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 春といえばお花見だろうか。でも、あれってお酒飲む為のやつでしょ? 俺みたいな中学生には全く関係ないはず。

 それでも桜は綺麗なもので、ランニングをしているとついつい、上に目がいってしまう。春も悪くないな。そんなことを思いながら、桜の木の下を進んでいるとクシャミが出た。


 誰かが噂してるのかもな。噂してるとしたら、まぁ山口辺りかな? 別になんだっていいが、噂ならいい噂をしていてほしいものだ。


「ただいま。」

「ぶぇっすじょーん!! おかえび!」

「うわ、鼻水汚な! てか、何その変なクシャミ。キモ!」

 チーン(鼻をかむ音)

「いやぁ、もう、マジで花粉症がさ! もう、目がカユイカユイ! いや、痒いを通り越してもう、なんかよく分からん!?」

「おじさんって花粉症だったんですか? 俺まったくそんなのないですけど。」

「僕もさ、あれ? いつからだったかな? 覚えてないけど、いつのまにか花粉症になってたね……ぶえっくしょーん!!」

「いや、クシャミはしょうがないんですけど、鼻水なんとかなりません? めちゃくちゃ飛んでくるんですけど?」

「しょうがないよ! だって出るんだもん!」

「ティッシュとか持ち歩いてくださいよ! あ、また出そうに、あ!」

「ぶぇっくじゎーん!!」


 おじさんのクシャミ、なんか変だなぁ。俺も花粉症気をつけないと。何に? 何に気を付けたら花粉症ってかからないの?


「ハックショーン! あぁ、ヤバい!」

「森川も花粉症?」

「ってことはお前も? 奇遇だな!」

「いや、俺は違う。ちょっと知り合いが花粉症でさ。」

「なんだよ。ズルイなぁ。青木も花粉症の辛さ知らないやつか?」

「え? リカって花粉症なんだ? へぇ。」

「佐山はどうなのよ。その感じだと絶対違う感じだな。」

「私はマジで全然平気。あんたら大げさに言ってるだけじゃないの?」

「いや、お前。今日中に花粉症にかかれ。ハクショーン!」

「うわぁ! 飛ばさないでよ! 汚い!」

「悪りぃ。」


 佐山のクシャミってアレだよね。クチュン!って感じのやつだよね?


「白木くんって花粉症とかある?」

「うーん。分かんないけど、喉が痛かったりとかはあるかも。クシャミは出ないんだけどね?」

「それも花粉症なの?」

「そうらしいよ。僕もお姉さんから聞いただけだけど。」

「へぇ。そうなんだ。」


 この後、上田さんと山口にも話を聞いたけど、みんなちょっとは花粉症の症状が出てるらしい。頭が痛いとかも言ってたけど、それも花粉症なの?


 土手を少し進んで行くと綺麗な桜並木のようになっている。それを、たまに見に行くと、ブルーシートをひいたカップルが、お弁当などを食べてるところを見る。でも、目が痒い様子はあんまり見られない。個人差があるのかな。


「はっくしょー! あぁ、おかえりー。」

「ただいま。なんか、みんな花粉症でしたよ。やっぱり流行ってるんですね。」

「よく分かんないけどさ、なんか、スギが悪いらしいね? スギの花粉がまってるらしい。」

「桜じゃないんですか? てっきりそれだと思ってたんですけど。」

「桜もあるらしいけど、一番はスギだね。テレビでやってた。」

「へぇ。」


 この辺りにスギの木なんてあるのかな。まぁ、見せられてもどれがスギかなんて判別つかないけど。


「おじさんってお花見とかしたことあります? あれって楽しいですか?」

「え? あるよ。あのさ、通学の土手を進んで行くと綺麗な桜並木みたいなのがあるのね? そこをずっと散歩してたりとかあるよ。」

「それってお花見って言えるんですか? そこでなんか食べたりとか、みんなで集まったりとかは?」

「ないね。いや、そもそも、花見なんだから食べ物を食べる必要なんてないよ! 桜を楽しむ心が一番大事なんだよ!」

「でも、その理屈でいうと僕もさっき花見してきましたよ。そこ歩いてきたんで。」

「いいなぁ。本当に綺麗だよね? いやぁ、花見るだけでいいんだから、花見なん……ハックショーン!」


 さっきから出そうだなとは思っていたけど、出た。豪快に音を立てるおじさんのクシャミは、何かが爆発したんじゃないと思うくらい大きいな音だった。この至近距離でやられると、耳がおかしくなりそうだ。


