5

 

 バスが目的の駅に着いた。一応、まわりの人の迷惑にならないように一番最後に降りる。やり方が分からずに困っていると、バスの運転手が事務的だったが、教えてくれた。


 駅構内はたくさんの照明がついていて、人混みの中の一人一人の顔がはっきりと見える。その中で遠くの方に知り合いが混ざっている。多くの友達に囲まれていて、四、五人はいただろうか。ずっと見ているとどうやら向こうも俺に気づいたらしく、近寄ってくる。


「お、青木! 用事って言ってたけどもしかして、あそこのショッピングモールいくの?」

「うん、そうだけど、」

「え、マジで! 俺たちもそうなんだよ!  一緒に行かね?」

「そうしようか? でも、俺まだ切符買ってないから。」

「あ、そうなの? 早く買ってこいよー!」


 山口に急かされる。しかし俺は切符を買う機械を今初めて見たので、買い方が全くわからない。それの前で立ち止まっていると、山口が話しかけてきた。


「あれ?  もしかして分かんない?」

「……うん、実は買うの初めてなんだよね。」

「代わりに買おうか? もう電車来ちゃうし早くしようぜ!」

「ちょっと後ろで見てていい?」

「もちろん。帰りは自分で買えるようになれよ?」


 山口は慣れているようで素早く切符を買った。後ろから見ていると、案外簡単に買えるようになっていて、おそらく帰りは自分で出来るはずだ、渡された切符で改札を通る。どこの電車に乗ればいいのか分からなかったが、彼らについていき、事なきを得た。ホームで電車を待っていると山口の連れの女性から話しかけられた。たしか、名前は上田さんだったかな?


「青木? あんたなに買いに行くの?」

「あ、ちょっと頼まれてて。」

「お使いってこと? 大変だね。あんたも。」

「みんなはカラオケ行くんだっけ?」

「まぁ、そうだけど、結局行ってみないと分かんないよね? 気に入ったものがあれば適当に買うし。」

「ここにはよく来るの?」

「まぁね、塾がない日はみんなで集まってるかな? 山口といると楽しいしさ。」

「みんな同じ塾なんだ。」

「まぁ、そうだね。」


 電車が目の前で止まった。彼らと同じ車両に乗るとギュウギュウ詰めになって喋るどころじゃなくなった。こんな大変な思いをして、電車に乗っているのか、そんな中でも山口たちは仲よさそうに話している。流石に混ざることは出来ず、静かに目的地に着くのを待っていた。

 アナウンスの声がショッピングモールの名前を告げる。どうやら次、止まるらしい。電車が止まると人が一斉に車両から出ていった。ほかの人達の目的もここだったらしい。駅の改札を出て、すこしひらけたところで山口達と合流する。


「それじゃ、何しよっか? とりあえずなんか食べる?」

「ごめん、めちゃくちゃ買い物頼まれてるから、急がないといけないんだよね。」

「オッケー、じゃ、一旦別れるか? もし時間があったら一緒に帰ろうぜ!」

「うん、分かった。それじゃまた。」


 山口達と別れて建物の中に入ると思ったより広い。買い物リストはパッと見ただけでも二十くらい書いており、もしかしたら今日だけでは出来ないかもしれない。補導されてしまう時間を考えると、ここに居られるのは二時間くらいだろうか? とにかく色々と回ってみるか。

 まずドラッグストアに向かうと、化粧水やら、ワックスやらが置いてあった。ここでリストに書いてあるものの大半は買えてしまう。お金には困っていなかったので、適当にポンポンとカゴに商品を入れていった。これだけなら別にここまで来る必要がなかったんだけど、奇妙なものがたくさん書いてある。


 スマホは俺一人じゃ買えないだろうし、お洒落な服もちょっときつい、しかも片手はなぜかリストに書いてあった枕で埋まっていて、これ以上物を買うことは無理だろう。残った物を見て、唯一持てそうな小説と計算ドリルを買いに行くことにした。


