8
おじさんがリビングで眠っていたので、ゲームをするのはやめて、寝室にこもる。買ってきた物を取り出して、ジャージを着てみた。試着の時は緊張して良くわからなかったが、思ったより着心地が良くて、ランニング以外にも使えそうだった。部屋着にでもしようかな?
そうだ! まだ外は暗くなってないし、せっかくだから走ってみようか。着いていたタグをすべて外して、帽子を被った姿を鏡で見ようと洗面台に寄るとおじさんが起きていた。
「あ、おはようございます。ずいぶんと寝ましたね。」
「うん……あ! その姿はランニングに行くのかな?いいねぇ、すごく似合ってるよ!」
「ありがとうございます。これで外走っても大丈夫ですかね?」
「全然問題ないよ! でもあんまり無理しないでね? 多分思っているより、すぐ疲れるから。」
「あ、そうなんですね。まぁ、ちょっと試しに走ってみるだけなんで、すぐ帰ってきます。」
「それじゃ行ってらっしゃい〜」
鏡で確認は出来なかったけど、おじさん曰く問題ないらしいので、そのまま外に出て行った。この前の散歩で走ろうと考えていた土手まで歩く。まだまだ明るかったが陽は傾き出していて、そろそろ急に暗くなる時間だ。太陽に雲がすこしかかっていて、風も吹き出してきた。ジャージだけでは寒そうだったが、走って体を動かせば温かくなるだろう。
土手に着くと、前に見た男性が走っていたので邪魔にならないように走り始める。風を切って進んでいく感覚が楽しくて、スピードが速くなっていく、一直線のこの道には遮るものが何もなく、しかも、道は幅が広いので、向かいから人がやってきても何の問題がなかった。
走り始めれば温かくなると思っていたものの、走ることで風が強く自分に吹いて、寒くはなかったが、温かくもなかった。だけどそれぐらいが走るのにはちょうど良かった。
まだ走り出してから時間は経っていなかったが、呼吸が荒くなり、足が重たくなってしまった。こんなに真剣に走ったのはいつぶりだろうか? 体育でも走っていたが、流して適当に走っていた。自分が走れるだけ走ったのはずいぶんと久しぶりな気がする。
後ろを振り返ってみて、どのくらい進んだのかを確かめてみると、おそらくまだ500メートルも進んでいない、こんなに体力が落ちてしまったんだろうか? たしか持久走大会では4キロも走ることになっていたと思う。おじさんは下から5番目を取ったらしいが、このままでは俺もそうなってしまうだろう。
帰りに走るような体力は残っていなくて、そのまま歩いて帰ることにする。辺りも暗くなってきたので、もうやめ時だろう。しかし、こんなに走ることが出来なくなっていることに驚いた。大会までに普通の中学生くらいの体力に戻っておきたい。また今度走ろう。
遠くの方で彼がまだ走っているのが見える。どうやったらあんなに速く、そして長く走ることが出来るんだろうか?
