第四章ー路地裏の出逢い
アーチ状の屋根を持つ駅舎は、各地から生徒いやって来た人々やこれから旅立つ人々が行き交い、見渡す限り人で溢れていた。
ほんの十年前まで魔族と戦争を繰り広げていたとは思えない豪奢で緻密な造りの駅舎と人々の賑わいに、フィーロは大きく目を円くして驚いた。
今まで、人里離れた森の中で暮らしていたフィーロにとっては、見る物が全て新鮮で、輝きに満ち溢れていた。
行き交う人込みに小さな身体が流されそうになるのを必死で耐え、フィーロは目的地を目指して歩き出す。
推薦状と共に送られてきたのは汽車のチケットだけではない。
退魔師試験が行われる会場の場所が記された地図と受験票だった。
(まずは、駅を出ないと...)
人の行き交う駅舎の中、天井から下げられた幾つもの案内板を頼りに、フィーロは小さな身体を人込みに揉まれながら出口を目指した。
足を取られながら進むと、左右に開かれた門のような扉からフィーロは弾き出されるように外へと出た。
「わあ...」
駅舎を出るなり、フィーロは思わず声を上げて驚いた。
街を中央まで突き抜ける大通り。そこから四方に伸びた通りには、馬車と人が目まぐるしく行き交っている。
道行く人々は様々な衣服に身を包み、老若男女、大人から子供まで、様々な年代の人々が通りを歩く様はそれまで静かな森の中で暮らしていたフィーロにとって目を見張る光景だった。
(こんなに人がいっぱい...何処から来たんだろう...)
通りに沿うように煉瓦造りの建物が所狭しと並び、道は石畳で舗装されているその光景は、首都という場所がどれ程発展した場所なのかを示すには十分だった。
土煙の上がらない固い地面をフィーロは薄い布の靴で確かめるようにして歩く。
駅舎を離れて少し進むと、様々な商店が並ぶ通りに入った。
食材を売る店、料理を提供する店、本屋、雑貨を扱う店など、その種類は様々でキョロキョロとフィーロは小さな頭を左右に揺らして辺りを見渡した。
活気に満ちた商店街は店員と客の交わす会話が至る所から聞こえてきて、まるで自分が話しかけられている訳ではないのに、自分に対しての言葉のような錯覚にフィーロは陥った。
(孤児院が所属していた街も大きかったけど...聖都は別格なんですね...)
肩から掛けた鞄の肩掛けの部分を握り締め、フィーロは地図を頼りに更に聖都の中心部へと足を踏み入れて行く。
いつしか、商店とは違う、軒先にテーブルが並んだ屋根の付いた店が多く密集するエリアへと入った。
軒先の看板には『酒場』の文字が幾つも見られる。
「あれ...」
そこでフィーロはぴたりと、歩みを止めた。
地図と辺りの建物をもう一度確認し、眉を顰める。
どうやら、一本通りを間違えたらしい。
(ここからだと辿り着けないから...)
胸中で呟いてフィーロは通りの間にある小さな路地から本来の通りに向かおうと建物と建物の間に入り込んだ。
路地の間にも店があるのか、入口や勝手口のような扉があったが、表とは違い、何処か暗い印象のある場所だった。
暫く進んだ時、フィーロは背後から呼び止められて歩みを止めた。
それがまずかった。
「よう、おチビちゃん。こんな所で迷子かな?」
「え?わっ」
聴こえてきた声に振り返ろうとして、肩を強く掴まれた。
そのまま左右に横暴に揺さぶられ咄嗟に閉じた目を開くと、目の前には三人の男が囲むように立っていた。
「あの?何ですか?」
怪訝な表情でフィーロは行く手を阻む男達を見上げた。
恐がるどころか、不快感を露わにするフィーロに男達はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてフィーロの白い顔を覗き込んだ。
「おチビさん、俺達が怖くねえのか?」
大柄な男が顔を近付けてくるのを、じっと目を逸らさずにフィーロは見据えた。
「質問に答えてませんが?僕に何か用ですか?」
じっと大柄な男を見据えたまま、冷静に問いを重ねる。
その様子に大柄の男はヒュウっと唇を鳴らした。
「用があるといえばそうだな、ここがどんな場所か分かって入って来たのか?」
逆に問いを返されてフィーロは再度周囲を見渡した。
軒先に掲げられた看板には、三角形を重ねたような印が記されている。
初めて見る印にフィーロは小首を傾げた。
「ここは、魔術師の道具街か何かですか?」
真面目な顔でフィーロが疑問を投げかけると、男達はゲラゲラと腹を抱えて笑いだした。大きな口を開けて笑うものだから飛び散った唾が降り注ぎ、思わず眉を寄せた。
「残念だな、ここは男が春を買う所だ。おチビちゃんはお嬢ちゃんかな?お坊ちゃんかな?」
大柄な男の問いに、フィーロは答えに詰まった。
(どっちかって聞かれるとどう答えればいいんだろう...)
