39

 

 自転車は未だこの場所に居座っている。盗まれたりしたくて良かったが、俺の家に帰ってくることもなかった。

 せっかくだからとスーパーでお菓子とコーヒーを買った。今度はしっかりカゴの中に収まったので、歩く必要はない。後は帰るだけだ。

 自転車に跨り、何度も行き来した道を走っていると、不思議と昔を思い出した。結局歩いても走っても思い出すのか。しかし、昔は歩いてたけど、今思うと結構めんどくさくなかったのかな。

 間違いなく、自転車乗れるようになった方が楽だし、簡単だし、デメリットは忘れることぐらいじゃないか?

 それでも俺は自転車に乗ろうとしなかった。マンションの駐輪場で眠っていたのに。

 多分、俺は何かを始めるのが苦手なんだ。だから、未だに、未だにっていうか、将来の俺はニートなんだ。始められないまま、時間が過ぎていってしまい、それのせいでもっと始められなくなってしまう。悪循環だと思う。

 でも、俺はそんな、ダメな自分に助けられてる。精神的なとかじゃなくて、直接やってきて、助けてくれている。

 おじさんが来なかったらどうなってたんだろうと考えることもあるが、その答えがおじさんなのだ。考える必要はない。けど、本当にそうなのかなと思うこともあった。


 自転車が風を切って走って行く。自分には分からない仕組みで、何故か走って行く。

 世の中は分からないことだらけだ。自分のことも将来のことも。そのはずが俺は教えてもらっている。それでもまだ分からないことの方が多いけど。

 マンションに着いた時には空が真っ暗だった。こんなに暗くてもライトのお陰で、マンションは光り輝いている。俺には分からない仕組みで光っているのだ。


「ただいま、やっと帰ってこれたよ。」

「おかえり! なんか遅くなかった? もう支度終えてるよ?」

「あ、ありがとね。あの、ついでに買い物してたからさ。」

「そうなんだ。お疲れ。」


 台所を見ると既に切り刻まれた野菜たちの無残な姿があった。これを煮込んで器に入れてテーブルで食べる。鍋の良さは無くなってるかもしれないけど、味は変わらないはず。


「じゃ、もうお肉とか入れちゃうよ?」

「オッケー。楽しみだなぁ。」


 豆乳の鍋だ。ここに野菜やお肉を入れた。そのうち熱が入ってきて、野菜の葉がシナシナになり、お肉の色が変わった。食べ頃の合図が分かった。


「もうよそっていいですよ。それか、俺がやっちゃいますか?」

「いや、自分で選びたいかも。あ、火、弱めといた方がいいんじゃない? 熱が入り過ぎちゃうかも。」

「分かりました、じゃ、こんなもんかな?」

「この鍋美味しそうだね。豆乳か、僕がちょうど食べたかったやつだよ。」

「あ、そうですか? 勝手に変わり種選んじゃったんで、嫌いだったらどうしようとか気にしてたんで、良かったです。」

「もう完璧! 豆乳が一番だね! 鍋にはね、豆乳だね。」

「あ、そうですか。」


 本当は別の味が良かったんじゃないかって疑うぐらい、豆乳を喜んでいる。


「さて、食べようか。」

「じゃ、頂きます。」


 豆乳鍋ってどんな味するんだろ。好奇心で買ったのはいいけど不味かったらどうしよ。

 一口入れると見た目の割にしっかりと味がした。豆乳の味というよりも豆腐だ。豆腐の滑らかな口触りが肉や野菜を包んでいて、食べやすい。クリーミーとでもいうのだろうか。

 パッケージをよく見てみると豆乳だけでなく、味噌も入っているみたいだ。なるほど、もっと空気食べてるみたいになるかと思ってたけど、味噌の味が具材に移って美味しくなっている。


 不思議とお皿はすぐに空になった。味噌と豆腐と優しい味付けなので、しつこさが残らず、無限に食べれる気がするほど、美味しい。


 台所でお鍋にお肉や野菜を投入して、しばらく待つ。

 本来なら食べながら待てるんだけど、まぁ仕方ないだろう。カセットコンロっていくらぐらいするのかな。そういえばあれからお好み焼きも食べてない。ホットプレートも買ってない。