 俺もいずれなるらしい花粉症は地獄の苦しみらしい。目が! 目が! と聞いたことあるようなことをずっと言ってるおじさんと、箱ティッシュを持ってきたクラスメイトの一人、そして、それに群がるみんな。

 クラスのゴミ箱には白いティッシュのゴミしか見えない。これは異常事態だ。

 しかも、彼らは花粉症ではない人に厳しい。正確には、花粉症どうしの結びつきが強すぎて、そうではない人との温度差があるのだ。


 今日も授業中にズルズルと鼻をすする音、そして、鼻をかむ音でカオスの様相をなしていた。


 そんなある日、学校の登校中に強い風が吹いてきた。その瞬間! 明らかに、鼻の中がムズムズとし始めたのである。これは……まさか!


 ハックショーーーン!!


 朝の澄んだ空気の中に、クシャミの大きな音が鳴り響く。その音は遠く、どこまでも響くようにも思えた。


 噂だ。誰かが、噂をしているんだ。それに違いない。だってそんな話をよく聞く。誰から聞いたのかは分からないが。


 春の風は強く吹く。またしても、風と一緒に鼻がムズムズとする。いつのまにか、目には涙が溜まっていた。それを拭くために目の辺りを指で擦った。

 鼻の中の、ムズムズとした感覚は、またもや限界を迎える。


 ひっくしょーーん!!


 またも、大きな音が響いた。


「あれ? 青木くん、目、赤いよ?」

「え? いや、そんなことないはず。」

「いや、でも真っ赤だよ? もしかして花粉症?」

「いや! そんなことないはず!」

「そうなの? 目さ、水で流した方がいいんじゃない?」

「あ、え、は……へっくしょーん!」

「うわぁ! 青木くん! すごい鼻水出てるよ? ティッシュ……ティッシュ……」

「おい! これ使えよ。俺はまだ持ってるからさ。」


 森川が差し出したのは、ポケットティッシュだった。まだ結構残ってたのにくれた。


 チーン。(鼻をかむ音)


「森川! ありがとぉ! お前、マジでいいやつだな。」

「気にすんなよ。俺も分かるからさ。」

「森川……森川!!」

「あの、青木くん? 大丈夫? これさ、あの、捨てとこうか?」

「白木くん! ありがとう! でも、そんな物捨てさせるわけにはいかないよ。俺が捨てる!」


 大量のティッシュが入ったゴミ箱に、仲間を一つ加えてあげた。


 昨日までの自分に戻りたい。そんな気持ちは当然ある。しかし、自分の弱さを受け入れること、これは人生において間違いなく大事なことだ。ならば! 俺も、俺が花粉症になってしまったことを受け入れるしかない。

 これは辛く、悲しい巡礼の道。春の訪れと同時に地獄の門が開き、我々は苦しまなければならない。しかし、それを耐え抜けたものこそが、真に冬を超えることが出来るのだろう。希望を捨てるな! 闇の中に光は必ずある!


 何言ってんだ俺は。


 家に帰る途中も、クシャミが何回か出た。人によって症状は異なるらしいが、俺はとにかく、クシャミが出る。ついでに鼻水も出る。

 もらったポケットティッシュの残り枚数も少なくなってきた時に、ようやく家に辿り着いた。


「おかえり!……あ、そのビニール袋の中に入っている大量のティッシュは! まさか!」

「そうだよ。この前はごめん。責めるようなことを言ってしまって。」

「いや、いいんだよ? 気にしないで! 僕も君の味方だから!」

「おじさん!」


 衣服についた花粉が、俺の大きな動きによって、舞い上がってしまったんだろう。


「「ハックショーン!!」」


 大きな音が、部屋に響いた。




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