45

 

 まだ、太陽が見えない。おそらく早朝だろう。ベランダに母親がいて、佐山さんが部屋の角の方でぶつぶつと独り言を言っている。

 どっちに行こうか迷っていると、ケータイの音が鳴った。ひと昔前の、いわゆるガラケーと言われる物だ。


 画面を見ると、カマキリの頭をしたスーツを着た人間からメールが来ていた。自分はその人を偉い人、もしくは偉そうな人だと知っている。

 パカっと開いて、中身を見ると不思議な言葉で何かが書いてあった。全く読めなかったので、母に聞いてみようかとベランダへ通じる窓を開けると、強い風が吹いた。


 外はもうすでに、陽が傾いていた。夕方のぼやけている光が雲の隙間からオレンジを差し込んでいた。


 僕はそれに見惚れてしまった。ずっとずっと見惚れていると、今までとは逆の方向の、部屋の中から強い風が吹いた。それに押されて、ベランダへ飛び出し、落下防止の柵に寄りかかってしまう。


 柵が崩れ、そのまま強い風に乗って、自分の体が浮いた。数秒間の浮遊の後、風が止んで、体が地面に向かって、落下していく。

 地面に着くまでの間に息ができなくなり、苦しかった。その苦しみのまま、地面に落下した。


「うわぁ!!」


 飛び起きた。あぁ、夢か。全身が汗だくで、しかも枕も湿っていた。めちゃくちゃ悪夢だったな。落下していく時に本当に息ができなかった。いやぁ、あんな夢はもう見たくないな。


「どうしたの! なに! あれ!? 黒光りするやつ!?」

「え、どうしたんですか?」

「いや、めちゃくちゃ悲鳴あげてたじゃん。虫でしょ? 最近暑くなってきたからね。殺虫剤買っとかないとやばい。」

「虫じゃないです。変な夢見ただけです。」

「あ、良かったぁ。僕、黒光りするアイツだけは本当に無理なんだよねぇ。良かったぁ。」

「変な心配させちゃいましたね。」

「でも、どんな夢だったの? 変な夢ってさ。」

「まぁ、色々あったんですけど、落下する夢っていうか、ベランダから落ちちゃう夢です。」

「あ……そうなんだ。それは……怖かったね! いやぁ、確かにそれは怖いね。」

「全身汗だくなんでシャワー浴びていいですか? その間に朝ごはんとか作ってくれると助かります。」

「じゃあ、作っとくからさ。シャワー浴びちゃえ!」


 この頃、暑くなってきた。俺の寝室にはクーラーがついていないので、熱帯夜はこの身一つで耐えぬくしかない。もし、どうしても耐えられなくなると、リビングのソファで寝ることになるのだが、起きるといつも身体がどこかしら痛くなっているので、どっちにしろ辛い。クーラーほしい。


「だいぶ暑くなってきたね。もうさ、お粥とか嫌じゃない?」

「でも、それぐらいしか朝は食べれないですよ。他になんかありますかね。」

「うーん。コーンフレークとか買ってみたら? 僕はすごい好きだったよ。」

「でも俺、牛乳ちょっと苦手なんですよ。飲み過ぎるとお腹壊しそうで。」

「そうだったね……もうさ! 普通のご飯にしてみる? なんでも食べれるようになってると思うよ。」

「そうですかね。」


 昔に比べると朝に強くなった。登校中に歩きながら寝ていた自分はどこに行ってしまったのだろうか? 目の前にいるのか。


「じゃあ今度から別のやつ頼んでもいいですか?」

「分かった! 納豆とか、魚とか朝っぽいものを用意しておくね。」

「いや、買ってくるのは俺じゃないですか。」

「そうだった。」


 今日はおかゆを食べた。さっきシャワーを浴びたせいか発汗が良くなっていて、汗が額から何滴か出ていた。流石にもうおかゆは終わりかな。


「いってきまーす。」

「いってらっしゃい!」


 ふりかけとかでいいかな。今のうちにスーパーで買うものを決めておこうか。

 毎日、魚を焼くなんて大変だし、そもそも家にグリルとかあったっけ? てか、俺そんなに焼き魚とか好きじゃないな。じゃあ缶詰とかにしようかなぁ。ツナとか買えばご飯いくらでも食べれそうだし。


