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「で、なんで未来の俺がここにいるんですか?」


 当たり前の疑問をぶつける。だってありえないじゃん! 今まで未来の自分に会った人なんて聞いたことがない。もしかして未来ではタイムマシンが発明されているのか? でもなんで俺のところに?


「いやー僕も分かんないんだよ、だからそこは勘弁してよ、ねぇ。」


 頼りない返事が返ってきた。この人が分からないんなら俺は絶対分からないだろうな。


「じゃあ、いつ! この世界に来たんですか? それは分かるでしょう?」


 どうやって来れたかは分からなくても、来てからのことは分かるはずだ。


「実はそれも曖昧なんだよねぇ、なんか申し訳ないね。」

「じゃあこの部屋にはいつからいたんですか? それなら答えられるでしょ!」


「それは君が帰ってきた後だね。昨日、普通に布団に入って寝てたはずなのに、目覚めた時にはこの部屋に居たんだ!」

「それでね、目が覚めたらトイレに行きたくなっちゃったんだ。トイレを探しに家を歩き回ってると、君がゲームをしてるのが聞こえてきてね。そのゲームの音を聞いて懐かしい感じがしたんだよ。それでちょっと気づいたんだけど、もしかしたら過去に戻ってるかもって。」

「不思議に思って、はじめ居た部屋に戻ってみると、色々と懐かしいものが置いてあってね、それであぁ、ほんとにタイムスリップしたんだって思ったんだ。」


 なんだか頭が痛くなりそうだ。結局なんでタイムスリップしたのかは分からないのか。


「分かりました。お互いにこの状況をよく分かってないってことですね? じゃあ、今日はひとまず警察とか行かずにうちのリビングで寝てください。俺もあんたが未来の俺だってすこしだけ信じます。すこしだけですけど。」

「あぁ、それはありがとう! でも、ちょっとお風呂に入っても良いかな。久しぶりなんだよ湯船に入るの。」

「なんでですか? 忙しかったとか?」


 今でもブラックとかなんとか言われてるし、将来もっと酷いことになっててもおかしくない。他人事じゃないから興味を持って聞いてみると、恐ろしい答えが返ってきた。


「いやぁ、僕、働いてなくてねぇ、それでお風呂とかあんま入れなかったんだよ、親に気をつかっちゃってね。はは。」

「は?」

「いや、だから気をつかって入れなかったんだって。」

「働いてないんですか? 今いくつですか? 生活費は?」

「そんな一気に聞かないでよ、僕は28歳になるけど、

 未だに一度も働いたことがなくて、親の脛をずっとかじってるんだよ……」


 おい、俺! 何してんだ。マジで、28で職歴なしはヤバすぎる。俺、将来仕事してないの? なんで?


「え? もしかして、将来なんか大変なことが起こって、仕事が見つからないとかですか?」

「いや違うんだよ、むしろ景気は良くなってて、いくらでも仕事はあるんだけど、働いたことがなくて……」

「じゃあ、理由もなく無職なんですか? 俺は、」

「理由は一応あるよ、君、今中学生でしょ? で、来年受験があるよね? そこで僕は第一志望の高校に落ちてしまうんだ。それがキッカケになって精神的に参ってしまってねぇ、ギリギリ入れた高校を中退することになっちゃったんだ。でも、理由はこれぐらいかなぁ……」


 俺、高校卒業してないの? なんで? マジで?


「え、それでも別に働けますよね? 働いてない理由にはならないですよね?」

「うっ、痛いとこをつくねぇ、その通りだけどなんでだろうなぁ、ずっと働いてなかったなぁ。」

「え、じゃあずっと親にしがみついてたってことですか? 二十歳過ぎてたのに?」

「うん、でも君には分かってもらえると思ったのになぁー。」


 はっきり言って、分からなくもない。だって俺、将来のことまともに考えたことないし。でも! やっぱり何だかんだ上手くいくもんだと思ってた。俺もいつかは恋人が出来て、結婚してとかそういう当たり前の生活を送るもんだと思ってた。ん? 恋人? まさかこの人!


