28
「いっらっしゃせー。」
うわ。すごいいらっしゃいませだ。今まで聞いたことがないぞ。横の山口を見てみると面をくらってるようで、これが当たり前というわけではないらしい、流石にそんな人あんまいないよな。
「ダウンがいいんだけど、どうしたらいいんだろ?」
「そこも大事だけど青木の場合は全身ダメだよ。本来は靴とかも変えたいんだけど、いきなりそんな買い物は無理だから今日はアウターとパンツだけな。」
「オッケー。じゃあちょっと見てみる。」
パンツってパンツのことじゃないよな? なに言ってるのか分からないけどパンツのことじゃないはず。確かズボンのことをパンツっていうていう都市伝説を聞いたことがあるけど、本当だったのか。
まずはダウンから決めよう。厚ぼったいイメージがあったけど、結構薄いやつもあるんだな。色も結構あって困る。これ大変かもしれない。優柔不断なんだけど大丈夫かな。
やっぱり厚い方が暖かいのかな。だとしたら薄すぎるの選んでもダメだと思うけど、薄い方がカッコ良さそう。迷っていると山口が俺に服を合わせたりしながら、話かけてきた。
「明るい色がいいんじゃない? オレンジとか暖色系のさ?」
「マジで? オレンジってあんま見なくない? ちょっと。」
「でも、結構いると思うけどな。てか、いなかったとしてもオシャレではあると思う。」
「そうなの? オレンジって着たことないなぁ。」
「それじゃ俺、それに合うようなパンツ探してくるからさ、なんか他の候補決めててよ。」
なんでこんないい奴なの? ホントに。でもオレンジかぁ。ちょっと過激じゃない? 過激っていうか目立つというか、絶対自分じゃ選ばないしなぁ。この機会に買ってみるのもいいかもしれない……けどなぁ。
グレーのダウンがどうしても目に止まってしまう。俺はこれぐらいがいい気がするけど、どうなんだろ?
もしかしていい奴だと思ってるだけで本当は性格がクソ悪くてわざわざ似合わない格好をさせようとしてるんじゃ? そんなことはないだろうけど、服のセンスが無い可能性はあるな。俺が言うことじゃないけど。
「お待たせ。なんか他に有った?」
「あ、これとかどうかな? 黒っぽい青のダウン。」
「冬なんだから、暗すぎると怖いよ? 不審者みたいに見えるかも。青が好きならこっちの明るいやつの方がいいんじゃない?」
「うーん。俺ホントセンスないかも。」
「俺もさぁ。森川が教えてくれる前はマジでダサかったから、気にすんなよ。」
黙ってしたがっとこうかな。他にもなんとなく気になっていたダウンはあったけど、とりあえずこのオレンジのダウンにすることにした。でも、ホントに大丈夫かなぁ。
「とりあえずこの黒い細身のパンツ履いときゃ間違いないから、マジで。」
「うわぁ。攻めてるなぁ。パツパツになるんじゃないの?」
「これはそこまで行かないよ。ちょっと余裕はあると思う。てか試着してみな?」
「試着室って勝手に入っていいの?」
「声かけといた方がいいんじゃない? 俺もよく知らないけど毎回かけてから入ってるよ。」
出た。これが一番苦手じゃ! 声かけたくないよぉ。うわぁ。いやだなぁ。でもかけなきゃなぁ。山口をあんまり待たせるといけないし、もう気合入れて勢いで声かけようかな。そしたらき……
「すみませーん。試着室ってどこですか?」
「ご案内しましょうか? こちらになります。」
いつのまにか山口がやってくれてる。そのまま店員さんの後についていき、オレンジのダウンと黒い細身のパンツ? を持って試着室に入って行く。
ここでズボン脱ぐの? やばくない? てか、ズボンにパンツが当たっても大丈夫なの? あ、パンツってあのパンツじゃないよ? どのパンツだよ。
まずは下を脱いで細身のパンツを履いてみる。そこそこキツイな。さっきの話だと余裕があるって言ってたけど、これはサイズが小さいのかな。でもこういうもんなのかも。
よく分からないままチャックを上げて、オレンジのダウンを羽織ってみる。鏡で見てみるとそこまでおかしくないかもな。なんかオシャレが崩壊してきてる。これがゲシュタルト崩壊か。
とにかく俺にはもうなにがいいのか分からない。もう山口に全部任せよう。それがいいや!
