ー第五章~人形遣いの伝承~



 教会を出たフィーロはアルシャの案内でツアーンラートの街へとやって来た。

 街を形作っている建物は青や緑、オレンジといった色鮮やかな色彩を放ち、雪の白と深緑の中にありながら温かみのある雰囲気を醸し出している。


「馬車の中からも思いましたけど、この街は随分色彩が豊かですね」

 ツアーンラートの街を南北に貫く大通りを歩きながら辺りを見渡してフィーロは隣を歩くアルシャに訊ねた。


「この街の特徴の一つです。元々は木造の建物が多かったそうなんですが、先の大戦の後に芸術の街として発展するために町おこしの一環としてペイントしたそうなんです」

 フィーロより少し前を歩いていたアルシャはフィーロの問いに答える。


「事前の情報では、過去にこの街は魔族の襲撃をあまり受けなかったと聞きましたが、先の大戦の時もそれなりに被害があったのでは?」


「私はまだ生まれる前の事なので詳しくは知らないのですが…先の大戦ではそれ程被害はなかったそうです。その前のもっと古い時代には襲撃もあったらしいですが…」


 アルシャの話を聞いているうちにふと、フィーロの中に疑問が浮かぶ。

「アルシャ君は今年で幾つになるのですか?」

「今年で12歳になりました」

 屈託ないアルシャの返答にフィーロは何故か胸が痛くなった。


 (わぁ…僕より10歳も年下なんですね…)

 さりげなくアルシャから視線を逸らしてフィーロは溜息を吐く。


 15歳の見た目だが、フィーロは今年で22歳になる。

 聖教教会の本部では有名な話だ。

 弱冠12歳で退魔師の国家資格を取り、今も破られていない最年少退魔師となったフィーロは種族上は魔族である。


 本来退魔師とは魔族に対抗するため、魔力を持つ人間が作り上げた組織であり職業で、いわば対魔族における軍隊のようなものだ。

 本来人間しか退魔師になれない中で、例外がある。

 それが、フィーロが生を受けた種族“ヴェドゴニヤ”。彼等は吸血鬼の血を吸うとして、この世界が出来た遥か太古より、吸血鬼を筆頭とする魔族達から人間を護り、二つの勢力の調停者としての役割を担ってきた。


 フィーロの故郷であるクリスタリア公国の最高権力者にして聖天教会の指導者である聖王もこのヴェドゴニヤであり、25年前の魔族と人間の大戦では彼女がレジスタンスを率いて大戦を終結へ導いた。まさに終戦の立役者でもある。


 そういった経緯もあり、フィーロは本来魔族に属する身でありながら人間を護る立場の退魔師を務めていた。


 フィーロの姿が22歳でありながら15歳の見た目で姿が止まっているのは、魔族特有のプロセスを経ているからだ。魔族は、生まれてからしばらくは人間や他の生き物同様に成長をする。しかし、個人差はあれど、ある一定の年齢になると自身の生まれである種族の能力を発揮したり、特徴を習得したりする変化が起き、老化が止まる、若しくは老化が緩やかになる。


 フィーロは15歳で覚醒をした為、その見た目は7年間変化のないままだ。

 せめて18歳くらいで止まってくれたらもう少し融通も効くんですけどね…。とはフィーロのよく零す愚痴である。


「フィーロ様はえっと…」

「18歳です。身長が低いせいで下に見られがちですけど」

 ニコリと、これ以上の追及は許さないとばかりにフィーロはアルシャに笑いかける。

 フィーロの含みを持った黒い笑みに、何かを何となく察してしまったのかアルシャは「そうですか…」と小さな声で納得した。


「それはそうと、この街の事をもう少し教えてもらえませんか?」

 話題を最初の街の事にフィーロが戻すと、アルシャは思い出したようにはっとなり、話を再開させた。


「この街は見ての通り万年の雪の山脈と深い針葉樹林の森に囲まれています。300年前にこの街の原型である村が出来た頃は特に特産もなく、人々は貧しい暮らしを送っていました。それから二百年経った百年前のある日、村を出ていた一人の青年が村へ戻ってきました。彼は森にある豊富な木材を使ってカラクリ人形を作る技術を村人に伝え、村人は青年の指導の下少しずつ技術を身に着け、村は発展していきました。その過程を物語にしたのが街の至る所にある銅像です」


 アルシャが指し示した先、建物と建物の間に設置された青年の銅像にフィーロは視線を向ける。この街に来た時から至る所で見かけていたものだ。


 (なるほど…そういう類のものなんですね)