「あの、聞きにくいことなんですけど……恋人っていたことあります?」

「いたことないかなぁ。女の友達もいないし、恋人なんてあり得ないんじゃないかなぁ。」

「つまり、経験ないってことですか? ほんとに?」

「そんなさ! 人のプライベート立ち入って何が楽しいの? ねぇ!」


 このキレ方は童貞のキレ方だ。俺には分かる。しかし、どうして俺はこんなにも悲惨なことになってしまっているんだ。高校辞めたぐらいでこんなことにならないだろう。なんだか悲しくなってきた、この目の前にいるおっさんが将来の俺だなんて信じたくない。


「もし、未来には戻ったらちゃんと考えた方がいいですよ、将来のこととか、親のこととか。ほんとに。」

「でもさぁ、」


 何かを言おうとして躊躇っているようだ。もう恥ずかしいことなんて何もないだろう。


「でも、君も何も考えずに生きてるよね。僕には分かるよ。だって今日も早退したんでしょ? しかも宿題もやらずにゲームとテレビばっかり。人のこと言える立場じゃないよね?」


 いや、そのまま言葉を返してやりたいと思ったが、たしかに俺も将来のことは考えたことがなかった。てか、この人がほんとに俺だとしたら、二十歳を過ぎても考えることはないらしい。


「僕ねぇ、思うんだよ。僕が今ここにいるのは君が僕みたいにならないようにする為なんじゃないかって、だから君には今日から、この瞬間から頑張って欲しいんだよ! それが僕のためになるし、何より君のためになる。違う?」


 その通りかもしれないなぁ、流石にこうなるのは嫌だ。俺も将来のことを真剣に考える時がきたのかもしれない。でもなんかムカつくなぁ。


「たしかに言ってることは合ってると思うんですけど、でも、なんか変じゃないですか? そんな、頑張ってもいない人から頑張ってと言われてもなんとも思えないんですけど。」

「たしかに、君ならそう言うと思っていたよ。だから君に良いことを教えてあげる。」

「なんですか?」


 すこし呆れながら聞き返した。もうこの目の前にいる人間を視界に入れたくない。俺がこんな人間になってしまうことがショックで仕方がない。


「君は佐山レイナさんに告白も出来ずに、中学を卒業するよ。今はいつか伝えようと思ってるみたいだけど、そんな機会一度もなかったから。もし君がそのままでいるんだったら、間違いなくレイナさんに思いを伝えることは出来ないよ。」


「いいの? それでも? 他にも、自転車は乗れないままだし、バスも電車も乗れない。しかもお洒落なカフェなんて店の前にも立ったことないよ。いいの? それでも?」


 良くない。良くないけど、なんでこんなにやる気が出ないんだろう?分からない。自分が分からない。


「あの……今日はもう寝ませんか? なんだか疲れちゃって、明日からでいいじゃないですか?ちょっと混乱してて、」

「分かるよ! でも、やらないでしょ! 僕には分かる。君が明日になっても宿題をやらずに、未提出でも誤魔化してなんとかしようとするの分かる。」

「僕もね、ダメだと思わないよ、僕もそうだから。でもねぇ、君がそのまま生きていくと、僕みたいになるよ! それでもいいの!?」


 心がすこし揺らぐ、はっきり言って俺はこの人のことをそこまで嫌いじゃない。だって分かるから。気持ちがなぜか分かってしまうから。ほんとに俺なのかもしれない。


「僕みたいに仕事もせず、童貞で、親のスネをずっとかじって、好きな人に告白も出来ないような、そんな人間になっていいの? ねぇ!」

「分かりました! 俺も、ちょっと考え直しました。とりあえず、今日は宿題終わらせちゃいます。ひとまずそれで納得してくれますか?」

「うん。それでいいよ。それは君にとって、大きな一歩になると思う。なんとなくそんな気がするよ。」


 宿題をすることになった。もうすでに日付は変わっており、今から寝ても7時間しか眠れない。宿題はいつ終わるだろうか? それも分からなかったが、やるしかないだろう。


 俺は決めたぞ! 将来必ず働くし、恋人も作るし、佐山さんにも告白する! あんな大人になってたまるか! 俺は必ず真っ当な道を歩んで見せるぞ。

 カバンから宿題のプリントとノート、それから筆記用具を取り出して、机に向かう。数学のプリントを見つけていると、またもや眠気が襲ってきた。でも、頑張るしかない。俺がやるしかないんだ。今日中に絶対終わらせるぞ!


 未来の俺がヤバすぎるので今日から本気を出す。

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