ー第七章~真夜中の襲撃者~




 居住用の建物の西側にある食堂へフィーロとランスは案内された。

 縦に細長い室内は、一番奥に暖炉があり、その上に食堂内を見守るようにこの国の最高神たる女神の像が配置されている。部屋に合わせる様に、中央には長いテーブルが設置され、暖炉の前の席に緋色の尼僧服を着た一人の女性が腰かけていた。


「こちらが、お二人の席になります」

 フランチェスカが案内してくれたのは、暖炉に近い奥の左側の席。丁度、尼僧服の女性の横の位置だった。


「ありがとうございます、シスター」

 フランチェスカに礼を言ってフィーロは、席に座る前に既にそこにいた女性に深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。聖天教会退魔師課本部より派遣されて参りました巡回退魔師のフィーロ・フィロフェロイ・ストラウスです。こちらはサーヴァントのランス。種族は人狼でございます。暫くの間、お世話になります」


 礼を尽くした挨拶に、緋色の尼僧服を纏う妙齢の女性は、穏やかな笑みを浮かべてフィーロとランスに向き合った。

「ご挨拶が遅くなってしまって大変失礼い致しました。わたくしは、このミッテンヴァルトを預かるカリーナ・エーベルヴァインです。冠位は司教を賜っております。フィロフェロイ神父のお噂はかねがね聞き及んでおりますよ。弱冠十二歳にして退魔師となり、悪名高かった黒竜|ルビを入力…《ファヴニール》退治の立役者。まさか、お会いできるなんて光栄ですわ」


「恐縮です。私は一介の巡回退魔師にすぎませんので」

 朗らかに笑う司教・カリーナの賞賛の言葉にフィーロは苦笑する。

 この手の事はもう慣れっこだった。


「この度は北の大地にようこそおいで下さいました。この地で起きている事件に関しましては貴方にお任せ致します。どうぞよろしくお願いしますね」

「女神の導きのまま、この地に平穏をもたらす為、尽力致します。それでは司教、承認を頂けますでしょうか」

「ええ、手帳をお出しになって」


 カリーナに言われるまま、フィーロは一冊の手帳を取り出す。それは、フィーロが退魔師である事を証明する言わば身分証の役割を担うものだった。

 手帳と、フィーロが上司から預かった書類を差し出すと、カリーナはテーブルの端に置いていた羽ペンを取り、サインをすると、教会の刻印が刻まれたスタンプを押した。


 これで晴れてフィーロはこのツアーンラートの地で巡回退魔師として活動が出来る身分となった。


「ありがとうございます」

 手帳と書類を受け取り、フィーロは深々と頭を垂れる。

 そんなフィーロにカリーナは聖職者らしい慈悲深い笑みを向けた。


「それでは、夕食にしましょう。フィロフェロイ神父もどうぞ遠慮なさらずに召し上がったくださいね」

 司教の促しに応じ、手帳と書類を上着の内側に仕舞い込んだフィーロはランスに目配せをして椅子に腰かけた。



 夕食を終え、居室に戻ってきたフィーロはニヤニヤと退魔師の身分証たる手帳を見つめた。

「やっと、やっとこれで調査が出来る」

 歓喜に打ち震えるフィーロを横目に、食後の紅茶を淹れながらランスは肩を竦めた。


 毎度、この瞬間を見届けているが、巡回退魔師にとって自由に調査を許されるのは相当に嬉しいらしい。


 本部からの直接の派遣である巡回退魔師はその特異性から、場所によっては現地の教会と協力が出来ない事も多く、今回のようにすんなり承諾を貰えることの方が実は珍しいらしい。


「良かったな、無事に承認が済んで」

 ティーカップを手に部屋の中央へ来たランスは、テーブルの上にカップを置き、椅子腰かける。


 フィーロも紅茶を飲むため、ランスの座る席の向かいに腰を下ろした。

 テーブルに置かれたカップに手を伸ばし、紅茶を一口啜る。


「...しかし、一つ引っ掛かるんですよね」

 唐突に口に出したフィーロの発言にランスは眉を顰めた。


「この依頼、教会からというより、古くからこの地を守護してきた北のヴァンパイア王からの依頼なんですよね...普通、教会自体が依頼主でない場合、本部からの派遣は煙たがられる筈なんですが、今回はあっさり承諾してくれた...」