「どうかな。サイズとか合ってる?」
「パンツがちょっと小さいな。それ以外はもうちょっと、ダウンのチャックを下げた方がいいかも。てかそれじゃあ、苦しいでしょ?」
「パンツの別のサイズ持ってきましょうか?」
「あ、じゃあ、お願いします。」
「カッコよくなってるよ! 大丈夫だって!」
山口には好評だった。もうこれで行こう。これを買おう。このオレンジのダウンを向かい入れよう、
店員さんが持ってきてくれたので、もらったパンツに履き替えてみると余裕があって動きやすかった。これなら不意に不審者に襲われても走れるはずだ。
「これ買っちゃおうかな。変じゃないよね?」
「変じゃない変じゃない。安心していいよ。」
「うわぁ。自分で服買うのって緊張するなぁ。」
「分かるなぁ。俺のもさ、この冬を越えれるか心配。」
試着室でズボンを履き替え、それをお会計に持っていった。お値段の方は流石にちょっと肝が冷えるような数字が書いてある。え、服ってこんなに高いの? ちょっと危なかったな。
お互いに目的を済ませたので、やることがなくなった。ここで解散するのも名残惜しいので、なんとなくぶらりと歩き回ったり、靴などの小物も見るだけ見たりした。
「いやぁ、今日は本当にありがとね。こんなに暗くなるまでさ。しかも全部選んで貰っちゃったし。」
「そんな気にすんなよ。なんか人の服選ぶのってめちゃくちゃ楽しいってことに気づいた。」
「それじゃ、また明日。」
「おい? 明日学校休みだぞ? 大丈夫か?」
「あ、そうだったわ、危ない危ない……塾のことわすれてない?」
「あー、そっか、まぁ、また今度服一緒に買おうぜ!今度は森川も連れてきた方がいいな。」
「じゃ、また明後日。」
「バイバーイ。」
バスに揺られながら今日の成果を確かめる。改めて見るとオレンジって。おい! 空気に呑まれて買ったけど大丈夫なのか? オレンジかぁ。まぁ、でもズボンはなんか俺でもオシャレだって分かるからいいか。
家に入る前に深呼吸をする。これをおじさんが見たらなんていうんだろうか。なんか変なこと言われたらいやだなぁ。
「ただいま。帰ってきたよ。」
「おかえり! その袋はまさか、見てもいい!」
「いいけど、文句とか言わないでよ。山口が選んでくれたんだから。」
「うわぁ! すごいオレンジだね。こんなオレンジの服がまさか
「え……なに言ってんすか? ちょっと……」
「うわぁ! ごめんね! ただの出来心なんだよ!」
それ俺もやったやつじゃん。なんかすげぇ恥ずい。
「でも、こんなにカッコいいの買ってくると思わなかったなぁ。てっきりグレーとか黒とか暗い色の服買ってくると思ったのに。」
「それ全部山口が選んだやつだからね。ホントにマジでいなかったら危なかった。」
「そうだね! やっぱり持つべきものは友だ! いいね!」
「俺に似合うと思います? そんなオレンジなダウン。」
「そうだなぁ……僕には似合わないけど、君には似合うよ。」
「なんですかそれ。おじさんに似合わないなら俺も似合わないじゃないですか。」
「髪がね。オシャレだからね。君は。」
「まぁ、似合うならなんでもいいです。ちょっと疲れちゃったなぁ。」
「ご飯食べる? レンチンでならあるけど。」
「もうちょっとゆっくりしてからでいいですか。」
おじさんの顔を見てみると初めて会った時となにも変わってない。髪型も変わってなければヒゲが伸びたりだとかもない。もしかして一人で切ってるのかもしれないけど、それにしては上手すぎるような気がする。
これでやっと買い物リストが進んだ。ずっと停滞してたから、結構嬉しいな。このオレンジのダウンと細身のパンツがお洒落かはよく分かんないけど、達成ということにしていいだろう。
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