16

 

「おはよー! 朝ごはん作ったわよ! 食べなさい!」


 母親が元気に起こしてきた。ここまで元気に起こされると逆に起きたくなくなる。なぜだろうか。


「ほら! なんで起きないの? 学校でしょ!?」

「あ……ちょっと待って。」

「ご飯冷めちゃうでしょ! 起きな!」


 布団を剥がされそうになったので、起きることにした。うーん眠いなぁ。


 リビングへ向かうとホットケーキが作ってあったので、食べることにする。フォークで中を切ると多分生焼けで火が通ってない。文句を言うのもめんどくさいので口に入れるが、口の中で塊になって残り続ける。顎が疲れてきたのと咀嚼のめんどくささから飲み込むと喉に突っかかるような感触があって辛い。


 俺これのせいで朝ごはん嫌いになったんだったわ。俺が小学生低学年の頃は親が家に居たので、朝ごはんはいつもこれを食べていた。その頃から全く変わらず生焼けのまんまだ。なぜ上達しないんだろう。


 横にいるお父さんを見ると別になんでもないように楽しそうに食べている。やっぱりちょっとこの二人おかしいかもしれん。ようやく半分まで食べ終わると、冷蔵庫へ飲み物を取りに行く。流し込むための水だ。


「あ、アンタ、ちょっといい? 私のカバンからサプリ取ってきてくれない?」

「そんなの飲んでたっけ?」

「健康第一よ! 不規則な生活だからね。病気になる前から気を付けてるの!」

「ちょっと待っててね。」


 カバンを漁っていると、薬箱のような物があった。区分けされたプラスチックの箱にカラフルなサプリメントがたくさん入っていて、どうやら日常的に飲んでるらしい。サプリの他にも普通の錠剤が入っている。なんだろうこれは。


「これだよね? はい。」

「ありがとー、飲むと飲まないとじゃだいぶ違うのよねぇ。」

「その普通の薬みたいなやつもサプリなの?」

「え、これは、睡眠薬よ。どうしても眠れない時とかはこれを飲んだりしてるの。そんなこと滅多にないけどね!」

「へぇ、そうなんだ。」


 食卓に戻り、またあの生焼けのホットケーキを食べる。お父さんは食べ終わり、コーヒーを飲んでいた。そろそろ学校に行かないといけない時間だったので、無理やり口に放り込むと無理やり飲み込んだ。はぁ、朝から疲れるなぁ。


「ごちそうさま!」

「歯ぁ磨いた! ちゃんとしないとダメだよ!」

「いや、もう危ないんだよ、時間が。」

「ははは。まぁ、せめて、ゆすいで行かないとダメだよ。」


 そういえばおじさんが来てから起きる時間が早くなったんだった。そのつもりでゆっくりしてたけど、いつの間にかこんなに時間が経ってる。これじゃなんもできないな。仕方ないので寝癖はつけたまま学校へ向かう。昔は昼頃まで寝癖がついたままだった。


