未来の俺

カレメロン

1

 

 あの大きな白い雲の向こうには何があるんだろう。そんな、誰もが一度は思いついたであろうことを考えてみる。


 普通に考えれば、宇宙だろうか? でも俺には、青い空の向こうに真っ黒な宇宙があるということがあんまり分からない。じゃあ、天国でもあるというのか。雲をじっと眺めているとそっちの方がよっぽど現実的に思える。現実的に考えればあり得ないけど。


 俺は気分が悪い、ということになっている。いつものように早退してまだお昼時の空を、公園のベンチに座って見上げる。ボーっとしている時間が一番好きだ。


 家には誰もいないので、学校から家に電話が来ても問題ない。しかし、帰宅したら連絡するように言われているから、あまりゆっくりもしてられない。帰りが遅すぎるとめんどくさいことになってしまうだろう。ただ、ここから動くのはもっとめんどくさい。もうどうしたらいいんだ。


 迷ったあげく立ち上がる。空も見飽きた。自治体の人たちが、ボーボーに生い茂っていた草を刈った土手道は遮るものが何もないので、風が気持ち良くあたった。向かいの土手には濃い緑の木々が生い茂っている。あれは神社の境内だ。空に広がっていくような緑が気に入って、首をずっとそっちに向けて歩いた。


 土手から一般道に出て、家へ向かった。瞬間移動ができたらすげぇ楽なのになぁ。


 公道の横には田んぼが広がっていて、どこまでいっても黄色の稲穂が実っている。これだけあればどんぐらいのメシが炊けるんだろう? しょうもないことを考えながら進んでいくと、家にたどり着いた。中学の学ランからラフな格好に着替えるとさっそく先生へ連絡する。


「二年三組の青木ですけど、鈴木先生居ますか?」

「あ、ちょっと待っててね、あのー鈴木さん? 青木くんです。」

「青木おつかれ、明日は来れそうか?」

「あ、はい、もうだいぶ楽になってきたんで、なんとかなると思います。」

「じゃあ、お大事に。」


 ガチャッと電話が切れた。先生は事務的なやりとりしかしない。だが、これで今日はもう一日フリーになった。さてさてゲームでもするか。



 ゲームをしていると日が暮れていた。夕暮れのオレンジが窓の外に見える。ここはマンションの八階なので、太陽が下にゆっくりと落ちていくのがなんとなく分かる。それにつれて雲が逆光で黒く染まって、黒と発光したオレンジが綺麗で見とれていた。


 夕方もそろそろ夜になろうとしている。やることが山のようにあるので、今はゲームをやめなければならない。お風呂に入ったり、ご飯を食べたり、色々しなきゃならん。宿題もあるし、これからが忙しい。


 自分でレトルト食品を作り、食べてから風呂に入った。風呂上がりに髪を乾かしながらテレビをつけると、いつも楽しみにしているバラエティ番組がやっていた。これを見終わったら宿題をやるとしよう。だが、テレビ欄を見てみたら二時間スペシャルだった。録画で見ようか迷ったが、終わり次第すぐに宿題へ取り掛かれば明日までには終わるだろうと思い、テレビに集中する。


 あっという間に二時間がたった。バッグにしまってあった宿題に取り掛かろうと机に向き合うが、番組が終わった途端、眠気に襲われて宿題どころではなくなった。こんな状態でやっては覚えるものも覚えないだろう。寝よう。それが一番だ。さっそく部屋の電気をすべて消し、歯磨きなどの寝る支度を済ませ、寝室へ向かった。


 寝室は真っ暗で何も見えない。明かりはつけずに暗闇を手で探りながらベッドに向かった。布団を掛けて横になっていると、ガサガサと音がする。なんだろうか、強盗でも入ったんだろうか、それとも、黒光りするやつか? 頭の片隅にそんな考えがよぎっていたが、どうせ気のせいだろう思い、気にしないことにした。


 眠りに入ろうとしていると、ガサガサがガタガタに変化して、でかい音が部屋中に響いている。絶対誰かいるじゃん。俺はなるべく音を立てないように布団から出ると、たまたま近くに落ちていた三十センチ定規を握って立ち上がる。まずは明かりだ。明かりがついて相手がびっくりしたところを定規でぶん殴ろう。正当防衛だ。多分。


 入り口まで行き、手探りでスイッチを見つけた。深く、でも静かに深呼吸をしてスイッチをつける。すると! 三十歳くらいのおじさんが飾ってあった少年マンガのキャラクターフィギュアを握っていた。まさか、フィギュア泥棒? UFOキャッチャーで二千円したあれを取られたらちょっとだけムカつく。相手はビックリして目をパチくりしていたので、相手が驚いている隙に定規を振り下ろそうとした。


「ちょ、まって、待って! 怪しい人じゃないから!」


 定規を頭に向かって振り下ろす。そんな言葉でやめるようなお人好しじゃないんでな。


「いたい! 待って、待って〜、僕は君なんだよ! だから殴らないで〜」


「え、何言ってんすか?」


 流石にやめた。こいつ何言ってんだ?


「それ、どういうことですか? まったく意味わからないんですけど。」

「それじゃ、特別に教えてあげるよ……僕は未来の君なんだ! つまり、十年後の君なのさ!」

「そんなこと信じると思ったか!」


 定規を自分の頭の上に持っていき、両手でしっかりと握り閉める。今度は仕留め切るように力をためた。こいつヤベェやつだ。


「ちょ、危ないって、待った! 証拠があるんだ! 証拠が!」


 ん? なんだ証拠って。


「君は、となりのクラスの佐山レイナさんが好き! そうでしょ? 合ってるよね! これは絶対君にしか分からないことだよね? だって俺は結局、こくは!」


「死ねぇーー!」


 もう話を聞く必要はない、俺のありったけを込めた。


「うわぁーー! ほんとなのに〜」


 どうやらほんとみたいだけど、今は殴らせてくれ。頭は避けて、胴体や腕などに定規をぶつける。あとで話を聞く必要があるから、生かしておかなきゃいけない。


 俺はほんのすこしだけ、こいつが俺であることを信じた。しかし俺は、一体こんなところで何してるんだ? 未来の俺は一体どうなってしまったんだ!

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