この頃のフィーロはまだ自信の性別を良く理解していなかった。
普段は男の子と周りに思われるようにしていたが、女の子というのも少し違っていたからだ。
「僕の性別がどっちでも、おじさん達には関係ないと思いますけど...」
憮然としたままフィーロはそっけなくそう答えた。
それが予想外で面白かったのか、大柄な男が唐突に顎を掴んで来た。
鼻先が触れそうな程に顔を近づけられ、フィーロは不快感を露わにした。
「よく見りゃ綺麗な顔をしてるじゃねえか。これならどっちだろうと高く売れるな」
ニヤニヤと笑う男が口に出した言葉に、フィーロはようやく男達の目的を理解して、内心溜息を吐いた。
(これは...人さらいの類いなんですかね..)
自分を囲む男達を改めて見渡し、フィーロは小さく息を吐く。
聖都に着いた途端、まさかよからぬ輩に絡まれるとは思っても見なかった。
聖都は聖王を初めとした国政を担う機関が集中する場所。清廉潔白な場所だと勝手の思い込んでいたが、大きな街というのはそれなりに悪い者もいるらしい。
世界の闇に気づいたような気分になってもフィーロは冷静に相手の出方を伺った。
(大人しくしていたらどうにかなるかな...)
そんな事をぼんやりと考えていた、時だった。
「おい、そんな子供相手に何してんだよ」
背後からの声に、フィーロを囲んでいた男達は路地裏の入口に視線を移した。
「なんだ、てめえ」
「そんな子供に、寄ってたかって大の大人がみっともない」
そこに立っていたのは、黒い詰襟の神父服に似た衣服に身を包んだ、十代半ばの少年。黒く長い髪を頭頂部で結い上げ、鋭い黒曜石のような瞳が男達を見据えている。
その手には剣が握られていた。
「ガキがいっちょ前に説教か?痛い目を見たくなかったら、さっそと失せな」
「兄貴、アイツも奴隷として貴族にでも売りさばけばいいじゃないっすか」
大柄な男の傍にいた小柄な男が、ニヤニヤと笑いながら進言してくる。
「そうだな、小遣いくらいにはなりそうだな」
子分の提案に乗った大柄な男は、フィーロをもう一人の男に任せたまま、現れた少年前に巨大な戦斧と双剣をそれぞれ持って立ちはだかった。
「こんな現場に出くわしちまったのが運の突きだな」
「それは貴様らの方だ。この俺の目の前で人さらいなど」
立ちはだかる大柄と小柄の男を前に、少年は手にしていた剣を下に下げ、柄を握り締めた。
「俺達とやろうってのか、いいぜ、可愛がってや」
笑いながら言う大柄の男の言葉が、唐突に途切れる。
一瞬、閃光が閃いたかに見えた直後、大柄な男が握っていた戦斧の柄が斜めに切断され、巨大な斧の部分が地面へと突き刺さった。
「なっ」
「次は、腕ごと飛ばそうか?」
鞘から剣を引き抜いた姿勢のまま、少年は冷ややかな視線で男達を見据えた。
「このっよくも兄貴の獲物をっ」
小柄な男が双剣を構え、少年に向かって駆け出していく。
自分へ向かって来た小柄な男を横に逸れてひらりと躱し、少年は刃を横薙ぎに一閃した。
小柄な男の肩に赤い筋がすっと刻まれる。
そこから、滲みだした鮮血がぽたぽたと地面へと滴り落ちた。
「ひいいいっ」
肩を斬られ、獲物を落して小柄な男は悲鳴を上げて痛みと恐怖にのた打ち回った。
「で、まだやるか?」
刃に付いた血と脂を服の裾で拭いながら、少年は男達を睨みつける。
「くっ覚えてろよ!おい、ずらかるぞ」
フィーロの肩を掴んでいた長身の男と肩を斬られた小柄な男をまくしたて、大柄な男は足早にその場から逃げ出した。
路地の向こうに逃げて行く男達を茫然と見詰めてから、フィーロは突然この場に乱入してきた少年に視線を移した。
「おい、大丈夫か?なんでこんな花街に入り込んでんだ?母親でも捜しに来たのか?」
大股で近づくなり矢継ぎ早で質問され、フィーロは先程の男達に絡まれていた時以上に困惑した。
「助けてくれてありがとうございました...」
「気にすんなよ。俺はああいう連中が嫌いなだけだ。それより、お前迷子か?俺が送ってやろうか?」
顔を覗き込まれ、そう申し出られてフィーロは一瞬戸惑った。
ここは、相手の親切に乗るべきだろうか。
「あ...別に迷子じゃないです...ここに行きたかっただけです」
少年が悪い人ではないというのはさっきの行動で把握できたので、フィーロは少年にずっと握っていた地図を見せた。
「ん?まさか、お前も退魔師試験受けに来たのか?」
フィーロが見せてきた地図を覗き込み、少年は一瞬目を円くしてから、まるで確かめるように再びフィーロを見つめた。
「お前もって...貴方もですか?」
自分より背の高い少年を見上げ、フィーロはキョトンと小首を傾げた。
「ああ、俺も退魔師を目指してる。名前はナルカミ・シンヤ。よろしくな」
ニヤリと口の端を釣り上げて笑い、シンヤは手を差し出した。
「はあ...どうも...」
快活なシンヤのテンションに少し当惑しながらフィーロは差し出された手を握った。
クロニクル・テンダー~時代(とき)の護り人~ 夜桜 恭夜 @yozacra-siga-kyouya
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