「専属退魔師がいないから、じゃないのか?実際、失踪事件は起きてる訳だし、依頼主が北の王であれ、司教様も事態を重く見ているとか」

 ランスの見解も一理あると思いながらフィーロは眉を顰めた。


「そういうことであるなら問題はないんですけど...」

 いまだ引っ掛かりを感じながらフィーロは紅茶を飲み干した。


「さて、許可を頂けたので、少し巡回に出てみましょうか。昼間と夜ではこの街の顔も変わるかもしれませんから」


 椅子から立ち上がり、壁に引っ掛けていたローブを引っ張り出し、フィーロはそれを羽織る。腰には昼間同様に愛用のリヴォルバーが収まったホルスターが吊るされている。


「ランスはどうしますか?」

「俺も行くよ。日が落ちたら大分楽になったからな。つか、お前夜になっても本当に何も感じないのか?」


 日中、ランスはこの街に流れる奇妙な空気に当てられて体調を崩した。最初は魔族除けの結界か何かの術かと思ったが、フィーロが夜になってもけろりとしているので、その線は見当違いかもしれない。


「その、ランスが感じている妙な気配、僕は感じ取れてないんですけど...」

 今も特に変化のない事をフィーロはランスに報告する。


「他に同族がいれば検証出来るけどな。流石に俺一人の証言じゃ確かに説得力はないな」

「しかし、マティアスの像の配置や、この街の形状は何らかの結界の可能性がありますから、油断はしないように。僕だっていつ体調不良を起こすか分かりませから」

「それもそうだな。用心はしておく」


 こくりと頷き、紅茶を飲み干したランスも、フィーロ同様に壁に掛けてあったジャケットを取り、袖を通した。

「では、参りましょうか」

 ローブの裾を翻し、フィーロは居室の扉を開いて廊下に出る。

 その後ろに、従者の如くランスは付き従った。




 一階に降りると、玄関にぼんやりと明かりが灯っていた。

 時刻は既に十時近くになろうとしている。普通の教会なら消灯の時間だ。

「こんばんは」


 明かりの灯る場所にフィーロが顔を出すと、暗闇の中で小さな悲鳴が零れた。

「あ、フィロフェロイ神父...」

「あれ、誰かと思えばシスターアンジェリカではないですか。こんな時間にどうされたんです?」

 驚かせた事を詫びつつ、フィーロは紳士然とアンジェリカに優しく問いかけた。


「私は夜の巡回に向かうところです。この教会では毎晩十時から街の巡回に出るのが規則で。今夜は私の当番なので...」

「こんな夜更けに麗しいシスターがお一人で巡回なんて、怖い狼に食べられちゃいますよ」

 中性的な美貌のフィーロに麗しいと言われ、アンジェリカは頬を赤くする。


「そ、そんな事ありませんわ。この街はとても信心深い方ばかりです。聖職者を襲う罰当たりはおりませんわ」

「でも、失踪事件が起きているのは事実ですよ。油断は禁物です」

 微笑を浮かべながらフィーロはアンジェリカの肩にそっと触れる。

 左右で異なるオッドアイの神秘的な瞳に見つめられ、アンジェリカは思わず息を飲んだ。


「シスター、提案なんですが、その巡回の役目、僕等に譲って頂けませんか?僕等も丁度調査の為に出掛けようとしていたので」

 甘く囁くようなフィーロの申し出にアンジェリカは戸惑いながらも小さく頷いた。

「よろしいのですか?」

「勿論。貴方のような可憐な方が失踪してしまっては僕も悲しくなってしまいますので」

 嫣然と、フィーロは女性を口説くナンパ師のようにアンジェリカの心に滑り込んだ。



「お前、たまに恥ずかしい事やるよな」

 開口一番ランスは溜息交じりにフィーロを見据えた。