 おじさんも空になったみたいで、お皿を持ってやってきた。


「豆乳鍋って結構美味しいね。なんかずっと食べれそうな感じする。」

「あれ? 好きって言ってませんでした?」

「いや、食べたことなかったんだよね。食べてみたかったんだけどさ、機会がなくてね。」

「その割には結構なこと言ってた気がしますけど、まぁいいや、もう大丈夫ですかね?」


 煮えてきたので、お皿に移す。ついでにおじさんにもあげた。

 いやぁ、豆乳鍋いいな。なんか、いいな。特別感があって鍋を食べてるって気がしてくる。


 シメにはお米を入れた。それぐらいしかなかったからだけど、適当に入れた割には美味しかった。


「ふぅ。食べたね。いやぁ、汗かいてきちゃったよ。」

「そうですね。お風呂入れてこようかな。」

「もうちょっとゆっくりしてからでいいよ。テレビでも見てさ。」

「リモコンどこだろ。無くなっちゃった。」

「あそこにあるよ。なんであんなところに?」


 部屋の角の方にリモコンが置かれている。なんでだろう。俺がいない間におじさんがなんかアクロバットなことをして蹴り飛ばしたとかじゃないだろうな。そんなわけないか。

 立ち上がって取りに行く気力はなかった。


 時が流れていき、次第にやらなきゃいけないことも思い浮かんでくる。まず洗い物から終わらせよう。そんな感じで台所に歩いて行くと、おじさんがお風呂に行った。お湯を入れてくれてるんだろう。

 水の強く流れる音がここからでも聞こえて来る。俺は残った野菜を野菜室にしまいながら、明日の夕食を考えていた。

 戻ってきたおじさんに何が食べたいか聞いてみようかな。


「あの、明日って何食べたいですか?」

「うーん。スパゲッティとか? でも、今お腹いっぱいだからあんま、考えられないよ。」

「まぁ、洋食みたいなのでいいですかね。」


 スパゲッティは楽だな。レトルトでいいし、茹でるだけだし、片付けが面倒なくらいで他はいい。

 鍋やお皿を綺麗に片し、ソファーでゆっくり休もうかと思ったら、お風呂が沸いた音がした。

 おじさんは俺に先に入るようにジェスチャーで言って? くれたが、少し座ってから入りたい気持ちもあったので、先に入るように言った。


「え? いいの? じゃあ、入っちゃうよ?」


 躊躇いながらお風呂場に向かって行く。普段は一番風呂に勝手に入ってるくせに、今だけは気を使われてる。それとも、一番風呂とか気にしない人なのかな。


 その間、宿題に取り掛かっていた。お風呂上がりにやるのがルーティーンみたいになっている。出しておこうかと思って持ってくると、退屈で始めてしまった。


 お風呂の独特なドアの音がした。カパっていうか、カポっていうか、まぁ、変な音には違いない。

 そろそろなので、着替えをタンスから取り出し、いつでも入れるようにした。


「あぁ、いい湯だったぁ。あ、長くなっちゃって悪いね。」

「宿題やってたので、気にしないでいいですよ。それじゃ、入っちゃいますね。」


 洗濯機に洗濯物をふんわりと投げ込む。髪を洗い、顔、そして、全身と下に下がって行くように洗う。今では当たり前に石鹸で泡を作ってから体を洗っているが、昔はそのまま体になすりつけていた。


 湯船では先まで解いていた数学の問題のことを考えていた。ああでもないこうでもないと思っていると一個前の問題を間違えてることに気づいた。

 急に落ち着かなくなって、ゆっくりとしてられなくなる。仕方ないので、湯船から上がり、色々と済ませ、お風呂場から出て、問題に向かう。


 あれ? 合ってるじゃん。


 問題を思い出してる過程で色々と混ざってしまったんだろう。あぁ、なんかもったいないことしちゃったな。


 宿題を解いて、読書をして、テレビを見て、歯を磨いて、布団に入った。


 三年になったら何か変わったりすんのかな、そんな適当なことを考えながら、寝た。

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