「あれ、今日いつもより遅いじゃん? 何かあった? 寝癖もついてるしさ。」

「いやぁ、前に言ったかもしれないけど、外国から両親が帰ってきてさ。それのせいってわけじゃないんだけどね。なんか遅刻しそうになっちゃったんだよ。」

「へぇ、良かったね、帰ってきて。」

「はは。元気すぎてちょっとびっくりしたけどね。」

「ユウトの親って見たことないなぁ。どんな感じなの?」

「そうだなぁ。二人とも明るいかな。でも詳しいことはあんま分かんないかも。」

「へぇ、まぁ、でもみんなそんなもんじゃない? ウチも親の事あんま知らないしさ。」

「そんなもんだよね。親ってさ。」

「ユウトの親ほどじゃないけどさ。ウチの親も忙しいからね? だからあんま知らない。」


 チャイムが鳴ってしまう。席に着くといつものように授業が始まる。だが、家に帰ると両親がいる。普通のことのはずだけどなんか不思議だな。


「あ、そういえばさ。みんな塾行ってるみたいだよね。どこに行ってるの?」

「え? まぁ、別に普通のとこだけど。」

「俺もさ、せっかく親が来てるから行ってみようと思ってるんだよね。そこに行こうかな。」

「え! 自分で頼むの? ダルいよ塾。マジで。」

「でも、来年受験だしさ、一応ね。」

「あっ、そういえばそうだね。どこに行くつもりなの? 高校。」

「あの、ここから一番近いところにさ、あるじゃん。あそこにしようかなって。」

「え、あそこって結構頭良くなかったけ? 青木って頭良いっけ?」

「あ、そうなの? じゃあ別のとこにしようかな。」

「えー、頑張りなよ。ウチらもあそこ行こうと思ってんだからさ、一緒に行こ?」

「それは難しくない? まぁ、目指すだけ目指しておこうかな。」

「ははは。なら塾行かないとじゃん。」

「そうだね。」


 その後、塾の名前や場所を聞いておいた。しかし俺は行きたい高校のレベルも知らなかったみたいだ。勉強も大事だけど、そっちもそろそろ真剣に考えた方がいいかもな。そのためにも塾に行くか。こんなに塾に行きたがる中学生ほかにいないだろうな。


「ただいま。あれ? いないの?」


 玄関を開けてもシーンとしている。てっきり二人とも家にいるもんだと思ってたけど、靴も無いしどこかに出かけているらしい。そういえば結婚記念日だしな。どこか行きたい場所でもあるのだろう。

 そう思いながらリビングへ向かった。


「ハッピーバースデー! おめでとう! ユウト!」

「ははは。誕生日おめでとう! もしかして忘れてたの?」

「あ、ありがとう。忘れてたわけじゃないよ。」


 結婚記念日だけじゃなくて、俺の誕生日もあったんだった。なんかプレゼントに気を取られすぎてしまっていて忘れていた。いつも同じように祝われていたはずなのにな。


「はい! 誕生日プレゼント!」

「なにこれ? よく分かんないけど。」

「はは。アフリカ辺りの魔除けのアイテムらしいんだ。たぶん効果あるよ。あと、これ図書カード。」

「あ、ありがと。」


 なんか目がギョロリと飛び出た、明らかに手作りであろう木製の人形をもらってしまった。なんかスゲー怖いな。しかし図書カードを貰えたのは嬉しかった。


「他にも何か欲しいものある? 今度会えるのいつになるか分からないからなんでも言っときな!」

「そうだ。来年受験だから塾行きたいんだけど、いい?」

「ははは。そういえばそうだったね。いいよ。ちょっと近くの塾に電話してみようか?」

「あ、もう決めるの? まぁいいけど。」

「早い方がいいじゃない! 近いところでいいわよね?」

「あ、ちょっと待って。友達と同じところにしたいからちょっといい?」

「ははは。もちろんだよ!」


 パソコンで言われた名前を検索する。ヒットしたそれをみると教えてもらった場所と同じだったので、そこのページをお母さんに見せた。


「ここにするのね? でも頭良さそうじゃない? 大丈夫? ここで。」

「うん。多分大丈夫だよ。」

「じゃあすこし電話してくるから待っててね?」


 電話がつながるとベランダに出て行った。寒いのか縮こまっている。その間父親と二人きりだった。


「なぁ、ユウト。」

「なに?」

「俺たちはずっとお前を支えていられるわけじゃない。それは分かるよな。」

「まぁ、分かるよ。」

「だから、いつか、お前が母さんを支えてやってくれないか?」

「うん、まぁ、分かった。」

「大丈夫だよ。お前は母さんの子だからな。」


 父さんが真剣な、いつもとは違う口調で話しかけてきた。今までこんなふうに話したことないかもしれない。俺は真剣に話す父親を見て、ホントに胸が苦しくなってしまった。俺は何をしてたんだろうか? 本来の俺は、一体何をしてたんだ。


「今週の日曜に行って、話しを聞いてみて。大丈夫でしょ?」

「うん、どうせこれからも行くんだし。」

「じゃあよろしくね! さぁ、ケーキでも食べよう?」

「ははは。おめでとう。ユウト。」

「ありがとう。」


 楽しい時間はすぐ過ぎてしまう。こんなにも久しぶりなのに。


「寝る前に歯は磨きなよ? それじゃあおやすみ。」

「うん。」

「ははは。それぐらい分かってるよ。ユウトも。」

「あのさ、」

「どうしたの? まだ何か欲しいものあるならいいなよ!」

「結婚おめでとう。じゃあ、おやすみ。」

「ありがと。うん。ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい。」


 布団に入ると、すすり泣くような声が聞こえてきた。どこからだろうか、耳を澄ましてみると、一つはリビングから聞こえていて、もう一つはここからだった。


「おやすみなさい。」


 静かにそう言うと、一つの泣き声が止まった。


「……おやすみ……」


 平常を装った声が聞こえてきた。どこに隠れているのかは分からなかった。それでも、なぜ泣いてるのかは分かった。

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