないけど、部活に入ることで未来が変わって、怪我することがなくなるかもしれない。白木くんはどんな場所でも走り続けることが出来るだろうし、それならたくさんの人のサポートが受けられる環境がいい。


「ホントに陸上部入った方がいいと思う。もったいないよ。」

「でも……二年の冬から入っても遅いと思うんだけど、たしか三年生って早めに引退するよね。」

「あぁ、そっか、そうだよね。どうしよっか。」

「だから僕は高校に入ってからでいいと思ってるんだよ。」

「うーん、そっか。」


 なんか白木くんに良い影響を与えたいなぁ。何か思いつかないかなぁ。何も思いつかないまま、時間は過ぎていき、開けたカーテンから見える景色から彼が帰る時が近づいてきたことが分かった。


「今日は楽しかったよ! ゲームも初めてだったけど、青木くんが教えてくれたから、僕にも出来たし。」

「うん、そっか……」

「じゃあまた明日! 一緒に走ろうね? それじゃあバイバイ!」

「あぁ、ちょっと待って!」

「どうしたの?」

「なんか忘れ物ないか確かめた方がいいんじゃない? 大丈夫?」

「特に何も持ってきてないから大丈夫だと思うよ。もし忘れてたら持ってきてもらってもいい?」

「もちろん。てか、なんか変なこと聞いてもいい?」

「え、いいけど、何?」

「これから高校とかでさ、大きな怪我をしちゃってずっと走れないとか、しかもそのせいで大事な、すごく大事な大会に出られないかもしれないってなったら……どう思う?」


 これで、もし、白木くんの本音が分かれば多少無理やりでも教えた方がいいと思う。とにかく一つの区切りを付けたい。


「えっと、そうだな。うーん、でも。」

「でも?」

「青木くんには話したと思うんだけど、前にも怪我をして走れなくなったことがあってね? その時に一生走れなかったらどうしようって考えたことがあるんだけどね。」

「うん。」

「やっぱり仕方ないんじゃないかなって思うんだ。どうしても気が緩んじゃう時ってあるし、ストレッチとかさ、面倒になってやらない時もあるし、だからそんなこと気にしてもしょうがないような気がするんだ。」

「そっか。」

「でも怪我をしないようにはするよ。走れないとつまらないからね。」

「なんか変なこと聞いてごめんね。怪我の話とかなんか嫌な話して。」

「そんなに考えてくれてて嬉しかったよ! それじゃバイバイ。また明日!」

「バイバイ。」


 玄関のドアが静かにしまった。彼になんて言えば良かったんだろう。力になれていない。無力感が背中にのしかかるような感じがして、落ち込んだ。玄関で立ちすくんでいるとおじさんが話しかけてきた


「そんなに気に病むことないよ。だって君は出来ることを全部やったじゃない?」

「そうかな。だって本当のことは一つも言ってないよ。おじさんが居た未来だと怪我をしたんでしょ? だったらそう言えば良かった。変なこと言ってるって思われたとしても。」

「いい? 結局は自分のことしか変えられないんだよ。どんなに頑張っても他人は変えられない。もし変えられたと思っても、それは、その人が自分の力で変わっていったってことなんだから。」

「でも別にそんなことはいいんです。ただ、怪我をしないようにしたいだけなんです。」

「僕が言いたいのはそういうことじゃなくてね? 僕は君を変えるためにここに来たの。自分を変えるためにやってきたんだよ。分かる?」

「まぁ、はい。でもいいじゃないですか。ついでに白木くんの未来を変えても。」

「いいかもしれないけど、でも変えられないでしょ? 彼が大学生になった時にどうやって君は怪我を止めるつもりなの? もしかして同じように長距離走をやろうと思ってるんじゃないよね?」

「そこまでは考えてないですけど。」

「これ以上は君の人生に良くないと僕は思ってる。けど、もう少し君と彼が仲良くなって、僕のことも話せるようになって、それを彼が信じてくれるんだったらその時はそうすればいいと思うよ。どうかな?」

「まぁ、じゃあ、分かりました。大学までにそんぐらい仲良くなっときます。その時にはおじさんもよろしくお願いしますね。」

「ははは。頑張ってね。」


 やっぱり怪我のことを教えたいならおじさんのことを教えるしかないだろう。それが一番早いし、簡単な気がする。それを信じてくれるまで、俺はランニングを続けることにしようか。


 しかし、今日は一緒にゲームが出来て楽しかった。初めてちゃんと友だちが出来たような気がして嬉しかった。この問題は白木くんが大学生になるまでになんとかするとしよう。今はまだ焦るような時じゃないかもしれないな。

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