「あー疲れた。ただいまー」
「おかえり! どうだった? 思ったより走れなかったでしょ?」
「うん、こんなに疲れるとは思わなかったなぁ。」
「でも、大丈夫だよ! まだ一ヶ月くらいあるよね? たしか。」
「二週間後だよ? そこまでになんとかしないと。」
「毎日走ればきっと大丈夫。もうお風呂入っちゃいなよ。沸いてるよ。」
おじさんはお風呂が好きなようで帰ってくるといつも沸いてる。あんまり一番風呂とか気にしないが、たまには最初に入りたいかもしれない。まぁ勝手にお湯が入っているのは有り難いけど。
ジャージを洗濯機に入れる。中をみるとだいぶ洗濯物も溜まってきてしまっているようだった。明日も休みなので、干そうかな。
やる事はは何も無かったので、風呂上がりにゲームを点けた。久しぶりにやって腕が鈍っていると思っていたのに、なぜか上手くなっている。ずっと停滞していたレートが今日だけで三日分ぐらいは上昇している。
「懐かしいなぁ、それ僕ずっとやってたなぁ。」
「へぇ、上手いんですか?」
「あんまり……なんか上手くいかないんだよねぇ。」
「ちょっとやってみます?」
「いや、いいよ。息抜きなんだから僕のことなんて気にしないで……」
「いや、別にいいですよ。そろそろやめようかなって思ってたんでやってください。」
「じゃあやってみようかな。」
操作を思い出すためにオフラインで確認して、オンラインの世界に潜る。おじさんは案外上手くて、初戦をしっかりと勝利していた。それからもドンドンと勝ちを重ね、後ろから見ていて気持ちよかった。
「上手いじゃないですか。思ってたよりしっかり動けてる。」
「そうだね。僕もちょっとびっくりしてるかも?」
「敵来てますよ?」
「あ……」
話しかけてしまったせいかおじさんは凡ミスで負けた。
「すみません、なんか邪魔したみたいになっちゃって。」
「楽しかったなぁ。なんか僕もごめんね? コントローラー変わろっか。」
「あ、俺はもういいです。やってていいですよ。」
「僕ももういいかな。スイッチどこだっけ?」
ゲームの電源を落として、テレビのチャンネルを色々と変えてみるがあんまり見たいものはなかった。最近ゆっくり眠れてないし、そろそろ眠ろうかなと悩んでいるとおじさんが真剣な顔をして話しかけてくる。
「これから多分、大変なことが色々と起こると思うんだよ。意外なところから、君を追い詰めるように。」
「え?」
「でもね? 一つだけ覚えておいて欲しいのは、僕はずっと君の味方だから。それだけは間違い無いから。」
「どうしたんですか? いきなりそんなこと言われても良く分からないです。」
「君のことは僕が多分、一番よく分かっているから。」
「はぁ。」
なんでそんな話をされたんだろうか? よく理解できないままテレビをボーッと眺めていると、おじさんは立ち上がって、洗面台に向かった。
「洗濯物溜まってるね? 明日は晴れるのかな?」
「晴れるみたいですよ。今、天気予報でやってます。」
「じゃあ明日、干しとこうか? 最近疲れてるでしょ。」
「別にそれぐらい自分でやりますよ。どうせ僕もやること無いんで。」
「そっか。まぁ、そうだよね。」
なんだか微妙な空気になってしまったのでら寝る支度を始める。バスタオルなどを洗濯機に入れ、明日のお昼頃に回るように時間を設定する。せっかくだし、起こしてもらおうかな。
「明日も今日と同じ時間に起こしてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ! いやぁ、君も早起きの良さに気が付いたんだね。」
「え、おじさんは早起きじゃないですよね?」
「なんで言うのかなぁ。本当は僕も夜に寝て、朝起きたいんだけど、どうしても出来なくてね。それで仕方なく朝まで起きてるんだよ。つまり気持ちとしては早起きしてるんだ!」
「そうなんですね……あんまりよく分からないですけど。」
「ははは……まぁ、とにかく明日はちゃんと起こしてあげるから安心してね。」
「お願いしますね? それじゃおやすみなさい。」
「おやすみー」
寝室に戻り、意味ありげなおじさんの言葉を思い出す。なんか嫌なことでも起こるんだろうか、心配していてもしょうがないけどすこし気になってしまう。もしかしたら高校に落ちたことだけが、おじさんの分岐点じゃ無かったのかもしれない。教えてくれれば対策が取れるから有り難いのに。
そんなことを考えながらも、ランニングで疲れた体は眠りを求めていた。考えが形になる前に眠りに落ちそうになる。思えば前よりも寝付きが良くなった。布団に入ってから何十分も、眠れていない時間が今まではあったが、そんなことは少なくなっている。
あぁ、眠い。眠いネムイねむい…………
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