 アンジェリカから巡回の経路図とランプを拝借したフィーロとランスは夜の街へと繰り出した。


「女性には優しくしたいというのが僕の信条なので。それに、この姿のお陰で成功率は九十パーセント以上ですから」

 自信満々に胸を張るフィーロに、ランスはがくりと肩を落とす。


「まあ、変な横恋慕に巻き込まれないようにと願うばかりだよ」

「あくまで心理学的なテクニックですよ。それに、僕は恋愛には興味はありません。文学的知識の探求というなら勉強はしますけどね」

「はあ、ホント、お前って奴は...」


 サーヴァントとして付き従って長いランスでも、主の興味のベクトルが他者とズレていることを残念に思っていた。

 もう少し、年頃らしい興味関心があったもいいがと内心思いながらランスはランプを暗闇の中に翳した。 


 ランプの明かりを手に、寝静まったツアーンラートの街をフィーロとランスは地図を頼りに歩く。

 やがて、マティアスの銅像の一番目に辿り着き、フィーロは銅像を見上げ、再び経路図を見下ろした。


「この銅像、アルシャ君から聞いた伝承の一番目。最初の失踪者が出た現場か...」

 最初の失踪者はレイモンド・カーター。階位は助祭。年齢は三十二歳。性別は男。一カ月前の巡回の際、一番目の銅像『街の人に絡繰りを教えるマティアス』の像の傍で失踪。失踪した瞬間をたまたま通り掛った酔っ払いが目撃。明け方になっても教会に戻らなかったため、失踪が発覚した。


 アンジェリカから受け取った資料の情報をフィーロは反芻する。

 ふむ、と口許に手を添えて暫く考え込んだ後、フィーロは突然自身の指に強く噛み付いた。

 八重歯が食い込み、皮膚が避けて鮮血が滲む。滴り落ちる血を、フィーロは銅像の根元に垂らした。


「後、五つ...」

 そう呟いてフィーロはまた経路図を持って歩き出す。

 ランスもランプを手に着いて行く。

 次にやってきたのは、二番目の銅像『恋人に出逢うマティアス像』の前。


 ここで失踪したのは修道士のペーター・ワーグナー、二十四歳。性別は男性。彼は三週間前の巡回で失踪している。その際には、彼が身に着けていた僧坊が落ちていたという。

 また、銅像の前で考え込んだフィーロは、指に滲んだ血を銅像の傍に滴らせた。

 その作業をランスは無言んで見つめていた。


 更に足を進めて二人は、三番目の銅像に辿り着いた。ここでの失踪者はシスター・イザベラ。歳は二十歳でシスター達の姉的存在であったらしい。恐らく、アンジェリカ達が協力してくれたのは彼女が失踪したからだろう。


 そんな事を考えながらフィーロはまた、自身の血を銅像の傍に振り撒いた。

 銅像の前で止まっては、滲んだ血を滴らせる。その作業をしながら四つ目の銅像の前に来た時、経路図を見ていたフィーロは、ふと、小首を傾げた。


「どうした?」

「ランス、この経路。必ず例のマティアスの銅像の前を通るようになってるんですけど、偶然でしょうか?」


 それは、失踪者が最後に目撃された場所を必ず通るという事。

 偶然にしては妙な一致があった。


「マティアスの銅像の前で消える失踪者。犯人は聖職者をここまで誘導したとかじゃなく、ここを通る事が分かっていたから、この場所で犯行に及んだ?」

「確かに、ポイントとしては大変分かりやすいですし、巡回と言うからにはここで待ち伏せていれば必ずターゲットはやってきますからね」

「まさか、犯人は魔族とかじゃなくて内部の犯行とか?」

「その可能性も否定できませんが、それならなんの為に同僚を襲ったのか、その理由が見つからない。それに、毎晩巡回に来ているなら、この街に詳しい者なら誰でも犯行が行えます」