 銅像の由来を聞いてフィーロは内心納得する。こういった類のモノは古い街にはつきものだが、街全体でアピールしている趣向はなかなか珍しかった。


「青年の名は“マティアス・クロック”というのですが、彼は確かに街の発展に大きく貢献した人物ですが、同時に悲劇の人物でもあります」

 話をしながらアルシャはフィーロを街の中心にある広場へと連れてきた。


 広場の中央には大きな噴水があり、拭きあがる水が花の花弁のように広がる中に、一人の青年と一人の少女の像が立っている。

 青年の方を指さして、あれがマティアスだと告げた後、アルシャは神妙な面持ちで語り始めた。


「マティアスには恋人がいました。しかし、当時は魔族との戦争が激しく、沢山の若者が徴兵された時代。例になくマティアスも国の為に徴兵され、恋人を残して彼は戦地に赴きました」

 噴水の縁に腰を下ろしたアルシャは水の中で寄り添う二つの銅像を肩越しに見上げる。

「マティアスが徴兵され、恋人は彼の帰りを待ち続けました。しかし、戦火はこの街にも押し寄せ、国境の近かったこの街も魔族の兵士がやっていて焼き討ちにあったそうです。その時にその恋人も殺されてしまったそうです」


 アルシャの話を聞きながらフィーロはぼんやりと広場を見渡す。

「戦争が終わり、奇跡的に生還して街に戻って来たマティアスは変わり果てた故郷の風景と、恋人の死を知って絶望し、辛うじて残っていた工房に籠るようになりました」


(よくある話ですね…そう言った話は各地に残っているし…)

「工房に籠ったマティアスを誰もが憐れみました。しかし、彼は嘆きの為に工房に籠っていたのではなく、工房でマティアスは恋人の姿を模したカラクリ人形を造っていたんです」

「人形を造って自分を慰めていたんですか?」

 よほどその恋人が大切だったのか、あるいは他の目的があったのか。


 予想を立てていたフィーロは、アルシャの話の続きを聞いて眉を顰めた。

「マティアスはその人形に、恋人の魂を蘇らせる禁忌を犯したんです」

「魂を蘇らせた?」

「はい、あくまで語り継がれてきた話なので、本当かどうかまでは今となっては分からないのですが、その禁忌のせいでマティアスは教会から来た退魔師達によって処刑されたそうなんです。その後マティアスの亡骸と恋人の魂を蘇らせたという人形は行方知れずとなり、人々は二人の悲劇を後世に伝える為、物語として銅像を造り、今まで語り継いできました」


(退魔師によって処刑された…?)

 アルシャの話の中で興味深い部分を見つけてフィーロはメモ帳にそれを記していく。


 由緒ある教会があれど、専属退魔師もいない、巡回退魔師も殆どやってこない土地柄で、退魔師が仮にも民間人を処刑したというのは珍しい事例だ。


 当時はもしかしたら退魔師がいたのかもしれないが、それにしても妙な話だ。

(これは、もしかしたら失踪事件と関係があるかもしれませんね)

 情報が少ない中で自分なりに推理を重ねてからフィーロは再び広場を見渡した。


 建物に囲まれた街の中、ここだけが円形状に開けた広場。

 中央には物語の軌跡である銅像。


「この広場がもしかして処刑の現場だったりしますか?」

 フィーロの質問にアルシャはぱあ、と目を見張り上下に首を動かして激しく頷いた。

「どうして分かったんですか⁉」

「なんとなく…そんな気がしただけです。それで、他の銅像って何処にあるか分かりますか?」

 更に問を重ねてくるフィーロに応えようとアルシャは自分の中の知識をフルに発揮する。


「勿論案内も出来ます。でも、全部回ってたら夜になってしまうんですけど、明日また案内するでもいいですか?」

「ええ、それで大丈夫ですよ。先に場所の把握だけでもしたいのですけど、地図とかないですか?」

「それでしたら、近くに観光案内所があるので、そこでもらえると思いますよ」

「では、そこに案内してください。そうだ、ついでにカフェとかありますか?今日のお礼にお茶でもどうですか?」

 首を傾げて微笑みながら聞いてくるフィーロにアルシャは頬染めて反射的に頷いた。


「では、行きましょうか」

 噴水の縁から立ち上がるフィーロに続いてアルシャは勢いよく立ち上がる。

「では、こちらに」

 足早に、半ばフィーロを追い越すようにしてアルシャは歩き出す。

 その背中をフィーロは追いかける。


 その途中、フィーロは建物の陰に透き通った青い髪の青年を見た気がした一瞬立ち止まる。

(なんだ…)

 違和感を覚えてフィーロが建物の陰に視線を向けると、そこに青い髪の青年の姿はなかった。

(気のせい…かな)

 茫然と立っていると、フィーロがついてきていないことに気付いたアルシャが呼びかけえ来た。


 その声にハッと我に返ったフィーロは再びアルシャを追って足早で歩き出した。

 日の暮れだした広場の端、建物の間から一人の青年がフィーロの背中を見詰めていた。


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