 ショッピングモールの奥の方に小さな書店があり、漫画や雑誌などが並べてあった。ドリルは適当に選んだのだが、小説は棚にずらっと並んでいて数がありすぎて決められない。読めそうな小説を探していると、ノーベル賞だかを取った作家の作品があったので、手に取る。表紙に雪が降り積もっていて、これからの冬にちょうどいいだろうと思う。しかも、棚の中でもかなり薄かったので一つはこれに決めた。もう一つはどうしたらいいだろうか? 棚の前で迷っていると、後ろから声をかけられた。


「あれ?  青木じゃん? そんなに荷物持ってどうしたの?」

「上田さん? お使いがあとすこしで終わりそうなんだけど、決められないことがあって、」

「なに? 言ってみな。」

「小説を二冊買ってこいって言われたんだけど、もう一冊が決まらないんだ。」

「へぇ〜、小説ってなんでも良いの? うーん。それならさ、これ読んだら?」

「なにそれ?  作者は知ってるけど、作品はわかんないな。」

「え! これ分かんないの?  読んだことないならちょうど良いから買いなよ! どうせなにも読みたいのないんでしょ?」

「じゃこれ買おうかな?」


 渡された本の作者は国語の教科書で見たことある作家だった。この人確か自殺したんだよな。ギリシャあたりの話を書いてたような気がする。上田さんは俺が会計をしている間、枕を持ってくれていた。


「山口たちとは、はぐれたの?」

「いや、別に? 本屋行きたいって私が言っただけだよ。」

「そうなんだ。戻ったらさ、俺はもう帰ったって言っといてくれない?」

「いいけど。てかさぁ、荷物多すぎじゃない? あんたの親、マジで酷い奴だなぁ。こんなに買い物頼むなんて。」

「いや、親じゃないんだよ。ちょっと知り合いのおじさんで、」

「これ持って帰るの大変でしょ? 私持ってあげよっか?  帰る駅一緒でしょ?」

「いや、いいよ、だってみんな心配するでしょ?」

「私携帯持ってるから大丈夫だよ。じゃあ帰ろっか?」


 上田さんはみんなに電話をしてから、軽そうな荷物を持ってくれた。このまま二人で帰ることになるのか? 断ろうかとも思ったが、両手どころか全指が塞がっているので、助けてもらえるならもらいたい。今は上田さんに頼って荷物を持ってもらうことにしようか。


 ショッピングモールを出て、駅へ向かう。今度は自分で切符を買い、改札口の近くで待っていた上田さんと合流して、ホームへ行った。


「てか、なんか変なものばっかり買ってない? 枕とか小説とかさ。」

「まぁ俺が買おうと思ったわけじゃなくて頼まれたやつだから。」

「そうなんだ。じゃあこの化粧水とかもそうなの? てっきりあんたのだと思ってたんだけど。」

「それは知り合いに勧められたから使ってみようかなぁって思って。」

「ふーん、そうなんだね。」


 駅のホームでなんでもないことを話していると電車が止まった。スカスカだったので、座ることにした。


「いやぁ、本当にありがとう。上田さん。限界近かったんだ。」

「気にしないでよ、そんなこと。」

「なんか困ったことがあったら言ってね? 手伝うからさ。」

「え、そう? じゃあその時はよろしくね?」

「うんわかった。俺にできることなら。」


 案外何事もなく、買い物を終えることができた。心配していたが、思ったよりなんてことなかった。しかし外は夜になるにつれて寒さを増していて、体がすこし、ブルブルと震えていた。


「上田さんはそっちのバスなの? 俺こっちだから、お別れだね。」

「あのさ、」

「ん? なに?」

「上田さんってやめてくんない? 栞って呼んでよ。みんなそう呼んでるから。」

「分かった。でもさんはつけてもいいかな? ちょっと、いきなり呼び捨ては出来ないかもしれない。」

「いいよ。私も下の名前で呼んでいい?」

「もちろん。全然いいよ。」

「じゃ、バイバイ。ユウトだっけ?」

「そうだよ。また明日。栞さん。」


 別々の停車場でバスを待っている。こんな経験したことがなかったから、まだ胸がざわざわしていた。じっとしていると相当寒くて、暖かいバスに早く乗ってしまいたかった。

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