「それもそうか」

「更に言うなら、失踪者は性別も年齢も、階位も違う。聖職者なら誰で良かったとしか思えない襲い方ですよ」


 様々な考察が考えられるが、今だ犯人の動機が分かっていない。それを突き止めるのが当面の課題になりそうだ。

 そうこうしているうちにフィーロとランスは五つ目の、まだ失踪の起きていない銅像の前へと辿り着いた。

「さて、これまでの失踪の状況が全て同じなら、この場所で何らかの襲撃がある筈」

 マティアスの銅像を見上げながらフィーロは渋い顔をした。

 


 ヒュンっ。

 何かが空を切る鋭い音が夜の静寂を切り裂く。

 反射的にフィーロとランスはそれぞれ反対方向に飛び退いた。

 二人がいた場所、フィーロ寄りの地面に青白く光る鋭いナイフのようなものが突き刺さっている。


「やっぱり、来ましたね」

 待ってましたと言わんばかりにフィーロは腰のホルスターからリヴォルバーを抜き、撃鉄を起こして構える。


「まさか、俺達をミッテンヴァルトの聖職者だと思ってるのか」

 フィーロとは反対側に避けたランスは左腕を横に振るう。すると、袖に隠れていた腕輪がぐにゃりと曲がり、ランスの手首から離れると、真っ直ぐに伸びて一本の槍へと変化した。

 錬金術で変化させた槍をランスは暗闇の中、ナイフが飛んできた方角に向かって構える。


「さて、僕が神父服着てますし、聖職者なら誰でもいいのかもしれませんよ」

 暗闇に銃口を向けながらフィーロは苦笑を浮かべる。

 まるで、フィーロの期待に応えるかのように、暗闇の中から再び刃が襲い掛る。数十本の飛来する刃はまるで雨のように二人の周囲に降り注ぎ、フィーロは身軽に身を翻し、右へ左へと刃を躱す。

 一方のランスは槍でもって刃を叩き落しては暗闇の中への活路を探る。


「遠距離から攻撃していないで、姿を見せたらどうですか」

 暗闇の中、刃が飛来する一瞬の煌めきを捉えたフィーロは、そこに銃弾を撃ち込んだ。


 乾いた発砲音が夜の帳に木霊し、安寧を妨げる。だが、こんな騒ぎを起こしているというのに住民は誰一人として、起きてはこない。

 まるで、この一帯に結界か何かが張られているようだとフィーロは内心眉を顰めた。


 フィーロが放った銃弾が、何かに当たる鈍い音が響き、その直後、こちらに向かって飛来していた刃がぴたりと停まった。

 全ての刃を躱し終えた二人の前に現れたのは、透き通った長い水色の髪を背に流した二十代後半くらいの青年だった。


 銃弾が命中したのか、右腕を押さえ、ゆらゆらとフィーロ達の前に現れた様は、まるで亡霊の様だ。


「貴方が、ツアーンラートの街を騒がせている失踪事件の犯人ですか?」

 単刀直入にフィーロは青年に問いかける。

 だが、青年は青白い顔で真っ直ぐにフィーロを見つめたまま、何も話そうとはしない。


「沈黙は肯定と同義語ですよ」

 再びリヴォルバーを構えてフィーロは青年に警告する。

「もう一度問います、聖職者達をどうしたんですか?」

 質問と共にフィーロは引き金を引いた。

 撃鉄で叩かれ、銃口から弾き出された銃弾は真っ直ぐに青年に向かって放たれる。


 フィーロが放った銃弾が青年の胸元を貫通するより早く、彼の周りを氷の壁が覆い、銃弾は厚い氷に減り込んだ。

(防御くらいはするのか...なるほど、意志がない訳ではないようですね)

 銃弾を防いだ事から相手の出方を分析する。

 だが、次の手をフィーロは予想していなかった。


「フィーロっ」

 青年を護った氷の壁が形を変え、巨大な手に変わる。それは、まるでフィーロを捕えるように五本の指を広げて迫った。


「大地を焦がす炎の精霊よ、女神の御名において我を護り給え」

 咄嗟に、首に下げた剣を模したロザリオを握り、フィーロは魔術の詠唱を口早に唱えた。


 フィーロの詠唱に応えて、炎の渦が巻き起こり、フィーロを捕えようと迫っていた氷の手は一瞬にして蒸発し、石畳の地面に陰を落とした。

 思わぬフィーロの反撃に、青年は身じろぎ、同様を露わにする。


(殺すのが目的じゃない...)