 悩みながら歩いていると、白木くんが家から出てくるところがたまたま見えた。そこに早歩きで向かって、話しかける。


「おはよう白木くん。」

「あ、おはよう。ここで会うの珍しいね。」

「今日さ、起きたとき汗だくになってたからさ、シャワー浴びてたんだよ。それで、ちょっとだけ、家出るの遅くなっちゃった。」

「そうなんだ。最近すごく暑いもんね。僕の部屋にはエアコンないからさ。僕も起きる時は大変。」

「夏になったらどうしようかなぁ……そういえばさ、白木くんって朝ご飯なに食べてるの?」

「いきなりだね。どうして朝ごはん?」

「あの、俺いつもおかゆ食べてたんだけど、最近暑くてさ、嫌になってきちゃったんだよね。」

「はぁ、そうなんだ。」

「だから参考にしたいんだよね。朝なに食べてるか。」

「僕は基本的には昨日の夜ご飯の残りとか食べてるよ。でも、いつも果物は用意してある。」

「果物か。それいいかもな。」


 バナナとかなら簡単に食べられるし、いいかも知れない。帰ったらスーパーで見てみようかな。


 学校が終わり、家に帰ってからその話をおじさんにしてみた。


「フルーツはいいねぇ。朝にぴったりだね。」

「そうだよね。ちょっと買ってくるわ。」


 スーパーの中に入って果物のコーナーを探す。野菜の近くにあることは覚えていたので、その辺りを探すとすぐ見つかった。とりあえず、安かったバナナをカゴに入れて、その他に食べたいものを選ぶ。


 りんごとかいいよな。皮を剥くのめんどいけど、別に皮ごと食べればいいだけだし。そこまで高くないし。

 その後も適当にカゴへポイポイと入れていった。自転車のカゴには見事入ったが、合計金額はちょっと高かった。


「ただいま。買ってきたよ。」

「お? 色々あるね。ぶどうも買ったの?」

「まぁ、一回食べてみようかなって思ったから。」

「ふーん。僕もちょっと食べていい?」

「もちろん。でも、朝ご飯用だから、食べすぎないでね。」

「オッケー。分かっとるわい!」


 なんか変な返事をされた。まぁ、別になんでもいいけど。


 皮ごと食べるつもりだったりんごは、おじさんが包丁で上手いこと剥いてくれた。途中で千切れていたが、皮は長い一本で繋がっている。前から思ってたけど、変なところで器用なんだよな。


「久しぶりに食べると、美味しいかもね。」

「美味しいかもってなんですか。普通に美味しいでいいじゃないですか。」

「まぁ、思ったほどじゃ無かったかなって。」

「こんなもんじゃないですか? 知らないですけど。」


 果物を買ったせいで、夜ご飯のための食材を買うのを忘れた。これからまた行くのも面倒なので、家にあるものと、りんごやバナナなどで済ませた。

 明日のための果物は、もはや夜ご飯になってしまっていたが、たくさん買ってきたので、まだ残っている。おじさんはまだ、食べたそうにしていたが、無くなってしまうと困るので、ごちそうさまをした。


「じゃ、明日はよろしくお願いします。間違えておかゆ作らないでくださいよ。」

「流石に大丈夫だよ。てか、暑くない? こっちで寝たら?」

「そうしようかな。でも、おじさんはどこに行くんですか?」

「寝室に行ってもいい?」

「暑くないですか? まぁ、いいならいいんですけど……」

「それじゃ、おやすみ!」

「おやすみなさい。」


 リビングのソファで寝ていると、おじさんが布団を引いてくれた。いつもと違う環境だったので、すぐには眠れなかった。それに、今日みた夢のことも気になっていた。


 それでも不思議と横になっていると、だんだんとぼんやりとしてくる。よし、本気出せば寝れるぞ。


 考えていたことを中断して、何にも考えないようにすると、いつのまにか寝ていた。




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