幕間ー第十、五話夜更けのティータイム
じっと、目の前にいる人物を見つめていた。
その手の動き、瞳の動き。
声のトーンや指先から伝わる熱。
ひとつ、一つが現実であるのを噛み締めるように、確かめるように。
フィーロはランスの全てを静かに見つめていた。
向かい合わせに座ってかれこれ三十分。
ランスはまるで二週間のブランクを取り戻すようにフィーロの左腕のマッサージを続けていた。
指を曲げ、肘を曲げ、関節の可動域を確認しながら、丁寧に指を動かしていく。
その丹念な動作にフィーロはいつしかうとうとと微睡初めていた。
魔女の邸から逃げるようにフィーロはランスと共に、退魔師の寮に舞い戻っていた。
普段、自身が兄弟子達と寝起きをするその場所には、今はランスと二人だけ。
ナルカミとヒューイは気を遣って外に出ていた。
「...ランスさん...」
「ランスでいいよ。で、どうした?」
「...あの...本当に良かったんですか?サーヴァント契約...」
今更ながらに、ランスが契約の事を了承してくれた事が、フィーロは不思議でならなかった。
ランスが目の前にいる事を、信じられないでいる。
じっと、伺うような視線にランスは大仰に溜息を吐いた。
「お前がなってくれって言ったんだろうが...まあ、あのまま引き下がるのもって思ったしな」
肩を竦めたランスはマッサージを終えたのかフィーロの左腕から手を離した。
「確かに、きっかけはお前がくれたけど、選んだのは俺だ。だから、いいんだよ。今更
やっぱり他の奴っていうのは無しだぜ?」
「そ、そんな事しませんっ」
むっとムキになるフィーロの頭を撫でてランスはニヤリと笑みを刻む。
「だったら、これからよろしくな。マスター」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
改めて、互いに確かめ合うようにフィーロとランスは言葉を交わした。
「へくしゅっ」
「少し冷えて来たな。風邪でも引かれたら困るしな...そうだ」
何かを思い出したように席を立ったランスは、荷物の中から小さな缶を取り出した。
紅茶の茶葉らしいそれをせっせとセッティングしていくランスをフィーロはぼんやりと見つめる。
小さな鍋に牛乳と茶葉を一緒に入れたランスはそれを弱火で煮だしていく。
茶葉の甘い香りが鼻腔を擽る頃。フィーロの前にマグカップが置かれた。
その中にはキャメル色の飲み物が注がれている。
「ロイヤルミルクティーだ。これ飲んで今日はもう休め。色々あって疲れただろう?」
「ロイヤルミルクティー?普通のミルクティーとは違うんですか?」
お国柄、フィーロ達の生活には紅茶やティータイムは欠かせない。
クリスタリアの民は魔族、人間に限らず紅茶を愛飲する。
フィーロもそれは例外ではないが、紅茶葉を牛乳に煮出したのは初めてだった。
「どっかの国の王族が飲み始めたとかなんとか。まあ、飲んでみろよ」
促されるまま、フィーロはキャメル色の飲み物を口に含んだ。
香り高い茶葉が牛乳のまろやかさと蜂蜜の甘さで苦みを抑えたそれは、ただ砂糖を入れただけの紅茶とは違う丸みを帯びた口当たりだった。
牛乳を温めた物とは違う初めての口当たりにフィーロは目を見張った。
「美味しい」
目を輝かせるフィーロを満足そうに見つめたランスも、マグカップの縁に口を付けた。
その日以来、すっかりロイヤルミルクティーを気に入ったフィーロは、事あるごとにそれをランスに作ってくれるよう頼んだ。
フィーロとランスがマスターとサーヴァントの契約を結んだその日の夜の事を、今もそれぞれの胸の中に残っている。
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