 青年の攻撃の手が異様に甘い事にフィーロは怪訝に眉を顰めた。

 確かに素人なら、青年の最初の一撃は防ぎようがなく、負傷は免れない。


 これまでに失踪した聖職者達は退魔師のように当然ながら戦闘技術など習ってはいない。もし、推測通り捕獲が目的なら実行するのは容易かっただろう。


「それなら...」

 リヴォルバーをホルスターに戻したフィーロは離れた位置にいるランスに視線で合図を送った。

 フィーロの合図を察してランスは足音を殺し、挟み込むように青年の背後へと回る

 突然フィーロが武器を仕舞ったことを疑問に思ったのか、青年の動きが僅かに止まる。


「襲った相手が悪かったですね」

 ニヤリと、それまで防戦一方だったフィーロは不敵な笑みを零す。その瞳は琥珀と瑠璃のオッドアイから、紅玉のような鮮血の色に染まっていた。


 右手の人差し指にフィーロは鋭く伸びた牙を突き刺す。滲んだ鮮血は今度は滴り落ちる事なく生き物の如く宙に浮かび挙がると、一振りのレイピアへと形を変えた。

 手の中に馴染む柄を握り、切っ先を青年へと向ける。

 直後、フィーロは地を蹴ってローブの裾を翻しながら青年の懐に飛び込んだ。


「⁉」

 明らかな動揺がそれまで一言も言葉を発していなかった青年の口から零れる。

 後ろに後退るようにしてフィーロから身を躱すが、青年の動きでは間に合わず、突き出されたレイピアの切っ先が左腕に突き刺さった。


 頭上から、微かに息を飲む音が響く。

 切っ先の刺さったレイピアをフィーロは更に深く突き刺そうとして、一瞬躊躇った。

 刃の突き刺さった場所に、赤い染みが滲んでいない。


「え...」

 一瞬の迷いが、隙を生む。

「フィーロっ」

 ランスの叫ぶ声が響く。反射的にフィーロはレイピアを引き寄せて背後に退いた。


 空を切る乾いた音。先程までフィーロがいた場所に氷でできた杭が石畳の地面を深々と抉っていた。

 それは、青年が振り下ろしたものではなく、何処からか落ちてきたといった印象だった。


「くそっ」

 茫然としているフィーロの視界の端で、ランスが作り出して放った鎖が青年を捕えようと迫る。だが、それは青年を護るように放たれた礫によって叩き落された。

「しまった」胸元を刺され、負傷した右腕を押さえた青年の周りを冷気が包み込む。

「待て」


 吹雪が吹きすさぶように視界を覆い、フィーロとランスの前で粉雪が舞い上がる。

 塞がれた視界が晴れた時、そこに青年の姿はなく、気配も忽然と消えていた。


「フィーロ、大丈夫か」

 青年がいた場所を茫然と見つめてたフィーロの元にランスは足早に駆け寄った。


「僕は大丈夫です...しかし、今のは明らかに誰かいましたね」

「ああ、アイツに気を取られて気付かなかったけどな」

 頷いてフィーロは握っていたレイピアを血に戻す。血に戻ったそれは、フィーロの指の傷に吸い込まれ、それと同時に傷を塞いだ。


「あの青年、人間でも魔族でもないかもしれません...」

 ぽつりと、フィーロは掌を見つめながら呟いた。

「どういう事だ?」

「レイピアで刺した時、硬い感触がしました。それに...血が出ていなかった」

 切っ先が突き刺さった瞬間の事を思い出し、フィーロは眉を顰めた。


「今夜は一先ず教会に戻りましょう。少し情報を整理しないと...」

 主の提案にランスは静かに相槌を打つ。

 冷気が街を包み込む中、退魔師とサーヴァントはミッテンヴァルト大聖堂へ踵を返した。

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